渡る世間はクズばかり

紅樹 樹《アカギイツキ》

第1話

私の名前は人為人生ひとためじんせい。訳あって、謝罪屋と言う仕事をしている。



 謝罪屋とは、飲むとなりたい人の姿に変わる特殊な薬を飲み、人様のやらかしたことを代わりに謝罪すると言う仕事である。



 普段は、三十~四十代くらいで、短い黒髪に黒渕眼鏡をかけた痩せ型の青年の姿をしている。



 名前は偽名、年齢不詳。一つだけはっきり分かるのは性別のみと言う、全てが虚像の闇組織だ。



 今日の依頼人は、小鳥遊遊たかなしゆう

 大学一年生で、アルバイトを転々としているそうだ。

 彼と最初に出会ったのは、喫茶店だった。



 まぁ、いわゆる大手全国チェーンの店で、珈琲好きの私は、一人で珈琲を味わっていた。



「はぁ?なんで、俺が謝らなきゃいけないんですか?悪いのはあんただろ!」



 忙しいピーク時間帯に、突然店内に男性の罵声が轟いた。



「なんだと?てめぇ、客に対してそんな態度取っていいと思ってるのかよ!」



 暴れているのは、三十代ぐらいの、厳つい顔に筋肉質な肉体、シルバーアクセサリーをじゃらじゃらつけたいかにも、な客である。



 まぁ誰がどう見ても、客側が悪いことは一目瞭然なのだが、どんな理不尽なことがあっても、店員が謝るのが日本と言う国の道理である。



 しかし、店員である大学生の男性は、最後まで謝らず自分の正義を貫き通した。



 見ている側としては、気持ちのいいものだし、寧ろ店員の学生に拍手を送りたいところだ。



 客の男性は、二度と来るかこんな店!などと吐き捨てて、注文した料理を食べずに帰って行った。



 手を付けられなかった料理は当然下げられてしまった。

 勿体ないと思うが、ここは仕方ない。



 私は、珈琲を飲み干し会計を済まそうとレジに向かうと、対応してくれたのは、さっきの大学生だった。



 私は、なんとなく彼のことが気になって、無造作にズボンのポケットから名刺を取り出し枯れに渡した。



「謝罪屋…?」



「まぁ、必要ないし利用しないに越したことはないと思うけど、もし何かあったら、ここに連絡して下さい」



 はぁ、と仰々しい名刺を怪訝な表情で見つめる彼に軽く挨拶をして、私はその場を去って行った。



 それから、約二十時間後、つまり、翌朝の十二時頃。

 私は本当にまた彼に会うとは思わなかった。



「で、クビになったと」



 彼と再び会ったのは、さっきの喫茶店ではなく、私の事務所だった。



 彼は、ここに来るまでの経緯を一部始終話してくれた。



 「店長ってば酷いんですよ!注文間違ってないのに、間違ったって言われたのを違うって正直に言っただけなのに、クビだって」



「まぁ、そりゃあそうだろうね。日本じゃお客様は神様だから」



「そんなの間違ってますよ!客だったら、なんでも言っていいんですか?!だから、今日みたいな馬鹿なクレーマーが耐えないんですよ!!」



 小鳥遊がまるで、選挙の演説のように熱弁していると、私はさっさと本題に入りたかったので、はいはいと軽く受け流して、自分で入れた安い珈琲を味わいながら簡潔に聞いた。



「それで?今日の依頼は?」



「そのことなんですけど、実は…」



 彼の依頼の内容はこうである。



 昨日の深夜、友達と遊んでいた帰り、車で片側三車線交差点を青信号で右折した時、後ろから車が突っ込んで来て、全部あちらが悪いのに全部こちらが悪いと訴えられたのである。



「ちゃんと青信号だったのは確認したの?」



「勿論、確認しました!あと徐行もしたし、対向車がいないのも。でも、ゆっくり回っていたら突然背後からドン!って音がして、慌てて降りたら相手の車はフロントガラスがめちゃくちゃになってました…」



 なるほどね、と私が頭の中で状況を整理する。



 しかし、私は、確実に相手が悪いのに、何故ここまでの事態になったのだろうと思って、彼に聞いた。



「他には?君には100%なんの過失がなかった訳?」



 鋭い眼差しで彼を見ると、小鳥遊は小さい声で呟いた。



「最初に、救急車に連絡できなかったんです…。気が動転していて…。そこをつつかれました…」



 そういうことか、と私はようやく全てを納得した。

 それにしても、理不尽である。



「まぁだいたい分かったけど、それで、なんで今日俺にわざわざ依頼にし来た訳?五万も払って」



 私が聞くと、小鳥遊は項垂れで悔しそうな声でポツリポツリと本音を吐いた。



「相手は、俺がきちんと誠意を込めて謝れば許してくれるって言ってました。本当は9対1のところを半々にしてくれるって。でも、どう考えても悪いのはあっちじゃないですか!なのに、俺が謝らなきゃいけないなんて、おかしいですよ!」



