fil.15 異世界

帰宅ラッシュが起きている東京の夕暮れ。

人々は我先にと電車に駆け込む。

そんな人々がごった返す中、大きな爆発が起きた。


 バッッーーーーンンン!!!


 キャーーーー!!!


人々の悲鳴が響き渡る。


駅前の広場に一人の男性が浮いており、苦しそうな表情を浮かべている。


「ぐ、がが」


その姿を見て人々は、映画かアニメに登場する魔王にしか見えず恐怖を覚えた。

その魔王から逃げようと人々は、蜘蛛の子を散らすようにその場から離れた。


そんな人々の姿を見て男性は悲しい表情を浮かべるが、また”魔法”は放たれるのであった。


「う、うう!!!」


 バッーーーーンンン!!!


その様子を遠くから眺めている女性と少女。


「ど、どうします!?」


駅の惨状を見て、メアリーに聞く。


「・・・こうなった以上、私ではどうすることもできない」

「そんな!」


メアリーの意外な返答に、混乱するアスナ。


「あの状態のテルキ止めることは不可能。私たちの世界でも、止めるために数十人の魔法使いが必要なの。だから、私一人ではもう無理・・・」


うつむいて答える。


そこら中に魔法を放ち、暴走するテルキを見て心を痛めることしかできないなんて・・・


「本当に、どうしようもいん・・ですか?」

「・・・ううん。今、必死に考えている。私はこれでも勇者パーティーの一員。できることは最善を尽くしてやるつもり」


そう言って地面に手のひらを置いて、魔法を唱えだす。


「天の神よ!我が魔力を糧にして、人々を癒やせ!『大天使治癒結界ミカエラ・ヒール・バリア』!」


メアリーの手から白い魔法陣が現れ、地面の四方に広がる。やがてそれは見えない壁となり、辺り一面、いや地球の表面を覆った。


「メアリー姉さん、すごい魔法ですね!」


感動するアスナを見て照れくさそうにしながら、冷静に答える。


「この世界に魔力は無いので魔法を遮るものも無い。だから、私の魔法も自然とこの世界全体を覆ってしまったの。でも、この結界内にいれば、人は自然に治癒される。テルキの魔法に対しても、理論上は死人も怪我人も出ないはず。時間稼ぎでしかないけれど、とりあえず、次はテルキの暴走を抑える手段を考えましょう」

「はい。詳しい原理はわかりませんが・・わかりました!やりましょう!」


この日、半日間だけ、地球での死者はゼロとなった。





「ご覧ください!人間が宙に浮いています!現実に、人が浮いています!まるで―」



「えー、私がいるのは、浮いている人がいる場所から三キロ離れた避難所です。ここには多くの人々が避難して―」



「浮いている人間を見た、と仰りますが、本当でしょうか?」

「ええ、この目で見ました。あれはまるでアニメの魔王かと―」



「専門家によりますと、あれは未知の未確認生物、あるいは宇宙人との見解を出しており―」



「今のところ死傷者は確認されていません。ですが、興味本位で近づくのは絶対にしないでください。繰り返します―」



「ちーっす、タクルでーす!えー今日の動画配信ですが、今騒がれている空に浮かんでいる人間に今から凸して、話しかけようかと―」

「君!この規制線から先に行っては危険です!すぐに避難して下さい!」

「チッ!警察に見つかっちゃいました〜。ちょーうぜえ!注意受けたけど―」



「こちら、F班。準備完了。どうぞ」

「はい。こちら、G班も準備完了。どうぞ」



「では、全班員に告ぐ。これより、標的への攻撃を開始する。ターゲットは未確認生物。心してかかれ!総員、配置につけーーー!!!」


「総員、打てーーーーー!!!!!」


 バッッーーーーーンンン!!!   バッッーーーーーンンン!!!



 バッッーーーーーンンン!!!   バッッーーーーーンンン!!!



