あの日、出会ったあの人は。
白井 あい
あの日、出会ったあの人は。
凍った地面に、雪が薄く積もっていたあの日。私は急いでいた。空手の昇段審査があったその日は、車が渋滞にはまり、遅れそうになっていた。車から降り、道場まで走って向かっていたその時。ズルっ…。痛。ていうか、審査前にスベるだなんて縁起悪すぎでしょ、と思い顔を上げて我に返る。目の前には、大学生らしき男の人が立っていた。眼鏡を掛けた小柄な人。心配そうな顔でこちらを見ている。恥ずかしさのあまり、咄嗟に出た言葉「すみませんでした。」という言葉を残して、その場を去った。
1年ほど経った頃、私は高校受験のために塾へ通うようになった。なんとなく学校から少し離れたところの塾を選んだ。こじんまりとした綺麗な校舎が気に入ったからだ。そして、授業初日。授業開始20分前に、扉を開けた。思わず固まった。眼鏡を掛けた小柄な人。そう、「あの人」がホワイトボードの前に立っていたのだ。彼は塾講師のアルバイトだった。固まっている私に、
「緊張してる?大丈夫!俺もだから笑」
と微笑む彼。まあ、一瞬の出来事だったし、覚えているわけがない。私だって、彼の立場だったら忘れるだろう。彼からしたら、目の前でつまづかれただけだもの。だけど、なんだろう。少し残念がっている私は。
月日が過ぎて、受験も終わった。合格を伝えに塾へ向かった。ちょうど扉を開けようとしたとき、彼がきた。いつもと雰囲気が変わった髪型にドキっとした。ん?なんでドキっとしてるんだ私は。まあ、どうせ彼と会うのも今日で最後だからどうでもいいか、と思っていた。が、彼が口を開いた。
「あのさ、俺の大学の近くのとこで空手やってる?なんか見覚えあるような気がしてて…なんか、こんなこと聞くと変かなって思って聞けなかったんだけど…」
私は食いつくように、
「そうなんです!実は、私が昇段審査の日先生の目の前で転けたんですよ笑、恥ずかしさのあまり覚えていて…」
驚いた顔の彼。
「思い出した、あの時の子だ。」
と一言。思い出してくれたのが、なんだか嬉しくて思わず、
「先生、これからも相談とか乗ってもらえませんか?」
その言葉と共に、自分の連絡先を書いた紙を渡した。顔から火が出そうになった。そして、すぐにその場を去った。散っている雪が私の顔に当たる。まるで、火を消してくれているように。その時、気が付いた。私、好きになっちゃいけない人が好きなんだ。
半年後。私はもう彼から連絡が来るのを諦めていた。ずっと頭から消えない彼。やっぱり迷惑だったかな、と考える日々。
そんな時、一件の通知が来た。「お久しぶりです。」から始まる文が目に入った。
「お久しぶりです。お元気ですか?連絡が遅くなってしまい、すみません。俺が塾を辞めるまでは、控えていたんだ。連絡先を教えてくれた時、本当に嬉しかった。まさか塾に入る前に会っていたとはね笑。これも何かの縁、またいつでも勉強でも相談でも乗らせてもらうよ。大学生は暇だから!」
私は、飛び跳ねた。嬉しくて飛べるような気がした。それからまた半年、文面でのやり取りが続いた。
「プログラミングの勉強が全く分からなくて。もしよかったら教えてもらえませんか?」
この言葉から私たちは会うようになった。
「先生!そろそろ彼女できました〜?私立候補してるよ?いつでも!」
「またそんなこと言って〜。できるわけないでしょ!人生で1度もできたことないんだからー!あ、てかもう俺はあなたの先生じゃないんだけど!!」
「じゃあー、じゅんくん!笑」
耳まで赤くなった彼の顔に、私の顔まで赤くなる。え?!なんだこの感じはー!!りょ、両想いみたいな雰囲気流れちゃってるよ!?心の中で混乱する私。
そして、時間と共に私たちの距離は近づいていった。だけど、分かっていた。私たちは歳が離れ過ぎている。五センチ空いた彼との距離は埋まることのないものなんだろうな。
そして、また冬がやってきた。その日も雪が薄く積もっている日だった。夕日が沈む頃、彼は、泣きそうな声で話し始めた。
「俺さ、大好きになっちゃった。本当は、君にすぐ新しい人ができると思ってた。だけど、今は君にずっと好きでいてほしいって思ってしまう。俺に待たせて欲しい。付き合ってもいい歳になるまで。君が大学生になるまで。」
雪が舞う。まるで私の気持ちを表しているかのように。私は、何度も頷いた。そして、微笑む彼。「あの時」とは違う恥ずかしさ。心が熱くなるのが分かった。
ーーー卒業式。1人の足音が近づいてきた。花束を掲げた彼。かっこいい大好きな人。そして、
「卒業おめでとう。やっと君に言える言葉。僕とお付き合いしてくれませんか?」
あの日、出会ったあの人は、私の大切で、大好きな「恋人」になりました。
あの日、出会ったあの人は。 白井 あい @Aisann
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