学級委員長と不良少女 Ⅸ

 白銀魅月を自宅に連れ込んだ時、両親は大層驚いた。

 私が友人を連れて来る事自体今まで無かったし、増してや初めて連れて来た友人は、かの有名な不良少女だ。

 因みに彼女の存在については、去年の時点で同じ中学に通う生徒の親全員に知れ渡っている。もちろん、要注意人物として。


 最早誤魔化ごまかしたり隠したりできる事は無く、私は正直に、委細いさいを説明した。

「それでね、しばらく、うちに住まわせてあげて欲しいんだけど」

「よ、よろしくお願いします……」

「あらあら、噂では相当なワルのイメージだったけれど、小さくて可愛らしい子じゃない」

「うちは構わないが、少なくとも親御さんの許可は必要だよ。誘拐されたと思われたらいけないからね」

「ママにメール送った」

 『ご迷惑をおかけし申し訳御座いません。宜しくお願いします』という母親からの伝言を見て、お父さんもお母さんも、快諾かいだくしてくれた。

「お世話に、なります」

 白銀さんは緊張気味に、深々と頭を下げる。

「本当に不良なの? 私の方が荒れていたわよ。ねえ、お父さん」

「懐かしいねえはっはっは」


 いやいやそんな話、初耳なんだけど。


「まあ兎に角、人生色々だ。自分が正しいと思う事をしなさい。『正しい事』と言うのは、自分にとって都合の良い事ばかりではない。『自分の為に、何をしたいか』は誰でも考える事ができる。大切なのは、『誰の為に、何をすべきか』を考える事だ。君たちに『正義』の心があれば、自ずと『本当に選ぶべき道』が見えて来るだろう」

 珍しくお父さんが真面目な事を言うから、ちょっと恥ずかしかった。

「……はい!」

 優しい父親だと知って安心したのか、白銀さんはぱっと明るい表情を見せる。

 緊張もほぐれたらしい。

「難しい事言っちゃって……相手は中学生ですよお父さん」

「はっはっは。すぐに理解する必要は無いさ」

「今日はもう遅いから、早くお風呂行ってらっしゃいな」

「はーい!」



 *          *          *



 私に掛かっていた魔法は、ここで切れた。

 洗面台の鏡に映る自分の顔を見て、じわじわと現実に引き戻される。


 本日の出来事が、フラッシュバック。


 一時限目の教室で、居眠りしている白銀さん。

 先生に叩き起こされて、彼女は教室を出て行った。

 その態度に腹が立って、私は彼女を追い掛けた。


 そして次々と明かされる、彼女の素性。

 素行不良に隠された、彼女の闇。

 本当は弱くて儚い、素直な少女。


 振り回されて、惹き込まれて。


 初めて行った、カラオケ店。


 軽くキスをされたから。

 思い切り、キスをし返した。


 そして私が言い放った、とっても気障きざなあの科白せりふ

 脳内リピート再生が、止まらない。


「ぬぅぁあぁぁああああ……!」

「どしたの? いいんちょ」

「どうしてあんたは平然としていられるのよ!」

「へ!? な、何が?」

「覚えてないの!? カラオケで……」

「カラオケで?」

「っ……キ、キス、したでしょ」

「したねー」

「ど、どど、どうなるのよ。私達の関係……」


「え? 女友達ならキスくらいするでしょ」


 こいつ何? マジで狂ってるんじゃない?

 しかも何? 女の子とのキスは経験済み?

 じゃあ何? こんなに情緒き回されてるのは、私だけなの?


 ムカつく。

 本当に、この女は。

 滅茶苦茶にしてやりたい。


「こんのぉぉぉぉおおお」

「な、なんだよいいんちょ、なんか怖いよー……」

「早く脱げこの馬鹿!」

「ぎゃぁあああ!?」


 本当に腹が立つ。

 嫌がる彼女を、滅茶苦茶洗ってやった。




「私と同じ部屋で良いよね」

「おう」

「着替えは?」

「ない」

「私の服を貸すしかないか」

「ぶかぶかー」

 勘違いしないで欲しい。

 決して私がビッグサイズな訳ではない。

 白銀さんが小さいのだ。身長も私より頭一つ分くらい低い。

 薄水色の私のパジャマが、自然と萌え袖になる。不服そうに振り回す姿はまるで小学生だ。

「妹ができたみたい」

「同い年だろー」

「だって小さいから。白銀さん」

「うるせー」

 余ったその袖で叩いてくるから、私は反撃でベッドに押し倒した。

 午後二三時。

 今日はもう、このまま寝るだけ。


「女の子と、よくキスするの?」

「昔はね。久し振りにしちゃった」

「友達なのに?」

「うん。付き合ってた事もあるけど」

「今は?」

「誰とも付き合ってないよ」

「ふぅん」

「どしたの? いいんちょ」

「私、あんたが初めてだったんだけど」

「あたしもファーストキス、女の子だったよ」

「付き合ってた子?」

「うん」

「ふぅん」

「……いいんちょ、変」

「あんたの所為よ」

「ごめん」

「謝るな馬鹿。電気、消すよ」

「うん。おやすみ、いいんちょ」


 部屋が夜にまぎれて、視覚を失う。

 そうして初めて、言葉にする勇気を手に入れる。


「……ねえ、白銀さん」

「ん?」


「私が、『付き合って下さい』って言ったら、どうする?」


 我ながら、ずるい質問だ。

 こんな聞き方でも、声は震えて唇と喉が干上がって、心臓は早鐘を打って今にも破れそう。


 白銀さんが身体をこちらに向けるのが、布団の感触と音で分かったけれど、表情は真っ暗で分からない。


「言われたら、答える」


 彼女の返答も、ずるい。

 でもそれは、私の質問に対する、公平で的確な返答とも言える。


 もう、退かない。

 逃げたくない。

「白銀さんの事……好きになっちゃった」

「そっかー」

「わ、私と……付き合って欲しい、な」

「そっかぁー」

「……で、返事は?」

 次第に暗闇に目が慣れて、白銀さんの表情が見えてきた。


 彼女は、意地悪そうに笑っていた。


「んふふ、どーしよっかなー!」

「んなっ……! 茶化さないでよ馬鹿!」

「ふにゃああごめんごめん! くすぐるのナシ! ガチで弱いから!」


 らしい、と言えば、らしいのだけれど。


「いいよ。付き合っちゃおっか」


 不良少女のくせに、その笑顔は本当に無邪気で。

 小さいくせに、やけに大人びていて。

 抱き締めたら、私より強く抱き返してくれて。


「……ん」


 真夏の夜の、長く短いこの時間が、一生続けば良い。


 彼女の温かさに包まれて、私の熱が交じり合い、溶けて行く。

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