fil.15.5 休日

「さあ、行こうかな」


ドアに手を掛け、つぶやくグレース。


兵士のような普段の装いと違い、パステル調の黄色のワンピースに、上には短いキャメルのコートを羽織って外に出た。可愛らしいというよりはクールな美しさを放つ長身のその姿は、通りすがる人々の目を奪った。


「美人すぎる!!」

「きっと、モデルさんよ!!」


そんな言葉がそれとなしに耳に聞こえ、グレースは恥ずかしさから、つい足早になる。


今日は久しぶりの休日なので、メアリーたちも出かけている。

グレースは、ここ最近ご無沙汰だったお忍びスイーツ巡りをしに外出した。


「誰にもバレなきゃいいんだけど」


男勝りの普段の自分とはかけ離れた趣味を、誰にも知られたくないグレースは、人混みに紛れて店へと急ぐのであった。



「どうしようかな〜」


職務を自己放棄して、誰にも告げずに外に出たものの、特別することもなくブラブラするルイス。


「あの二人でも探すか」


ついつい昔の癖で妹たちを追跡しかたくなるが、なんとかその衝動を抑える。


「そうだ!王都内に出来た新しいお店でも探すとするか!」


そうつぶやき、人混みの中へと向かうのであった。



「いらっしゃいませ〜」


いつもより低い声で客を迎えるアルラス。綺麗にカップを磨き終え、次のお客さまへのコーヒーを丁寧に準備する。


「・・・今日はお客さんが多くて忙しいなー」


嬉しそうに独り言を言う。


このカフェはアルラスが内緒で経営しているお店。たまの休みの日には、ここでお忍びでマスターをするのがアルラスの最近の趣味。


お客たちとの他愛のない世間話や、談笑したりするのが楽しくて仕方がない。それに、庶民の政治に対する率直な不満や要望も知ることが出来る。


「おや?豆が足りない。・・・買ってくるか」


エプロンを外して外出するアルラスであった。



足早に歩いていると、後ろから声が聞こえた。


「お姉さ〜ん。俺らと遊ばない?」


グレースが振り返ると、そこにはいかにもチャラそうな男が二人。


「え、え〜っと、そ、その〜」


街でナンパなどされたことがなかったグレースは返答に困る。


「ね、行こう〜よ!暇してるんなら!」


むりやり腕を掴まれそうになり、逃げようとする。すると、どんどん壁際に追い込まれていった。

彼らは知らない。目の前の美人が、怒らせるとやばい、勇者パーティーの『狂盾使いのグレース』だということを。


あまりにも詰められすぎて、我慢の限界がきたグレースが相手を投げ飛ばそうとした時―


「あの〜僕の彼女に何か御用ですか?」


大柄なイケメン男性―ルイスが男たちに声をかけた。

道すがら、一連の出来事を遠くから見かけ、グレースの彼氏のフリをして仲裁に入ったのだ。


「ちっ。彼氏持ちかよ!」


男二人は、捨て台詞を残してその場を去った。


「ありがとう、ルイス」

「どういたしまして」

「・・・でも、どうしてあんたがいるのよ!?」

「たまには美味しいスイーツでも食べようかなーと、誰かさんみたいに思ったんでね!」


ルイスはグレースにニヤニヤして言った。

ハッとして、顔つきが変わるグレース。


「そんな恐い目で俺を睨むな!お前が大のスイーツ好きだってことは、メンバー内では周知の事実なんだからさ」

「・・・え!?」


衝撃の事実を知り、開いた口が塞がらないグレース。これまでの私の隠密行動は何だったのか?


「まあ、いい。それじゃ、またな!」

「・・・ち、ちょっと待って!ところで、あんた、今日は政務の日じゃなかったの?」

「ギクッ!」


我に返ったグレースからそう指摘されると、今度はルイスが動揺し始める。


「あ、いや、ま、そのー、政務の息抜きにさ、たまには街のカフェにでも行きたくなってさ。それにほら、庶民の暮らしを知ることも国の政治を託されている者の務めだろ。ははは」

「ま、いいわ。あんたの下手な言い訳なんか、どうでもいいわ。ともかく、私の秘密も知られてしまったことだし、あんたもどうせ暇してそうだし、一緒に行きましょ」

「・・・そうだな」


そうして二人が歩き出そうとしたとき、一人の初老の紳士が目に入った。


「宰相!」

「先生!」


二人は呼び止めた。


「アルラス、なんでここにいる?」

「どうして?」


背後からの急な質問にビックリするアルラス。だが質問の主が、ルイスとグレースだとわかり、率直にコーヒー店のことを話す。


「ところで、あなたたちこそ何でここに?」


今度は二人が素直に話す番だった。

話を聞いて、お互いに自分たちのことに呆れていた。


「私たち一人一人が秘密を持っていたなんて・・・これも何かのご縁ですし、私のところにでも来ませんか?」


恥ずかしさと気まずさもあり、二人は素直にアルラスについて行った。


この日以来、王都では、初老の紳士とイケメン男子、美人モデルの三人トリオが、たまに目撃されるようになった。でも、幸いなことに、彼らが勇者パーティーの一員と、国の重責を担う人物だとは、誰一人として気がつかなかったのである・・・ハッピーホリデー。


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