狩猟す

@m0422w

狩猟す

 熱気が充満していた。

 地龍ちりゅうである。ぬかるんだ土の上で、鋭い爪が生えた四本の短い脚が、腹這いの姿勢を支えている。男手が二人で引っぱる荷車ほどの体格、四個の米俵に相当する目方、そんなところか。


 槍の穂先を敵に向けて、ジョウダンは対峙する地龍の表情を見おろす。


 地龍の顔は、その進行するほうに向かってグッと突き出たかたちをしている。中身が赤々とした口が顔の大部分であり、その先端の鼻先からあごの関節までがパッカリと開く。地龍は頬張った獲物を丸飲みにする。間隔の空いたノコギリ歯はそしゃくに不適合だが、かじった相手をマヒさせる毒を含んでいる。吊り上がった目尻は厳めしく、眼球の輝きは猛々しい。

 この地龍、まだ若い。尻尾がぶんぶんとうねっている。明るい草色のウロコがてらてらとぬれている。

 情緒が多彩に浮き出る部位は存在しない。挙動ひとつひとつを観察して、行動を読む。そもそも深くも広くもない。だいたいお決まりに及ぶ。

 そう思い込めるくらいに、ジョウダンは地龍と戦闘する経験を積み重ねていた。


「ふぇあああああああああ」

 ヨソネが、無遠慮なアクビをした。

 ヨソネはジョウダンの従者であり、戦闘に直接的な手出しをしない。もしジョウダンが敗北すれば、己の身を守る術がないヨソネはジュウリンの憂き目に陥るわけだが、アクビをしたせいで、空豆のような眼に涙をたたえている。とてもだらけている。


 荒々しく吹き出される鼻息が、ジョウダンの憤りを物語っている。

 戦闘力は格別に異なる両者だが、中身のほうにあまり遜色はなかった。

 ちなみにモノノフのジョウダンは15歳の少年である。

 そして、モノノフの従者のヨソネは12歳の少女であった。


 少し時間を遡る。

 リッチヒルズ・ステイト・シナリンゴ村に程近い森に踏み入る直前だった。

「ハアーッ、シナリンゴ村を出たばっかりで食糧も装備も薬品も整っているっていうのに、どうしてわざわざこんな取るに足らない森で時間を無駄にしなきゃいけないの、戦い過ぎでアタマどうかしちゃたぁ!」

 ヨソネは分厚い唇を尖らせて叫んだ。ジョウダンは従者の不平を無視した。そして、ノシノシとジョウダンは森に入り、ぬかるんだ地面を踏みしめていた。

 ヨソネはジョウダンの奇行に慣れている。従者として時間を共有する間にヨソネはジョウダンに振り回された経験を何回か味わい、理解は困難でもモノノフが独自に始めてしまう行動に合わせるようになっていた。


 さて、ヨソネが従うジョウダンに冠された称号「モノノフ」とは何か。

 コスダランド東北一帯に害をなす存在であるジャオウを倒す。そんな使命が「モノノフ」という称号には委ねられている。

 ジャオウはコスダランド東北一帯に強力な結界に張り、自由な交通を封じた。それは十年以上も続いている。ジャオウの行いは民草の繁栄を妨害するまさに悪だった。

「ジャオウの悪を許すまじき」

 そうやって意気込んだ者が「我こそモノノフ」たらんとジャオウに挑む。

 しかし、結果が伴わない。ジャオウが張った結界は一度として、微動だにすらしていなかった。

 決して終わらないジャオウの悪に対して初めて一矢を報いた者、それこそがヨソネが従者を務めるジョウダンだった。ジョウダンはチカッチタワー最上階のボスを打ち倒し、ジャオウが構成する結界の要点の一つを破壊するという実績を上げたのである。

 ちなみに、どうでもいいのだが、タワー最上階に控えていたボスの名前は、当然チカッチだった!




