エピローグ

 勇者たち4人が意識を取り戻すと、そこは魔王城ふもとにある村の近くだった。放送の乗っ取りは魔王の配下が参戦したところで途切れていたらしく、無事に戻ってきた4人を村の人は驚いて出迎え、傷の手当てをしてもらいながら首都に戻る。

 首都に戻った4人に、魔王城が山の上からぽっかりなくなっていることが報告された。魔王たちも姿を消し、勇者たちは魔王討伐成功とみなされ、莫大な報奨金を手に入れた。

 そして勇者は、あの魔王城から無事に生還してきた人間として、あの乗っ取りのニュース映像とともに連日メディアから取材を受け続けた。だが勇者は曖昧な笑顔で短いエピソードをぽつぽつと語るにとどめ、あまりにも同じ話を繰り返しすぎて急速に飽きられていく。


 それから数か月、世間の話題もすっかり違うものに移り、ようやく勇者の元にも平穏が訪れた。勇者は生まれ故郷に戻り、ゲームをしたりアニメを見たりしながら働かずにのんびりと暮らしていた。

 とある日、勇者は気分転換を兼ねて少し離れた街にやってきた。道を歩いていると、漫画やアニメのグッズを扱う店を見つけ、思わず彼の足が止まる。

「リーグ……。元気かな、どこ行っちゃったんだろう。今もアニメ見れていればいいんだけど……」

 そう悲しそうに呟いた瞬間、聞き覚えのある明るい女性の声が背中から聞こえてきた。

「え、あれ?もしかしなくても勇者、というかルガだよね?」

 勇者が振り返ると、そこには可愛らしい1人の女性が立っていた。勇者はそんな女性の顔を見つめてから、曖昧な笑みを浮かべる。

「あれ。ええと、魔法使い、じゃなくて、ナミリアアグムフィッパー……」

 勇者が呪文のような名前を唱えようとすると、元魔法使いはそんな勇者を手で小突いた。

「何でフルネームで言おうとするの!?ナミとかナミリアでいいって言ったじゃん!そもそも本名も、組んだときと解散するときにしか言ってないのによく覚えてたね!?」

「あはは、記憶力だけは自慢なんだ。……ええと、久しぶり、ナミリア」

「変わってないわね……。まあいいや、元勇者ことルガ!久しぶり!」

 ナミリアが笑顔を見せると、ルガも笑顔で頷いた。今の彼女は魔法使いの頃のローブ姿ではなく、白いシャツにふわっとした袖の青色の上着、薄ピンクのスカート、それにハンドバックという可愛らしい格好をしている。

 ルガは改めて彼女の服装を上から下まで眺めると、照れたように視線を逸らした。

「なんかナミリア。……いや何でもない」

「何よー。言いなよー、君こんな可愛かったの?魔法使いの頃も可愛かったけど、最近さらに可愛くなった、って!」

「……自分でそこまで言う?」

 ルガが少し怪訝そうな顔で言うと、ナミリアは明るく笑った。

「冗談冗談。それよりルガもかっこよくなったね。正直勇者の癖に、防具水色一色とかどうなのって思ってたんだよね。単一色とかちょっとダサいなって。今の格好の方が似合うよ」

 その言葉でルガは自身の服装を見下ろした。黄色い柄物のシャツにカーキ色のズボン、そして斜め掛けのバッグと、どこにでもいそうな普通の青年の格好をしている。

 ルガは苦笑いでシャツを軽く引っ張ってから、それより、とナミリアに視線を戻した。

「こっちに来るなんて珍しいね。どうしたの?」

「いやちょっと用事があってね。あ、そうそう、元戦士と元レンジャーも来てるよ。おーい!」

 ナミリアが明るく呼ぶと、道端から2人の男が顔を出した。その顔を見たルガが思わず口走る。

「あ、えーっと、戦士のトーラスゴンデンドシュガール……」

「トーラな」

「あとレンジャーのカディリースフィーアスタッカード……」

「カディ。おいルガ、てめえ自分の名前が短いからっていつまでそのノリ続けんだよ」

 元レンジャーのカディが食って掛かると、ルガはごめん、と軽く笑いつつ謝った。元戦士のトーラはそのやり取りに笑みを浮かべつつ、勇者に向かって手を差し出す。

「久々だな、ルガ」

「うん。久しぶりだね。トーラ、それにカディ」

 ルガも手を取りながら、懐かしそうに2人を見つめた。襟のついたシャツに革のズボン姿のトーラと、パーカーに少しダボッとした布のズボンを履いたカディ。彼らも冒険者だった頃の面影は消え、すっかり街中に溶け込んでいる。