 彼の言い分は最もだと、私は思った。



 だが同時に、たった一言誠意を込めて謝れば済むのに、それができないなんて、情けないとも思った。



 まぁそのお陰で謝罪屋と言う仕事が成立するのだけど。



「分かった、引き受けよう」



「本当ですか?!」



「こうしてまた会ったのも何かの縁だからね」



「でも、謝るって言ってもどうするんですか?もう相手には俺の顔分かってるし、代理なんて…」



 小鳥遊が、中途半端に言葉を途切れさすと、私はまぁ見てなさいと、怪しげな薬を飲んだ。



 すると、小鳥遊が驚いて私を指差している。



 私は、いつもこの瞬間が好きで堪らない。



「ひ、人為さん…?じゃなくて、俺?!」



「とある変人から貰った、なりたい人間に変身できる薬。これで、俺は一日人為人生じゃなくて、小鳥遊遊だ。さ、行くぞ」



 私はそういうと、足早に目的地へと向かった。



 私は、小鳥遊が雇ったと言う弁護士を連れて、加害者側の家へ菓子折りを持って訪れた。



 いかにも金持ちと言わんばかりの豪邸である。



 加害者の相手は、二十代くらいの男性で、小鳥遊と似たような年の男だった。



 一緒にいた母親は、私を見るなりどういうつもりなのかなど、文句を並べた。



 悪いのは自分の息子なのに、よくもまぁ、ここまで汚い言葉を吐ける物だと、寧ろ感心してしまう。



「…それで?一体どうしてくれるつもりなのかしら?買ったばかりの車をたった数ヶ月でぐしゃぐしゃにされて。いくらしたと思ってるの?あんたみたいな大学生かが払える額じゃないのよ?」



「はい、私が全て悪いと思っています」



 私が、潮らしく頭を下げているのをいいことに、更に調子に乗った加害者の母親は、嫌らしく笑った。



「それだけ?」



「と、言いますと?」



「あら、言わなきゃ分からない?まぁ仕方ないわよねぇ。あなた、東大生のうちの子と違って、二流の大学ですから、言わなきゃ分からないわよねぇ。いいわ、言ってあげる。私ったら、なんて優しいのかしら」



 これでもか、と散々蔑むと、母親は冷ややかな目をしてこう言った。



「土下座、してくれない?」



「奥様、それはいくらなんでも…」



 加害者側についていた弁護士が、流石にやりすぎかと思ったが、諌めようとするが、母親は鋭く睨みつける。



「あんたは黙ってなさい!」



 すると弁護士は、ひっ!と上擦った声を上げている。



「で、やるの?やらないの?やらなかったら、当初の予定通り、9対1でいいんだけど?」



 まるで試すかのような口振りに、流石の私も呆れたが、ここは仕事なので、割り切ると、両手をついて深々と丁寧に頭を下げた。



「この度は、私の過失でご迷惑をおかけしてしまい、大変申し訳ございませんでした」



 私は、一文字一文字丁寧にはっきりとした口調でそう告げた。



 すると、母親は、まさか本当にここまですると思ってなかったのか、まるで豆鉄砲を食らった鳩のような顔をしている。



「と言うことだそうですが、奥様、どうなされますか?」



 弁護士に声をかけられ、母親ははっと我に帰った。

「ふ、ふん!まぁ、今回はこれで許してあげるわ!良かったわね、私が心の広い女で!」



 まるで、捨て台詞のようなことを言うと、事件は一件落着したのだった。



 その帰り道、私は自分の車で、小鳥遊の姿のまま、小鳥遊を家に送り届けた。



「あの、今日は色々とありがとうございました。俺の代わりに嫌な役を引き受けてくれて…」



「まぁ、仕事だからね」



 小鳥遊は、自分の姿のままの私を見て、苦笑いを浮かべる。



「なんだか変な感じですね、双子とでも話してるみたいです」



「それじゃあ、また何か用があったら、いつでも呼んでよ」



「嫌ですよ。もう、こんな目に遭うのはコリゴリです」



「だったら、ちょっとは嫌な相手でも謝罪する勉強をしないとね」



「そ、それは…」



 痛いところを付かれたのか、小鳥遊は言葉を詰まらせた。



 私は、そんな小鳥遊を尻目にエンジンをかけて、颯爽とその場を走り去った。



 全く、人とは、たった一言誠意を持って謝れば済むことなのに、謝らない人が多いとひしひしと痛感する、今日この頃である。



 さて、明日はどんな依頼人が来るだろうかー…。




ーーーーーー



 ここまでお読み下さりありがとうございました!

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 次回作もご期待下さいませ!

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