「目標に当たったことを確認!」

「結果は!?」


「煙で見えません!いや、姿を確認しました!標的は・・・む、無傷です!!」

「な、何!?」

「かすり傷一つついておりません!」

「そ、そんな、馬鹿な・・・」


「こ、こちらB班!」

「どうした?」

「標的が何かを放とうと―――」

「B班!応答せよ!B班!」



全国、いや全世界でその様子はライブ中継されていた。

魔法という概念は、この世界では空想の物語の中でしか語られないため、テルキの攻撃が魔法だと考える者は一人もいなかった。


暴走し始めてから数時間後。

ゆっくりとテルキは都心へと向かっていった。

通り道にある建物を次々に破壊していき、多くの人々が埼玉、東京から逃げるように避難していった。


一方、国民を守るため国は動いていた。

何度もテルキを攻撃するが、その度に見えない壁防壁バリア」に阻まれた。

そして返り討ちに合うたびに、再度攻撃を繰り返していた。


遠目からそれを見ていたアスナは、我慢できないでいた。


「メアリー姉さん!やっぱり私たちで止めましょうよ!」

「それは、できないって言ったでしょ」


メアリー自身、何もできず、苛立っていた。


「メアリー姉さん!てるき兄さんに語りかけてください、仲直りしてください!もしかすると暴走を止めれるかもしれません!」

「何言っているの?そんな簡単に治るものではないのよ。無理よ!」

「治るかもしれません!いいえ、絶対暴走は止まります!てるき兄さんなら、絶対できます!」

「な、なんでそんなことが言えるの!?」


アスナは涙目になりながら、大声で答える。


「だって・・・だって、てるき兄さんは私の憧れだからです!!」


アスナは、涙をぬぐった。


「ごめんなさい!! 私、さっつきは嘘をつきました。私のてるき兄さんに対する憧れの中には、『好き』という感情が確かにありました。小さい頃からの私の憧れで、大好きなお兄さんです! メアリー姉さんは、てるき兄さんの弱い部分を知っているかもしれません。でも、私は小さい頃からてるき兄さんの強い部分しか見てきませんでした。だから、弱さなんて、きっと振り払ってくれると信じているんです!!」


メアリーは唖然とした表情を浮かべた.

だが、すぐにいつもの冷静な顔に戻った。


「・・・そうよね。うん、そうよね、アスナちゃん!妻である私が信じないでどうする!テルキなら、きっと話を聞いてくれる、止めてくれる!」

「ええ、きっと成功します。お二人は英雄ですもん。きっと不可能を可能にしてくれます!」

「ええ、やってみせるわ!」


アスナに向き直り、きっぱりと言う。


「ありがとう」

「頑張ってください!」


うなずいて、メアリーはテルキのところへ向かった。



「ゔゔゔ、うう」


うめき声を出すテルキと対面する。

声が聞こえるぐらいの距離から、話しかける。


「テルキ、一言言うからね。よく聞いて」

「ゔゔ、うう」


テルキは魔法を発動させ、メアリーに向けて放つ。

それをシールド魔法で防ぎ、話を続ける。


「目、覚ませーー!この、バカテルキーーー!!」


昔、メアリーが呼んでいた名前を聞き、テルキは反応を示す。


「ここは、この世界はあなたが生まれた場所でしょ!こんな酷いことをしていいの?」

「グググ、ぎらいだ!オレは、この世界なんて嫌いだーーーー!!!」


テルキは大声を上げ、あたりに魔法を撒き散らす。


「オレを見捨てたこんな世界なんて、消えてなくなればいい!オレの邪魔をするな!」


メアリーを睨みつけ魔法を放つ。メアリーも同時に放ち、相殺する。


「いい加減にしなさい!こんなことをして、私たちの子ども、マリーやシュンキを悲しませたいの。それに、あなたは勇者、英雄よ!勇者がこんな正しくない―」

「そっちの世界が勝手にオレを呼び出して勇者にしたんだろ!なりたくてなったわけじゃない!メアリー、最初お前は俺を見下していたよな?そうなんだ。どこ行っても俺の居場所なんてないんだぁーーーー!!!」


金切り声を上げるテルキを見つめるメアリー。テルキの感情の高ぶりが収まると、静かにまた語りかける。


「テルキ、あなたは一体何を望んでいるの?この世界も嫌だ、あっちの世界も嫌だ、と言うけれど、あなたはどこに行けば救いがあると思っているの?」

「・・・っ」


言葉に詰まるテルキ。


「私たちがあなたを呼んだ。それは事実だし、それがあなたを苦しめているのなら、私が私たちの世界を代弁してもう一回謝ります。ごめんなさい・・・」


メアリーはテルキに深々と頭を下げる。


「・・・昔の私はどこか傲慢なところがあって、当時はあなたを嫌っていたわ。でもね、段々あなたのことが好きになっていった。テルキが頑張っているところ、助けてくれるところ。全てが好きなの。

