魔王と勇者たち―最終話―
「諸君、勇者の処刑にふさわしいゲストの登場だ!わざわざ絶望を直視しに来た、救いようのない奴らのな!」
そんな魔王の言葉とともに、ドアがゆっくりと開いていく。魔王が余裕そうな笑みを浮かべて見守る中、室内の強い照明が出入り口に立つ3人組の姿を照らし出した。
中央には大きな金属製の盾と剣を構え、全身鎧に身を包んだ戦士。右手には、中央に鏡が埋め込まれた盾と杖を持ち、紺色のローブを身にまとった魔法使い。そして左手には、動きやすそうなベストにブーツ、腰元に何本ものロープをしまい、手に短剣を握ったレンジャーが並んでいた。部屋の中央で、十字架に両腕を拘束された勇者が、少し泣きそうな顔で仲間たちの姿を見つめる。
3人は拘束された勇者の姿に一瞬動揺したようだったが、すぐに武器を構えると魔王の顔を睨みつけた。
「何でうちの勇者を捕らえたんだか知らないが、返してもらいにきた。大人しく渡せ」
「はっ、理由?あるわけないだろう。私を倒す力のない雑魚は消えていく定め。弱肉強食って言葉、習わなかったか?」
「だからってこんなことしていいわけないだろ!……中継を今すぐ止めろ。でなければカメラをぶっ壊す」
戦士が、カメラを構える山羊角の黒ジャンパーの男を睨みつけながら言い放った。だが、それに魔王は高笑いで返す。
「中継を止めろ?いやいや、こんな面白くなりそうなのに止めるわけないだろう。最高じゃないか、勇者の処刑ギリギリに助けに来た仲間たち。勇者は、助かるかもなんて希望を持つ。皆は一生懸命戦う。……そして、その顔は絶望に包まれる」
魔王は張りのある声で歌うように言うと、パッと戦闘態勢に入った。戦士たちも部屋の中に入り、静かに武器を構える。
「俺らだって出来る限りの対策はしてきたんだ。もう負けない、さっき言っていた言葉、丸々返してやる」
その言葉に、魔王は少し大げさな肩をすくめる身振りで応じた。
「ああ、素晴らしいねえ、友情って。でも情だけじゃどうにもならない世界があるっていうことを、教えてあげるよ」
一連の会話を聞いていた勇者が、何か言おうと口を開く。だが、隣に立っていた羊角の黒ベストの男に口を塞がれ、勇者は少し悲しそうな顔で首を横に振った。黒ベストの男はすぐに手を離すが、勇者は何も言わずに視線を地面に落とす。
戦士はそんな勇者を見て、ぐっと唇を噛んでから、魔王の方に一歩踏み出した。
「絶対に勇者のことは返してもらうぞ」
「どうかな。力尽くで奪えるもんならどうぞ」
「……やってやるよ!」
戦士が鋭く吠えた。その言葉を合図にして、全員が一斉に動き出す。
魔法使いは素早く魔法を唱え、杖の先をカメラを持つ男に向けた。青白い光が一直線にカメラに向かって飛んでいく。だが、その光は真横から飛んできた赤黒い光にかき消された。青白い光は虚しく霧散し、カメラの男は動じることなくレンズを戦士たちに向け続ける。
魔法使いの魔法を打ち消した赤黒い光は、威力を弱めることなくまっすぐ突き進み、戦士の真横の床に着弾してぽっかりと穴を開けた。衝撃でいくつかの欠片が戦士の足を襲い、戦士は顔を引きつらせて魔王を見つめる。
「嘘だろ、今ノーモーションで魔法放ってなかったか?」
「人間が魔王に勝とうなんて100年早い。降参するなら命だけは助けてやる」
魔王が涼しい顔で言うと、戦士はぐっと両目をつり上げながら改めて盾を構えた。
「ふざけたことを抜かすな。絶対にお前を倒して勇者を助ける」
「威勢だけはいいな。だがいつまで持つかな」
戦士が盾を構えてゆっくりと魔王に近づいていく。と、レンジャーがパッと走り出し、カメラを持った男に襲いかかった。魔王がすかさず魔法を放つが、それは素早くカバーに出た魔法使いの盾に吸収され消えていく。
その隙にレンジャーは短剣を逆手に持ち、勢いよくカメラを突いた。男はどうにかかわすものの、短剣の刃がジャンパーをかすめ、袖口に切り込みを入れる。
それを見た魔王が少し焦ったように叫んだ。
「おいマグラ、撮れ高はいらない。俺の後ろにいろ」