 ジョウダンって、本当に「モノノフ」かもしれなーい。

 ヨソネは一ヶ月もジョウダンに同行して、ようやくそう思い始めた。

 有象無象の馬鹿の一人に過ぎない。冒険を開始した直後のヨソネは、ジョウダンがモノノフなんて全く信じられなかった。

 けれど、チカッチタワーのボスを退治した。ジョウダンと旅を続けていたら、もっと凄い功績を挙げられるかもしれない。少なくともチカッチの打倒だって十分な偉業だ。


 そう思い込んだから、ヨソネはシナリンゴ村から出発する直前、とても張り切って旅の準備をやった。

 ヨソネは物品の価値の揺れ動きに対する感度が良い。計算にも秀でている。旅費の管理は当然やるし、人脈を駆使して移動先の情報を収集して効率的な道順を整えたりもする。立ち寄った村の飛脚屋に手紙を運ばせて、ヨソネは繋がった人脈とやりとりをしている。

 そういう真似は決してモノノフに任せられない。ジョウダンは人に頼らず、行き当たりばったりで、戦闘に勝利さえすれば生きていけると思い込んでいる。そりゃそうかもしれないけど、ジョウダンの行動に任せっ放しでは、ヨソネのほうがついてゆけなかった。


 ヨソネはシナリンゴ村を拠点に周辺地域を駆け回った。連日の雨風をものともしなかった。

 持ち運ぶ物品を抜かりなく揃えた。無駄な出費は厳禁だが、買い求めるものは一段上にした。ジョウダンの実力が上がり、既存の品質では大した効果が得られない。目的地はジャオウのネグラも間近く、強敵との戦闘が増える。

 効果が上質品は生産が困難で市場に在庫が出回らない。それでも、ちゃんと必要数を揃えるために必死になった。民家の戸棚を描き分ける勢いだったが、ちゃんと許可をとって金を払い、余っているものを頂戴していた。

 物品の完備に併せて、次の目的地への情報も調べた。


 情報の収集は物品の購入とは異なる困難だった。

 チカッチタワーが関所として交通を制限しており、現在地リッチヒルズのボーダーの外に関する新しい情報は皆無だった。

 採掘量が豊富な鉱山が存在し、武具を製造する工匠が隆盛している地域、それが次の目的地のスワロウスリーである。少なくともそれが通説だった。

 ヨソネは特に理由を知らないが、元々ジョウダンはスワロウスリーを目指して冒険をしていた。ヨソネがそれとなく探ろうとしてもジョウダンは反応をしなくなってしまう。

 古い文献と老人の昔話によって辛うじて経路を探る。

 ヨソネがスワロウスリーに向かうべく求めた情報から立案した計画はたったそれだけ、苦労に対して頼りない成果だった。

 でも、だからといって気まぐれに最初のボタンをかけ違えられたら、たまらないぞ。ヨソネは明確かつ強烈に意気消沈している。

 槍を構えて地龍と向かい合うジョウダンは内心でウキウキしているに違いない。ヨソネはそう決め込んでいる。ぶっちゃけムカつく。ヨソネはモノノフと帯同は出来ても、全く共感を出来なかった。

「せっかく袴を新調したばかりだっていうのに、何もわざわざ泥だけの森に入らなくたっていいのにさ」

 ぶつぶつと愚痴る。あくびをする。恨めし気な眼つきで冗談を見る。それらは、ヨソネのささやかな抵抗だった。


 唐突だが、小規模な透明結界がジョウダン、ヨソネ、地龍の三者を取り巻く空間に張られている。透明で触れる者の出入りを拒む結界は、ジョウダンが創出したものだった、地龍を逃がさない。更には遠鳴きを仲間に聞こえさせない効果も兼ね備えている。

 敵がウジャウジャと群がったら、予期せぬ攻撃をされる危険が生じる。それではジョウダンがヨソネの安全を完璧には請け合えない。

 結界を張ればジョウダンは「ヨクボ」を消耗する。「ヨクボ」とは現象と交換する生命の通貨である。あまねく派生する現象、その実現である「呪文」を使うために必要不可欠なものが「ヨクボ」であった。

 過度なヨクボの使用は死に至る。限界があるという条件が、ヨクボを生命の通貨たらしめていた。

 