 ルガは一通り懐かしさを噛みしめると、それで、と3人に向かって尋ねた。

「珍しいね、こんなところに固まって。それぞれ故郷帰ったのかと」

「あー、まあ帰ったけど、言って馬車で30分くらいだからな。乗合馬車回ってるし。それに、ここに用事があって」

「用事?」

「ああ、これ見に来た」

 トーラがチラシを1枚差し出し、ルガはそれを受け取った。その紙面には、『大人気芸人ブイン&トイマ 初の各地巡業ライブ開催!』と書かれている。

 ルガは一通りチラシに目を通すと、首を傾げながらトーラに返した。

「芸人?珍しいね、好きなんだ」

「ああ、最近デビューしたばかりだか破竹の勢いでな。それにこいつらと面識あるから、ちょっと誘われて」

 説明するトーラの横から、カディがひょっこりと顔を出す。

「面白いよ、元商人なんだけど話がうめえの。まじでルガも一回見に来いって。後悔しないから」

「へえ、そうなんだ……」

 ルガが呟きながら、再びトーラの手の中にあるチラシに目をやる。と、近くで流れていた街頭テレビがパッと切り替わり、ニュース速報を流し始めた。

『速報です。各地で冒険者相手に窃盗を繰り返していた、元冒険者のハーミース容疑者が確保されました。ハーミース容疑者は人数が少ないパーティーに参加し、昏睡させて金目の物を持ち去り売却するという昏睡強盗を繰り返した疑いがもたれています。治安維持隊によりますと、容疑者が首都近くの道で犯行に及んだ際、近くにいた冒険者により取り押さえられ、確保されたということです。ハーミース容疑者は、調べに対し容疑を認めています。被害は数十件にのぼると見られていて、治安維持隊捜査部が詳しい状況を調べています……』

 画面にはイケメンの男の顔が大写しにされた。それを見たナミリアが勝ち誇ったように言う。

「こいつ捕まったんだ。ざまあ見やがれ」

「……何の話?」

 ルガが聞き返すと、ナミリアは何でもなーいと言って画面から視線を逸した。その隣で、トーラが腕を組む。

「まあそれはまた時間あるときにな。ほんと魔王よりたち悪いやつだったわ」

「……あ、襲われたんだ」

「言わないでよルガ。思い出したくもないんだから」

 ナミリアが顔をしかめ、ルガは再びごめんと謝った。呆れるカディをよそに、ナミリアは話題を変え、魔王と言えば、と荷物からチラシを引っ張り出した。

「推しの宣伝なんだけどね。今めちゃくちゃ好きなアイドルユニットがいてね」

「推しのアイドルぅ?何、今そんなのにハマってんのか」

 トーラが茶化すと、ナミリアはムッとした表情を浮かべた。

「ほんとに良いの!歌も踊りもトークもコンセプトも!ほら、これ見てよ!」

 ナミリアが押し付けてきたチラシを、トーラ、カディ、そしてルガが覗き込む。

 そこに書かれていたのは、『魔王と従者が踊りまくる!新感覚魔王アイドル「ぶらっどりー☆わんはんどれっと」合計年齢318歳の2人組!』という謳い文句と、黒を基調として赤を差し色にした服を着た黒い角の男と、同じく黒を基調にして青を差し色にしたエプロンを着けた山羊角の男の2人の写真だった。その写真を見たルガが声を上げる。