魔王の指示に従い、カメラは魔王の背後に逃げ込んだ。レンジャーが追いかけようとするが、魔王が立て続けに放った魔法に進路を阻まれ、彼は軽いステップで後ろに下がって戦士の影に隠れる。
と、戦士がパッと前に出て、魔王に向かって剣で切りかかった。魔王は横っ飛びでそれを避け、赤黒い弾を立て続けに3つ放つ。
だが、戦士はそれを盾の中央でうまく捉え、僅かな反動だけでその攻撃を切り抜けた。それを見た魔王が少し悔しそうに呟く。
「対魔法コーティングか。くそ、また厄介なもんを……」
「言っただろ、対策はしてきたって」
再び戦士が剣を振り上げ、魔王は数歩下がって距離を取る。と、レンジャーがその隙を突いてパッと走り出し、勇者の隣にいる黒ベストの男に切りかかった。
彼はいつの間にか用意していた棍でそれを受け止めるが、レンジャーは腰元から短剣をもう1本取り出すと、両手に構えた短剣を素早く振り回し黒ベストの男を追い詰めていく。
「魔族って、魔力ある分近接は弱いんだってなあ?」
「くっ、こいつ……」
黒ベストの男がわずかに顔を歪ませる。魔王が魔法を撃って援護しようとするが、詠唱を終えた魔法使いが立て続けに魔王に向かって魔法を放った。色とりどりの光の球が、真っ直ぐ魔王に向かって突っ込んでいく
魔王は攻撃をやめ、咄嗟に生み出した黒いシールドでその魔法を弾き返したが、魔法は全て明後日の方向へ飛んで消えていった。援護を妨害された魔王が、黒ベストの男に向けて鋭く言い放つ。
「おいタリート、無理して持ち場守らなくていい!」
魔王の言葉で、黒ベストの男は少しずつ下がり始めた。と、カメラを置いた黒ジャンパーの男が参戦し、短めの槍を持ってレンジャーに突っ込んでいった。レンジャーはさっと距離を開け、魔王配下の2人と睨み合う。
全員の動きが止まり膠着状態に入った瞬間、魔王が何やら呟き、大きな黄色の球を空中に生み出した。それは一瞬で分裂し、四方八方から戦士を、魔法使いを、そしてレンジャーを襲う。
レンジャーは身軽な動きでそれを避け、魔法使いも盾にうまく魔法を吸収させて難を逃れる。ただ鈍重な戦士だけは魔法を避けきれず、いくつか魔法を食らってバランスを崩した。銀色の光り輝く鎧が、魔法特有の紫色のシミで染まっていく。
「くっそ、強い……」
「戦士、大丈夫?」
「ああ」
魔法使いが戦士をかばって前に出る。その隙に戦士は腰元から小瓶を取り出し、中身を勢いよく飲み干した。
魔王は魔法使いに向かっていくつか魔法を放つが、それは全て盾に吸収されていった。魔王が大きく舌打ちをする。
「面倒くせえ盾持ってきやがって」
「前のは一瞬で壊されたけど、今度こそ負けない!」
魔法使いはそう言い放つと、盾を構えたまま杖を上に掲げて呪文を唱え始めた。
「ホーリーライトファースト。分裂する神々の意思!」
その言葉と同時に色とりどりの球が宙に打ち上がり、まるで花火のように上空を彩った。だがそれは破裂することなく、数メートル上がったところで急に軌道を変え、レンジャーと睨み合う黒ベストの男の元へ急カーブを描いて降り注ぐ。
「タリート!しゃがめ!」
魔王が叫びつつ手から光の束を放ち、降り注ぐ魔法の球を撃ち落としていく。だが、回復薬を飲み干して復活した戦士が、そんな無防備な魔王へと襲いかかった。
「勇者を返せ!」
「くっそ、数が多くてめんどくせえ」
魔王は舌打ちしつつ戦士の一撃を横に飛んでかわす。そのせいで光の束の位置がずれ、撃ち落とせなかった魔法の球が黒ベストの男に襲いかかった。彼は咄嗟に身体を丸めて魔法を食らい、黒ベストの背中があっという間に魔法で焼けただれていく。
無防備な背中を晒す黒ベストの男の元へ、レンジャーがすかさず襲いかかる。だがそれよりも早く、黒ジャンパーの男が前に出て短剣の一撃を受け止めた。レンジャーは舌打ちしつつも黒ジャンパーの男にターゲットを変えて攻撃を繰り出し、黒ジャンパーの男は槍で器用にそれをさばいていく。2人の実力は拮抗。一進一退の攻防が続く。
「くっそタリート……。無事か?無理せず下がれ!」