 ところで、ジョウダンはヨソネの服装を子供っぽいと思いっていた。

 ヨソネはかたちが腕に沿い、先端が細くすぼまった筒袖と呼ばれる着物である。女のくせに袴をはき、とても地味な色で安っぽいものだった。

 町に暮らす裕福な民草はもっとヒラヒラした小袖で身を覆っており、シティに住まう貴族はもう蝶よ、花よという感じらしいが、ジョウダンもヨソネもお目にかかった経験はなかった。

 ヨソネは稚児髷(ちごまげ)と呼ばれる髪型だった。頭頂部でまとめた髪で2つの輪をつくり、根元を赤い紐で結わいてまとめている。稚児髷は稀に大人でもやる、特に色っぽい女がそうしている。しかし、ヨソネは黒い前髪を垂らしており、それはまさに子供それも少年がやる形式だった。


 さて、ヨソネを子供と断定するジョウダンは、如何なる髪型なりしか。

 額から頭の真ん中までを円状に剃り上げて、きれいな月代(さかやき)をつくっている。不精に毛が伸びれば、愛用の小刀を用いて自らきれいに整える。ジョウダンはその習慣を決して怠らない。毛髪の側面を鬢(びん)と呼ぶが、ジョウダンはその部分を糸みたいに細くしており、襟足だけを束ねた髷(まげ)は手のひらより小さい。


 次にジョウダンが付けている装備について説明しよう。

 右腕の肘から手甲を守る防具の「籠手(こて)」は形状こそ簡易だが、細かい鉄鎖で覆われており、そこそこ硬い。両足に装着した「すね当て」も鎖で平行に5本の鉄板を繋いだものであり、籠手と同等の性能といっていい。要するに長い移動の負担にかからない最低限の備え、それがジョウダンの防具であった。

 武器は地龍に切っ先を向けている「槍」と帯に差し込んでいる「小刀」である。槍は全長が1丈だいたい大人2人分には少し足りないくらいであり、小刀は身だしなみを整えたり、料理に使ったり、という具合に生活にも役立っている。


 最後にジョウダンの最も目立つところについて記そう。喉首についた禍々しい傷跡、ヨクボで治癒されない酷い呪詛が墨汁をぶちまけたみたいになっている。それはジョウダンが発声を出来ない原因であり、冒険する動機だった。ジョウダンは、「呪われた傷跡」をつけた復讐するために、仇敵を探し求めて、ジャオウが張った結界内を渡り歩いているのである。


「ギャアオオオオオオオオ」

 地龍が吠える。

 ジョウダンは思った。黙らせてやる。


 必ず一矢を報いる。

 地龍は実力差を悟り、覚悟を決めていた。言葉は通じずとも、敵に対して、とても強靭な意志を抱いていた。


 早く終わらないかな。ていうか、こいつ等いつまでにらみ合っているんだろう。

 ヨソネは一貫してそれだった。


 地龍が吐いた火炎が戦闘開始だった。ジョウダンは呪文をぶつけた。呪文は息吹と似たり寄ったりな威力だった。地龍が突進する。飛びかかった。腹を打ち貫きそうな勢いをジョウダンは転がってかわす。地龍は首を真後ろに伸ばして、ちゃんと狙いを定めてブンブンと尻尾を振り回す。ジョウダンは転がったまま攻撃をギリギリで回避するが、いよいよ間に合わず、硬いウロコに覆われた10貫以上はありそうな地龍の尾が間近に迫る。

 ジョウダン、再び呪文を放つ。火の呪文にかわるヨクボ、地龍の尻尾を弾き返すためには十分な威力だった。


「だる、もっと強いヨクボで黙らせれば終わりじゃん、前はそうやっていたじゃん」

 ヨソネは寄りかかっていた樹木から離れて、そう言った。


 呪文で間隙を作ったジョウダンが立ち上がる。そのまま繰り返される尻尾の攻撃は空を切り、鋭い反撃がばっちりと当たった。ジョウダンは槍で地龍の尻尾、その根元を貫いていた。皮膚が強固な地龍は槍の刃で斬りつけても痛手は与えられない。刺し貫いて急所を壊す。一撃で命脈を絶てずとも部位を砕き、運動を封じてから着実に勝つ。ジョウダンはそういう方針で戦っていた。

