第27話 竜の言葉
「ぼくの力って……ぼくはまだ正式な魔法使いでもないんだ。竜と契約って……」
タッドはまだ見習い魔法使い。契約と簡単に言葉にはできても、そこまでのレベルではないのだ。
正直なところ、そこまでのレベルに至れるかすらも怪しい。
なのに、契約の相手が竜、ともなれば、タッドが思わず気後れしてしまうのも仕方なかった。一足飛びどころじゃない。契約だけに限れば、頂点だ。
「何言ってるのよ、タッド。あれだけの魔法を使って、あなたは魔法使いじゃない訳?」
「あ、あれは……必死で」
「だけど、やったのは間違いなくお前だぜ。俺達は、ちゃんとこの目で見たんだ」
「そ、それは……そうだけど」
「だったら、もっと堂々としてなさいよ。そうする権利、タッドにはあるんだから」
クオーリアの館にいた魔法使いは、タッドとドゥードル。だが、ドゥードルは亡くなり、後の魔法は全てタッドがしたこと。
そして、ついさっきも竜珠の力を引き出した。
「俺達にはよくわからないが、あのドゥードルだって竜珠を扱い切れなかった。それをお前はちゃんと使って、こうして竜を助けたんだろ。もっと自信を持てよ」
ドゥードルのように火に包まれることもなく、最後まで竜に力を送り続けることができた。
それは事実だが、タッドにはその自覚があまりない。
「返事は? 魔法使い」
フェオンがタッドに催促する。その表情は今までの中で、一番子どもらしく見えた。
「ただの魔法使いなら、こんなことは言わない。タッドだから、一緒にいたいと思った」
「すごいじゃないか、タッド。これって最高のほめ言葉だぜ」
「そうよね。竜の方から、一緒にいたいって言ってくれてるのよ」
フェオンはふわりと竜の肩から降りると、タッドの前に立った。
「タッドが私と、そして竜珠にかけてくれた魔法はとても温かかった。以前にも言っただろう? タッドは必ず素晴らしい魔法使いになる、と。どうやらまだタッドはそのことを信じていないようだが、私が横にいてそうなった時に、竜の言葉は真実だっただろう、と言ってやりたい」
「あ、あたしもそれ、横で聞いていたいな」
ティファーナの方が同調している。
「……わかったよ、フェオン」
タッドはうなずいた。
「次にフェオンと会う時、そうだなって笑えるように、これから目一杯修行しておく。竜と一緒にいると見劣りして情けないって言われたりしないよう、ぼくもがんばるよ」
存在そのものが魔法のような、竜が言ってくれているのだ。竜の言葉を……と言うよりは、もう少し自分を信じてみてもいいかも知れない。
また流されてるような気もするが、この流され方なら構わないかな、とも思う。いい方向へ流されているのなら。
「どうやら仮契約成立ってところだな……おっと」
リアンスの目の前に、枝に積もった雪が落ちてきた。あちこちで積もった雪が、地面に落ちる音が聞こえる。溶けて雫がしたたる音も。
この山の積雪量はそれ程でもないから、
「完全に力を取り戻すには、まだ少し時間がかかる。もっとも、あまり急激すぎる変化は、他の生物にもそれなりに影響が出るから、その方がいいだろう。魔法使い、人間達には三日もすれば元の気候に戻る、と伝えてくれるか」
「わかった。ぼく達も、この剣をエコーバインへ返しに行かないとね」
「あーあ。俺達、まだ事情聴取なんてものが残ってんだったな」
「事後処理の方が、ずぅっと面倒ね。ま、仕方ないけど」
タッドが持つコルデの剣は、水にぬれたように光っている。刃に光に当たると、虹が見えてとてもきれいだ。
英雄であるはずの剣士の子孫がとんでもないことをしでかしてくれたが、これをあるべき場所へ戻せば、事件は落着へと向かう。
これは水の竜が、自らの姿を剣に変えたもの。魔力を秘めているのだから、竜珠に近いとも言える。
なりゆきではあるが、竜の力がこもったものに二つも触れることができた。
最初は完全にとばっちりと言おうか、巻き込まれた感ばかりだったが、むしろ恵まれていたのかも知れない。
今はそんなふうに思うタッドだった。
「じゃ、ぼく達行くよ。フェオン、また会えるのを楽しみにしてるから」
さよなら、とは言わない。すぐにまた会える、とわかっているから。
「ああ、私も楽しみにしている」
タッド達は竜に見送られて山を降りた。
「来る時より、気温がずいぶん上がったな」
雪はまだ残っているが、もう寒いとは思わない。竜の力の有無で、これだけ違うものか。
「とりあえず、エコーバインへとんぼ返りだな。さっさと全部終わらせて、一杯やりたいもんだぜ」