魔王がいくつかの魔法を放ちながら叫ぶ。だがその魔法は全て戦士の盾に弾かれ、初めて魔王の顔に焦りが浮かんだ。その焦りに急かされるまま、ふと魔王が横を見ると、そこには磔台に拘束されたまま泣きそうな顔で戦闘を眺める勇者の顔があり。
その顔で魔王は冷静さを取り戻し、すぐにいくつかの魔法を宙に放った。それは急降下して無防備な戦士の背中を襲う。
「くっ、い、ってえ……」
戦士がバランスを崩し、数歩後退する。魔王はその隙にレンジャーに向けても魔法を放ち、そのうちの一発はレンジャーの足元をかすめた。レンジャーは舌打ちをしながら攻撃を諦め、魔法使いの後ろへと下がっていく。
どうにか攻撃を受けきった黒ジャンパーの男が黒ベストの男に駆け寄り、傷の状態を確認し始めた。魔王はそれを横目で見ながら、息を切らす戦士に向き直る。
「これで決めてやる。レッドマジック、ストームサンライト」
魔王はそう唱えると手から魔法を撃ち出した。禍々しい赤黒い色の魔法の弾が、真っ直ぐ戦士の元へと飛んでいく。戦士が慌てて盾を構えるが、魔法は大きく軌道を変え、カーブを描くようにして戦士の右側から襲いかかった。戦士は急いで盾を持ち変えるがうまく行かず。
戦士に魔法が当たろうとしたその瞬間、魔法使いが身体を割り込ませ、魔法に対して盾を向けた。魔法はちょうど魔法使いの盾の中央に埋め込まれた鏡に当たり、反射して明後日の方向へ飛んでいく。
魔法が飛んでいくその先には、拘束されている勇者の身体があった。彼は逃げることも出来ず、迫りくる魔法の光を怯えた表情で見つめている。
「あ、勇者……!」
魔法使いの叫びも虚しく、魔法は止まることなく勇者に向かって突っ込んでいき。
次の瞬間、部屋の中にジュドン、という魔法が炸裂した音が響き渡り、激しい光と白煙を撒き散らした。戦士も魔法使いも、そしてレンジャーも、固唾をのんで煙が収まるのを待つ。
閃光も煙もすぐに収まり、勇者のいる磔台のシルエットがゆっくりと輪郭を現した。そこにいたのは、恐怖でぎゅっと目をつぶる勇者と、左手が赤紫色にただれた魔王の姿だった。
勇者は恐る恐る目を開け、そして目の前の光景に小さな声を漏らす。
「魔王……。その左手って、俺をかばって……」
「……っざけんなよ。こいつは、俺の手で処刑する。こんな流れ弾ごときで殺されてたまるか」
魔王は吐き捨てるように言い放ったが、その強気な言葉とは裏腹に、焼けただれた左手は力なくだらんと垂れ下がっている。それを見た勇者が、引きつった声を発した。
「そ、その手、ちょっと……」
「うるせえ、黙って見てろ」
魔王はそう言い捨てると、無事な右手で呪文を唱え始めた。だがその手はわずかに震えていて、こころなしか魔法の弾も形が乱れている。
と、パッとレンジャーが走り出し、大きく回り込んで魔王の後ろに出た。彼はそのまま、うずくまっている黒ベストの男とそれを介抱する黒ジャンパーの男に突っ込んでいく。
「てめえら、早くあの枷の鍵を渡しやがれ!」
大きく振りかぶった一撃は、黒ジャンパーの男が構えた槍をその手から弾き飛ばした。あ、と黒ジャンパーの男が唖然とした声を漏らす。
魔王が援護の魔法を撃とうとするが、魔法使いはすかさず魔王に向けて魔法を放った。それは軌道がわずかにずれて魔王の足元にあたり、石の床を大きくえぐり取る。
「……な、何その威力。人間だろ?」
えぐられた石の床を見て、魔王が動揺の声を上げた。魔法使いも自らの手を戸惑ったように見つめていたが、やがて盾を構えなおすと、にっこりと笑って言う。
「魔王の魔力吸収しすぎて、強くなっちゃったみたい」
「……くそが、ここまで強くなるとか聞いてねえぞ」
その間にもレンジャーは2人に肉薄を続け、黒ジャンパーの男に生傷が増えていく。と、レンジャーがひときわ大きく短剣を振るい、黒ジャンパーの男の太ももを切りつけた。男は太ももから青い血を流しながら、がっくりと地面に崩れ落ちていく。
「マグラ……!」
