終わりの言語化

鍍金 紫陽花(めっき あじさい)

VRCHAT

 わたしは今日の21時からイベントに参加する。『サキュバスはにゃバー』は毎週開催されていて、人気のイベントだ。一分でも過ぎればインスタンスがフルになり、来週に再チャレンジしなくてはいけない。先週はわたしだけイベントに行けなくて、友達の撮影したキャストとのツーショットに悔しくていいねを押せなかった。


「ん?」


 わたしの元へインバイトが届いた。届け主はハキリというフレンド。彼はわたしがビジターだった頃から仲がいい人で、最近は交流がなかった。

 ホームワールドに設置された時計を眺める。まだ話ぐらいはできるだろう。わたしは彼の冗談を懐かしく思い、承認を押した。

 数分待つと、join音がした。リスポーン地点に目をやる。


「ひさしぶりー」


 ハキリはかりんちゃんをボーイッシュに改変していた。髪の毛を耳の上まで短くしていて、服装もポンチョを着ている。まえは無改変のかりんちゃんだったはず。

 彼はユニティをいじることに抵抗を覚える人間で、誰かに教えて貰えたのだろうか。不意に両指を確認するが、指輪は装着していない。


「やっと承認したー」

「えー、なになに。はきりん言い方ひどくない」

「だって今までインバイト送ったのに、無視したじゃん!」

「寝てたんだよ」


 嘘をついた。

 わたしが所属しているグループは内輪ノリがある。彼は嫌いな下ネタが飛び交うわけで、そこに呼んでしまえば、彼はお気持ちツイートを流してくるだろう。精神も柔らかい彼だし傷つけたくない。時間を選んで、インバイトを無視していた。


「ふん。そういうことにしてあげる」


 ハキリはわたしの隣に座り、ミラーボタンを押す。自分のトラッキングがぶれていないか足や手を動かしている。今のところは足が頭の上に上がったり、腰が斜め下に落ちていく様子がない。


「あれ、フルトラだったっけ」

「そうだよ。初めて着たときに会いに来たじゃん」

「ああ、そうだった」


 discordで通話を繋ぎながらサイトを開く。わたしは既に購入しているトラッカーを紹介し、手順を終了させるまで付き添った。そうして、少しの間があいたあとに見せてくれた。彼は今よりも機嫌がよくウサギのように地面を跳ねていた。


「どうして、忘れていたのだろう。ハキリのことなのに」

「ミツは僕を忘れられるぐらい楽しい日をすごしてるみたいだね」


 わたしの名前をあえて付けた。普段はお前呼びなのに変えてきたのは、それほど私に不服があるらしい。インバイトを通さなければよかったと後悔する。


「そんなことないよ。てか、俺が何してるのかわかるの?」

「Twitterのやり取りとか流れてくるよ。オススメに、ミツのリプライとかでなんとなく把握している」


 彼のタイムラインをわたしの下ネタで汚染していることになる。

 と言いつつも、写真付きツイートに挨拶しているぐらいだ。その写真とは、女性アバターが露出の多い格好をしてピースをしているもの。また、セクハラしているツイートにわたしが乗っかったりしていた。


「ねえ、ミツがさいきんつるんでるヤツらのことなんだけど」


 指摘されたくなかったから、話題をそらそうとした。彼に主導権を渡してしまったら、批判されることが目に見えている。


「ハキリは最近どうしてるの?」


 ミラー越しに彼は頭をかいた。マイクからコントローラー同士がこすれる音がする。


「僕はグループに入ったよ。毎週水曜日にゲームワールドを探索するやつ。楽しかったよ」

「マーダーとか?」

「マーダー最近やってないね。推理ワールドいる」

「そういえばハキリは得意だったね」

「うん。進んで僕が行きたがってるかな。グループ内の人間も、僕頼りにしている」


 既に信頼関係が築かれているみたいだ。

 久しぶりに彼のアカウントに飛ぶ。メディア欄に集合写真の数々が並んでいる。その中に、ダンジョン探索のワールドがあった。


「先週はダンジョンにいった」

「誘われてもわたしは行かないから、グループ入れてよかったね」

「そう! なんで1回も僕と行ってくれないの?」

「行ったことあるよ。忘れてるだけ」

「今から行かない?」

「うーん、用事があるかな」


 彼はわたしをゲームワールドに誘うけれど、数回しか参加したことない。特に、ダンジョンはなるべく参加しないようにしている。だって、スティックを前倒しして敵を倒すために腕を振り回す。それに、拘束時間が長い。ゲームクリア後はたらたらと話す時間が無くなってしまう。わたしは、このゲームをコミュニケーションを主目的としてログインしている。