「えっ、これ、魔王と、その従者……」

「そうそうそう、魔王がいなくなった今、新たに魔王が降臨したってコンセプトでねー」

「いやそうじゃなくて。俺らが対峙した魔王そのもの、だよね……?」

 ルガがもう一度チラシを見ながら言う。目の上まで覆う艷やかな黒髪に、黒髪の上からぴょっと生えた黒い角、そして黒を基調としたローブのような衣装は、あの魔王の服装そっくりだった。隣に立つ従者も、くるんとカーブした山羊角を持ち、エプロンのような衣装と、まさしく魔王の従者のマグラそのもので。

 だが周囲の3人は、ルガの発言を笑って受け流した。

「何言ってんのルガ、全く似てないよ。私達が対峙した魔王はもっと大きくて、醜くて、そしてだみ声だったじゃない。こんなアイドルのようなかっこいい魔王じゃなかったよ。この人達、歌もすっごい上手いんだよ。ハイトーンも得意で」

「そうだよ。こいつが魔王でも全然悪そうじゃねえじゃん。もっとおっさんみたいな小汚え悪そうなやつだっただろ」

「え、でも……」

「ルガ、魔法でもかけられてたんじゃねえの?写真は残ってねえから見せられないけど、絶対こんなイケメンじゃねえって。まあ思い出したくない気持ちは分かるけどな」

 カディが笑いながらチラシをルガに渡す。ルガは改めてチラシをよく見つめ、2人の名前を見つけた。

「魔王がリーグラッシュで、従者がマグラート……?」

「そう。それで裏にインタビューがあるんだけどね、マネージャーのタリーティって人と3人で喋ってて、それがすっごい面白いの。タリーティさんも魔王の従者みたいなコンセプトで全然ブレなくて、表舞台出てくればいいのになーっていっつも思ってるんだよね」

 その言葉に、ルガが慌ててチラシを裏返すと、そこには魔王とマグラ、そして羊角に黒ベストを着たタリートが笑顔で映っていた。ルガが唖然としながらその写真を見つめる。

 と、トーラがナミリアへ茶化すように声をかけた。

「合計年齢318歳とか書いてるけど、こいつら踊れるのか?」

「もちろん!そういう設定ってだけで、見た目的に20代中頃くらいじゃないかなあ?普段は何か漫才みたいなテンポの良い面白トークとかしてるんだけど、歌と踊りになった瞬間に別人のようにキレッキレのダンスを踊りだして、もうすっごいかっこいいの!そのギャップが良くてね!魔王のキャラも全然ブレなくて、俺の魔法でこの世界を征服してやるぞー!皆ついてこーい!キャー!みたいな。そうそう、今度アニメシリーズも始まるらしいよ。事務所のバックアップもすごいよね。ここ数ヶ月で急に出てきたんだけど、あっという間に人気になっちゃって」

「あ、アニメ化……?」

「うん、もしも魔王がアイドルになったら、だっけな。面白そうだよね。本人が声やるらしいし」

「ええ……」

 ルガが戸惑いながらチラシを見つめる。だがその写真を何度見ても、それは魔王のリーグ、そして従者のマグラとタリートたちそのもので。

 と、ナミリアが時計を見て、慌ててトーラとカディに声をかけた。

「あ、ステージ始まっちゃうんじゃない?そろそろ行かないと」

「ああ、もうそんな時間か。ルガどうする?立ち見空いてるらしいから、見に行くなら場所とっとくけど」

 カディが聞くと、ルガはちょっと間を空けてから頷いた。

「あ、ああ、じゃあ行こうかな。ごめん、先行ってて。追いかけるよ」

「ん。じゃあ向こうの広場らしいから、待ってるわ。絶対来いよ」

 そう言い残し、3人は小走りで街の雑踏の中に消えていった。ルガは1人その場に残ったまま、チラシを見つめ独り言を漏らす。

「ええ……。魔王の本名って、リーグラッシュ・ブラッドリー・ハードレットクリニッシュ、だよね。……リーグ、本当にアイドルになったの?もしかして、あの魔王城の最後に唱えていた呪文って、世界の記憶の改変……。ええ……?」

 勇者の独り言に、チラシの中のリーグは笑顔で応えた。

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最強魔王の見る夢は ソライチ @sora_iti

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