黒ベストの男が苦しそうな声で叫ぶが、黒ジャンパーの男はそれに応えずに、太ももを抑えながら地面に転がった。その体をレンジャーは遠慮なく蹴りつけ、黒ジャンパーの男はうめき声を上げながら数回転がって動きを止める。
邪魔者を処理したレンジャーはうずくまる黒ベストの元へゆっくり歩いていくと、その首筋に短剣を突きつけた。
「鍵、あるだろ?勇者のやつ」
「それは……」
「殺されたくなければ早く渡せ」
「……はい」
一方で。戦士と魔法使いは魔王相手に攻撃を続けていた。援護の妨害こそ成功しているものの、戦士の動きは疲れと攻撃を受け続けたことによる体力の低下で、かなり緩慢になっていた。彼の物理攻撃は全て避けられ、相手から撃たれた魔法は防ぎきれず、鎧に穴が増えていく。
と、魔王が三連弾を放った。最初こそ盾で弾いたものの、右から来る2つ目と左から来る3つ目をさばけず、両わき腹に魔法を食らった彼は思わず膝をついた。
「くそ、やっぱり魔王は魔王か……」
「当たり前だろう?」
魔王はそう言って右手を大きく掲げて黒色の漆黒の魔法を生み出した。それは膝をついた戦士の元へ真っ直ぐ飛んでいく。
と、魔法使いがその前に飛び込み、その盾を真っ直ぐ魔王の方へ向けた。魔法をちょうど真ん中にあて、魔王の元へ弾き飛ばす。
「な、これまで弾き……」
魔王が動揺したのもつかの間、魔法は魔王の身体に襲いかかり、黒色の光とダゴンという鈍い音を響かせる。数秒後閃光が晴れると、そこには左側面が大きくただれてボロボロになった魔王の姿があった。彼は肩で息をしながらかろうじて立っているものの、今にも崩れ落ちそうなほど衰弱していて、左腕はもう使い物にならないのが明確なほどただれている。
レンジャーが奪い取った鍵で勇者の拘束を解くのを横目に、戦士は膝をついたまま魔法使いの背中に声をかけた。
「さんきゅ。魔法使い、今なら魔法当たるぞ。俺は大丈夫だから、先に魔王を」
「分かった」
魔法使いは手を上に掲げると、高らかな声で詠唱を始める。
「ホーリーナイトマジックセカンド、グロウシャイニングエフェクト!」
魔法使いが生み出した光り輝く大きな球が、魔王に向かって放たれた。魔王は避けることもせず、ただただ荒い呼吸を繰り返しながら迫りくる魔法を睨みつけている。
魔王に魔法が当たろうとしたその刹那、人影が魔王の前に飛び込んだ。魔法の衝撃でその人影は吹っ飛ばされ、奥の壁に激突して止まる。
「誰だ?」
戦士がとっさに室内を見渡す。太ももから血を流しながら床に倒れ伏している黒ジャンパーの男、わき腹に短剣が刺さり焼けただれた服を着た黒ベストの男、磔台の横で困惑した表情を浮かべているレンジャーと、無人の磔台。
解答を導き出した戦士は、思わず立ち上がって飛び込んだ人影に声をかける。
「勇者!?」
白煙が収まると、壁に激突しぐったりとした勇者が姿を現した。その身体は服全体が焼けただれ、肌は魔法特融の赤紫色の傷がつき、そして壁に激突した後頭部からは、真っ赤な血が一筋流れ出してる。
声につられて振り返った魔王は、一瞬呆然とその光景を眺めた後、足を引きずりながら勇者の元へ駆け寄った。
「おい馬鹿、何今庇って」
「だって、リーグ死んじゃうじゃん……」
「死なねえんだよ。勇者じゃない限り、俺は死なねえんだ。人間の方が脆いんだよ」
「でも痛いよ。それに、さっき、庇ってもらったし……」
「死なねえからいいんだよ。それよりお前が死にそうじゃねえか。待ってろ、今回復……」
と、遠くからレンジャーが駆け寄ってきた。彼は問答無用で魔王を蹴り飛ばして地面に転がすと、馬乗りになって無事な右手を抑えながら短剣を首筋に突きつけた。
「てめえ最後の最後に勇者を殺す気じゃねえだろうな。何か魔法撃ってただろ」
「レンジャー、止めてあげてよ……」
勇者がか細い声で言うが、レンジャーは話を聞かずに魔王の首筋に短剣を押し当てた。魔王は荒い呼吸を繰り返しながら、何も答えずに視線を逸らす。
と、ようやく戦士と魔法使いが勇者の元に到着し、戦士は訝しげな視線を勇者に向けた。
「勇者、今なんで魔王を庇ったんだよ」