「その前に、おじさん達にもう大丈夫ってことを教えてあげないとね。気温が上がってきたなら、わかるでしょうけど。あー、そうだ。あたしのコンピュータ、クオーリアの屋敷で焼けたんだっけ。弁償してもらえるかしら」
ドゥードルに魔法で拘束された時、落としてしまった。動けるようになった時には火事でそれどころではなく、拾うのも忘れて外へ逃げたのだ。
「損害請求したって、バチは当たらないだろ。命がかかってたんだから、コンピュータの一台くらい、安いもんだ」
「じぃちゃん達、連絡を全然入れてなかったから、きっと心配してるだろうな」
自分でそう言ってから、タッドはジャンティの町へ来た目的を思い出した。
六回も落ちた試験のことをしばらく忘れ、ひいては魔法のことをしばらく忘れるために、のんびりとした時間を過ごそうとして祖父母の家へ遊びに来たのだ。
それなのに、気付けば竜の命は自分の肩にかかり、魔法を忘れるどころか今まで一番ハードな状況に直面し、のんびりなんて宇宙のはるかかなたに飛んで。
ただ、試験のことはほとんど忘れられた。思い出す余裕がなかった、とも言う。
「あーあ、家へ帰ったらまた追試かぁ。考えたら気が重くなるよ」
「やぁね、今更何言ってんのよ、タッドったら」
ティファーナが力一杯タッドの背中を叩いた。むせそうになる。
「あれだけの魔法を使ってたのよ。追試なんて、ちょろいじゃない」
「ラストであんなに大活躍した奴が、何をぐだぐだ悩んでんだよ」
そう言われても、タッドはあれだけのことをした、という自覚がやっぱりない。夢を見ていたようで、リアリティがあまりないのだ。
でも、ティファーナやリアンスという証人がここにいるし、やはりあれは間違いなく自分がしたこと……らしい。
「本番に弱いって? クオーリアの別荘やさっきのことを考えてみろ。あれ以上の本番があるか? 一度だって失敗してないだろうが。ちゃっちい試験くらいで、もたついてんじゃねぇよ」
リアンスに痛い程、肩を何度も叩かれる。
「竜に言われたんでしょ。素晴らしい魔法使いになるって。さっきフェオンにも約束したばっかりじゃないの。あ、それとあたしの言葉も、ちゃんと聞いていてくれたんでしょうね」
「え? ティファーナの……何?」
言葉、と言われても、どの言葉なのかわからない。
「もうっ。タッドってば、ちゃんと覚えていてよね。再会した時、タッドが素晴らしい魔法使いになるというのは真実だったろうって、フェオンが言うんでしょ。で、あたしも横で、それを聞くの。そんなに長い言葉じゃないんだから、しっかり頭に叩き込んでおいてよ」
「あ……うん」
ティファーナの少しすねたような口調のセリフを、タッドはぼんやりとした顔で聞いていた。
「ねぇ、タッド。もしかして、あたしの言ってる意味、わかってない?」
リアンスがぐいっとタッドの腕を引っ張り、耳打ちする。
「タッド。お前って、もしかしてすっげぇニブい奴なのか?」
「え? えーと、その……何か深い意味、あるの?」
タッドのその言葉に、リアンスはタッドに「言外の意味を悟れ」と言っても無駄らしい、と判断した。
「ティファーナ、ちょーっとばかり時間をもらえるかな。この件を片付けた後で、ゆーっくりとタッドには修行させるよ。俺がコーチしてやっから、そう長くはかからないしな」
そのセリフに、妙な不安がよぎる。
「な、何だよ、リアンス。修行って」
「お前って魔法以外のことに関しては、かーなーり経験不足のようだからな。俺が叩き込んでやる。魔法の修行よりずっと簡単だぜ。いや、むしろ逆か。とにかく、追試なんてさっさと終わらせろよ。あれだけの力を見せ付けといて、また試験に落ちました、なんて報告したら首絞めるぞ」
言いながら、すでにリアンスはヘッドロックをしている。
「次から次に、やることがあるんだからな。時間は待ってくれないぜ」
「ぐっ……あの、リアンス、たんま」
自分の首にかけられた腕を、タッドは必死に叩く。
「成果が出なかったら、リアンスに責任取ってもらうわよ」
「俺の講義は特別編だぜ。成果無し、なんてありえないさ」
「二人して何言ってるんだよ。ぼくは……」
「まぁまぁ、話は後でじっくりとな」
ぼく、やっぱり間の悪い時にこの町へ来たような気がする……。
リアンスの車に押し込まれながらそう思い、でもなぜか悪い気はしないタッド。
振り返れば、明るい炎の色をした太陽がドリープ火山を染め、まだ少し雪をかぶった山は本当に燃えているように見えた。
追試を六回やってる見習い魔法使いのぼくが瀕死の竜に無茶ぶりされた 碧衣 奈美 @aoinami
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