そして、愛してるわ。あなたのことも。家族のことも。生まれた故郷や世界、人々のことも・・・あなたが本当に憎いと思うのなら、この世界だって簡単に嫌いになれる。

でも、私はあなたに苦しんでほしくないの。テルキ!あなたは今、とても苦しそうだよ!!」

「う、うるさい、うるさい!・・・」


子供のように首を振り続けるテルキ。


「いいえ、苦しんでいるわ。魔法中毒が原因ではなく、自分自身に。私はいつだってあなたの傍にいるわ。いつだって、あなたと一緒に同じ問題に立ち向かって行くわ。

だって、私はあなたの仲間であり、戦友であり、愛する人であり、妻だもの!!」


メアリーは涙をこぼしながら、笑いかける。


「う、うる・・さい・・・」


首をうなだれて、力なくテルキは言う。


「今までのことは謝るし、できればまた元の生活に戻りたいの。だから、戻ってきて、お願い、テルキ!!」


テルキは天を仰ぎ見た。


 なんで俺は・・ここに・・いるんだ・・・


魔力は暴走していたが、テルキの心は穏やかだった。

彼は周囲を見渡し、今までのことを思い出した。


 そうか、俺は暴走していたんだ・・・


街を破壊してきた記憶はなかったが、メアリーの言葉だけは心に残っていた。


 俺は魔法中毒によって、心が崩れ暴走していたのか。俺の心の弱さが暴走の原因なのかもしれない。これからは・・・いや、これからもメアリーとなら治せるかもしれない・・・


心の平穏と冷静さを取り戻したテルキの表情に、自然と笑顔が戻ってきた。

テルキは真下に向けて魔法を放った。すると、壊れかけていた建物がみるみる元通りの姿に戻っていく。残りの魔力のすべてを使い、破壊した街の全てを復元した。


「これで・・・」


魔力を全て使い切ったところで、急激な疲れがテルキを襲い、フラフラし始める。

テルキの予想外の行動を呆然と見ていたメアリーは我に返り、テルキの元へ行き、寄り添った。


「テルキ、大丈夫?」

「うん。・・・ありがとう、それから、ごめん・・・」

「うんうん、こちらこそごめんね」


二人はしばらく見つめ合い、元通りになった街の片隅で、夕陽に照らされながら口づけを交わした。



「いやー、本っっっ当にごめんな、飛菜」

「いいえ、元に戻って何よりです!」


アスナの家の前で三人は向かい合う。

仲直りした二人を見て、アスナはホッとする。


「でも、本当にいいの?あなたの記憶ぐらいは残すことは可能だわ」


もうすぐ元の世界に帰る上で、今回の事件に関する全世界の人の記憶を、残った魔力で消すメアリー。自分たちが起こした騒動の後片づけだ。


「ええ、夢で終わらせたいし、秘密を抱えているのも性に合わないんで!」


 それに、てるき兄さんに対する気持ちは、これからもずっと持っておきたいし・・・


それは言わなかったアスナ。


「記憶を消されても心のどこかに、メアリー姉さんのことも今回のことも刻まれているはずです。だから、きっといつかまた、二人に会うことがあれば思い出しますよ!」

「・・・ええ、そうね!もし機会があれば、こちらの世界にも来てね!機会があれば、だけど。フフフ」


二人は目で笑い合う。


そんな二人を見て、どこかホッとしているテルキだった。


「ん?そろそろ時間だね」


白い光が二人を包み込んでいく。


「じゃあ、アスナちゃん、またね!」

「飛菜、じゃあな!」

「うん、ええ。お二人とも、お元気で!」


メアリーが消えるとともに、魔法が発動され、その魔法は全世界へと広がり記憶を消していく。


夕闇に、ぽつんと家の前に立つアスナ。

あれ?なぜ自分はここに立ち尽くしているのか分からない。

でも―


「何かいいことが、あったかな!ルンルン♫」



「・・リー、メアリー!」


遠くから私を呼ぶ声。

グレースの声と共に、目を開く。

そこは見慣れた風景だった。


「帰ってきたのね・・・」


隣を見ると、フラフラのテルキがいた。


「おかえり、メアリー、テルキ!どうだった、大丈夫だった?」


グレースの質問にテルキが答える。


「ああ、大変だったよ。それで―」

「思い出話は後にして、それより、これを見て!」


テルキの言葉を遮り、グレースは手紙を渡す。


二人は渋々その手紙を読み始めたが、みるみるうちに、怒りで顔が真っ赤になる。


なんとか怒りを抑え、二人は見つめ合う。


「必ず救うよ!」

「ええ、必ず!」


二人は両手で力強く握り合った。



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