「それは……。さっき、庇ってもらったから」
勇者が視線を逸しながら細い声で答える。と、戦士は少し呆れた表情を浮かべてから、勇者に向かって剣を差し出した。
「まあいい、魔王が弱っている今が魔王討伐のチャンスだ。勇者が剣で刺しさえすれば、この戦いは終わる。もう魔王の体力はほとんどゼロだ。止めをさしてくれ」
「とどめ……」
勇者は剣を受け取らないまま魔王の顔を見つめた。魔王は息を切らせつつじっと勇者の顔を見つめ返していたが、不意に勢いよく飛び起きてレンジャーの身体を振り払うと、ノーモーションで魔法を放った。魔法はレンジャーの身体を吹き飛ばし、レンジャーは地面に数回転がって動きを止める。
慌てて魔法使いが魔法を唱えようとするが、それよりも早く魔王の右手から魔法が放たれ、魔法の直撃を食らった魔法使いの手から盾と杖が落下した。そのまま彼女の身体はふらりと地面に崩れ落ちる。
「くそ、何だよ急に!」
戦士は叫びながら持っていた剣を振りぬき、それは魔王のわき腹を貫いた。だが魔王はわき腹から剣を生やしたまま魔法を撃ち出して、重量があるはずの戦士の身体を空中へ吹き飛ばし、その後激しく地面に叩きつける。
魔王はすかさず遠くで転がる配下2人に向け、何かを唱えた。ボロボロだった彼らの姿は、魔法によってその場から消えていく。
と、そこで魔王は力が尽きたのか、息を切らして膝をついた。わき腹から生えた剣からは、絶え間なく青い血が流れ落ちてくる。
地面に叩きつけられた戦士は、立ち上がろうと這いつくばりながら勇者に向かって声をかけた。
「おい勇者!その魔王のわき腹の剣を握れ!そうすればお前の力で、魔王の息の根を止められるはず!」
「俺が……」
「ああ、勇者だろ!?魔王に勝つために今まで努力してきたんだろ!?そして、ずっとそいつに苦しめられてきたんだろ!?最後のチャンスだ!勇者、力を振り絞れ!」
「魔王を……」
勇者はわずかに身体を起こすと、魔王の方を見つめた。彼は完全に床に座り込み、足を投げ出してぐったりと座っている。
と、彼はわずかに顔を上げて目を勇者の方に向け、そのまま勇者にだけ聞こえる声で囁いた。
「殺したいなら、殺していい。俺はもう動けない身だ」
「え、でも……」
勇者が戸惑ったように視線を逸らす。その姿を見て、魔王は軽く笑いかけた。
「嫌なら、演技し続けてくれ。咄嗟に魔王を庇ってしまい、魔法にやられて動けない勇者を。今もやってるんだろ?さっき回復魔法撃ったんだから、本当は動けるのに」
「……うん」
勇者が視線を逸らしたまま頷いた。その返事に、魔王は軽く笑う。
「やっぱり。もう少しで魔力が回復するから、時間稼いでくれ。そしたら――」
魔王が何かを言いかけたが、それはようやく立ち上がった戦士の怒号にかき消された。
「勇者!?何してんだ!早く止めを!」
「……ごめん戦士、俺、もう動けないよ」
勇者が弱々しい声で返すと、戦士は足を引きずりながら勇者の元へ歩いてきた。
「何言ってんだ、手を伸ばすだけだぞ!?この半年間ずっと、俺ら魔王を倒すために旅してきたんだ。その最後の仕上げだぞ」
「でも、もう本当に……」
勇者は消え入りそうな声で返すと、途端に激しくむせ込んだ。遠くから魔法使いが、どうにか座り込みながら声をかける。
「戦士!私たちの目標は勇者を助けることだよ!無茶させて死んだら元も子もない!」
その声に、戦士の足が止まった。彼は勇者と魔王から1メートルほどの距離をあけて立ち尽くす。
と、魔王が急に立ち上がり、無事な右手を宙に向かって勢いよく突き上げた。戦士も、レンジャーも、魔法使いも、そして勇者もただただ呆然とその動きを見守る。
全員の視線を受けながら、魔王は高らかに呪文を唱え始めた。
「モディファイヤーメモリー!輝くさざ波よ、世界のすべてを記憶の洪水で飲み込み――」
その言葉を最後まで聞くことなく世界は白い光に覆われ、勇者たちの記憶も白い光に包まれた。
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