「まあ気が向いたら行くよ」

「いつ行けるの」


 わたしはヘッドセットを外す。白紙のカレンダーで、彼に会える日を探した。大体の辺りをつけて、視界を戻す。


「だったら、俺が行ける日を先に伝えておくよ」

「約束だからね」

「覚えておくよ」


 確かに彼のことを蔑ろにしている。わたしは彼との交流を続けていきたいから、推理ワールドぐらい一度は巡ることにする。

 時間は50分を差していた。そろそろイベント先にjoinするボタンに指をつけておかなければいけない。出遅れてしまう前に、ハキリとの会話を止めることにした。


「ハキリごめん。インバイトが来てたからそろそろ行くわ」

「ミツは友達が多いよね。わかった」


 その言い方が寂しげで、わたしは居所が悪くなった。


「また呼んでくれたら会えるよ」

「……」


 インベントリを閉じて、無表情の彼と対面した。わざわざミラーを遮っているため、わたしは緊張して頬がこわばる。


「どうせ、今のは嘘になるんでしょ」

「ハキリー。俺のことを信じろよ」

「だって、ミツは半端に優しいから、そんな残酷な約束できるって知ってる。どれだけ信頼しても、離れていくんだよね」


 彼の態度に不満を募らせる。ケアするように話していても、一向にわたしへの攻撃を緩めない。友情を試すような行動をとらないでほしいだけだ。


「会えなかったのは悪かったよ。でも、そんな噛み付くことないじゃん」


 そろそろイベントも始まってしまう焦りが、前から指摘したかったことを口走らせる。関係にヒビが入るかもしれないという理性が、頭に浮いては消えた。


「ハキリは色んなことを敏感に捉えすぎなんだよ。みんなが貴方を敵視してるわけじゃない。もっと鈍感にとらえたらいいよ。そうしないと、このゲームだけじゃなくて生きていけないよ」

「ミツは色んなことを鈍感にとらえすぎだよ。どうして、人が悪いことしたのに無視できるの。悪いことは悪いって誰かが言わないと、ずっと続いていくじゃん。それに、あなたが最近入り浸っているグループとかだらしないよ」


 わたしはため息をつく。鏡のわたしが笑顔になっていたから、ボタンを押して無表情に変える。


「僕わかってるんだからね。真夜中までログインして、裸になってジャストしてるんでしょ。ネットでセックスするなんて訳分からないよ。男同士なんて気持ち悪いよ」


 所属しているグループは、よくある出会いの場だ。興味を持ったらジャストする。仲を深めたくなったら、お砂糖関係もといパートナーになる。相談事も寄り添うし、なにより小規模なコミュニティだ。わたしは居心地が良くていつも滞在している。


「誰にも迷惑をかけてない。Twitterでも、誑かしてないよね。少なくとも俺は」

「聞こえはいいけど、ふしだらにヤリまくってるんでしょ」


 このグループを批判されるのは、わたし自身が否定されるのと同義だ。発言を撤退させたくて、わたしは言い返す。


「グループ内でセックスしてるだけだよ。男同士でエッチしてることに迷惑なんてないよね。人から文句言われるのが理解できない」


 私が反論するなんて想像していなかった。前々から用意していた言葉を返されてしまったから、狼狽えて身動きを取ろうとしていない。


「吐きそう」

「え、大丈夫」

「もう嫌だ。なんでミツは変わっちゃったの。セックスするとかありえない。なんでそんな遠くに行っちゃうの。僕が長くずっと遊んでいたのに集団に取られた。そんなに僕との思い出って薄かった?」


 ふと我に返る。彼の仕草に見覚えがあった。グループ内に、パートナーになりたいから気を引こうとするムーブを目撃したことがある。それに近いから、わたしは試しにハキリのアバターの頬に触れた。


「わたしはハキリのこと大事に思ってるよ」

「もう違うってば!」


 私は驚いて、手を縮めた。ハキリははっきりと距離をはかろうとしている。対応を間違えてしまった。


「昔はそんな安安と手を出そうとしなかった。話し合いを設けてくれた。ミツの中にあった大切なものをなくしてしまうほど、ジャストやパートナーって大事だった?」

「ハキリのなかにいる俺への理想が、現実の俺とズレるからって縋るなよ。これが俺だ。1人の孤独に耐えられないやつ。それは、ハキリもそうなんだろ?」


 彼は私の前から姿を消した。ログアウトを選択したということは、もう私と話したくないのだろう。

 私はイベントを参加するために、インベントリを開く。

 それから、わたしは彼にインバイトを送るけれど、一度も承認されたことはない。

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