 

「ギャアアア!」

 地龍がおびただしい悲鳴を上げる。狙い澄ましたジョウダンの攻撃は地龍の右足と目玉を矢継ぎ早に潰した。負ける。実力に対応を出来ない。言葉はなくても意志がある。地龍は嘆いていた。どうしてこうなってしまったァ。

「はい終了ッと」

 ボソッとしたヨソネの呟きは、地龍にも聞こえた。意味はわからずとも伝わった。無関心、とるに足らない、どっちでもいい。地龍は侮られていると感じた。それが、必ず一矢を報いるという決意を爆発させた。

 地龍が飛んだ。穿たれたところから噴出する血しおにかまわず、全力で四肢を駆使した。地龍が身にかけたヨクボの重圧が、着地につれて地面に伝わる。龍圧震動、たった今、思いついた。

 地龍が起こしたヨクボの重圧はぬかるんだ状態に関わらず地面に伝わり、ジョウダンが張った結界が震動の拡散を防ぎ、その効果をむしろ増していた。

 ジョウダンは敵が起こした地震でその場から動けなくなった。両脚が痺れていた。地龍がヨクボで重圧をかけて地面に震動を起こす。初めて経験する攻撃だった。

 喉が覗けるほどに大きな口をグググっと開き、地龍が走り出した。



 地龍と眼が合ったヨソネは背中に冷たい汗をかいた。

 ヨソネは全身がシビれてペタンと尻餅をついていた。地龍が起こした震動が足場を通してヨソネにも伝導したのである。

「ギャアアアアアアア」

 己の肉から噴き出した血で真っ赤に染まった地龍が気合いをかける。

 ヨソネは地龍に怯えた。どうしよう。身体が動かない。ジョウダンも立ち尽くしている。地龍メチャクチャ捨て身になっている。アゴ外れそう。よだれ、ダラダラ、かじって、砕いて、飲み込まれる。

 窮地に追い込まれているが、指先一つすら動かせず、死の想像が膨張している。

「ギョオオオオオ」

 地龍は火炎を口にたたえる。

 あ、焼かれるんだ、と、ヨソネが覚悟を決める。

 勝負が決した。

 切っ先にヨクボを込めた槍を投じジョウダンが地龍の首の根元を打ち貫いていた。


 出来た、出来た、とジョウダンは弾んだ気持ちになっている。

 ジョウダンはタワーのボスのチカッチを倒した際に思いついた武器にヨクボを込める技の再現を試したかった。地龍なぞ好き勝手に相手を出来るから、ヨクボを込める技を行う機会を狙っていたが、おあつらえ向きの状況が到来した。そして、ちゃんと成果を得られた。上半身をバネみたいに使って槍を投げる。威力そこそこで、使い勝手がありそうだった。

 

 地龍の攻撃によって両脚の麻痺が解消したジョウダンが、倒れているヨソネに歩み寄った。

「ウィウィウィウィ、ウィウィウィウィウィウィウィ」

 ヨソネは相変わらず地龍の攻撃で麻痺したままだった。昨日までの雨でぬかるんでいた地面に倒れてしまったヨソネはすっかり泥まみれになって汚れてしまっていた。

 ジョウダンが笑みを浮かべて手を差し出す。ヨソネは必死にそれを掴み取り、空いているほうの手に隠し持っていた泥をジョウダンになすりつけた。

「ウィーウィウィウィ!」

 ヨソネはジョウダンに出来た反撃が嬉しいから、喉がシビれてうまく喋れくても高らかに笑った。

 土汚れはどうでもいい。しかし、幼い従者に出し抜かれるとは気に食わない。ジョウダンはヨソネに掴まれている腕を強引に振り回す。

 ヨソネ、再び泥の上に背中から叩きつけられて、マヒが治まっていないのか、ビクビクと痙攣を始めた。

 そんなヨソネをジョウダンは眺める。ガキが生意気するからだ。そう思いながら、しばし立ち尽くす。

 ジョウダンが張ったヨクボの結界が解かれて、涼しい風が吹きつけた。

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