第二話

「だからぁ、何度も言ってるじゃん。悪魔なの、俺。」

気だるそうな目でこちらを見ながら大きな耳を動かしてそいつは話す。

「嘘つけ。人を幸せにする悪魔がいるか。悪魔だったらもう少しマシな嘘をついたらどうだよ」

おそらくこの世のものではないであろう生物を目にしつつ、今日は良い事が無かったから夢を見ているに違いないと頬をつねってみたが目が覚めない。目の前の生物は何やってるだコイツと言わんばかりにこちらを見て笑っている。腹立つやつだ。

「もう分かっただろ?いい加減認めろよ悪魔の存在を。俺は人間を幸せにするためにやってきたんだぞ」

そいつは誇らしげに腕を組み笑顔で見上げている。小さすぎて見上げるしかないのだ。

「なんで連れてきてしまったんだろう、、」

はぁっと溜息をつく。夜に男が道端で得体の知れない生物と喋っている所を見られたら通報ものだ。取り敢えず帰らなければと思い奇妙な生物を連れて家に帰ってきた。二LDKで築三年。近々陽菜と同棲するために最近引っ越して来たアパートだが一人で住むには少し広すぎる。虚しさを掻き消すようにジジは話し始める。

「おい蓮介、落ち込んでいる場合か?お前は今幸せなんだぜ」

先程振られたばかりだ。どこに幸せなどあるものか。それよりも驚く事がある。

「なぜ俺の名前を知ってるんだ?教えてないぞ」

「お前の事は何でも知っているぞ。何なら年齢や職業、好きな食べ物まで当ててやろうか?」

ジジは意地悪な笑みを浮かべて返してきた。とてもじゃ無いけど可愛くは無い。小さな子が見れば泣き出しそうな顔をしていてそこだけなら悪魔だと信じられる。

「で、どこが幸せなんだよ。俺の事知ってるなら今日は不幸な日だって言ってくれるはずだぞ。ああ、悪魔だから人の不幸が幸せに見えるのかい?」小さい頃本で読んだ悪魔は人間を不幸にして笑いころげ、天使に成敗されていた。こいつもその類いなんだろうと返答してみた。

「違うって。俺は人間を幸せにするために来たんだぜ、振られたことが蓮介にとって不幸な事ぐらいわかるさ」

可哀想なものを見る目で話してくる。傷を抉られた気分だ。

「俺が言っているのはこれの事だよ」そう言ってジジはテーブルに置かれた加熱式タバコ本体を指差す。

「これでタバコを吸えばとても気分良かったろ?少なくともこの世で一番の幸福を味わったはずだ」

確かに。あれ程の幸福は中々味わえないであろう。振られたことなど遠い昔の事のように感じる。五年付き合った陽菜が別れを告げて颯爽と立ち去る姿を見た時には立ち直れないような気持ちになったが今はそうでもない。自分は冷たい人間だったのかと一瞬感じたが、それも全てあの幸福感がもたらせたものだとジジは話す。

「俺はあの時、不幸になる人間を幸せにしようと探していたんだ。そしたら居たよ。あまりにも分かりやすい不幸な奴が。悲しみをこえて笑えたね」悪気は無かったと言いつつ口元の笑みを隠さないで喋るジジに殺意を覚えたがおかげで気分が楽になったのも事実。デコピンをしようとすると指の力を弱めた。まぁ助かったよと歯切れの悪い感謝を述べるとジジは目を輝かせて嬉しそうに飛び跳ねる。

「だけどな、ちょっとした条件があるんだ」さっきまで飛び跳ねていたジジがゆっくりと腰を下ろす。

「蓮介、さっき幸せな気分の後に転んだろ?あれが条件だ。正確に言うとな、このラブエルを使ってタバコを吸うと吸ってる時と余韻に浸っている間は幸せだが、その後にすぐに不幸が訪れるんだ。そしてその不幸は一本吸うごとに不幸の度合いが上がるんだよ」

さすが悪魔だ。このやり口は認めざる得ない。天国から地獄に突き落とす。コイツに吸わせてやろうという感情が顔に出ていたのを見破られたのかジジは指で口の前にバッテンを作り笑みを浮かべている。今理解した。こいつは悪魔だ。

「ちなみに俺が吸っても何にもならないぜ。蓮介が普段使ってる加熱式タバコ本体でタバコを吸ってスッキリするのと同じぐらいだ。ラブエルは人間にしか効果が無いんだよ」人間で良かったろ?とでも言いたげな表情でこちらを見てくるが気持ちは微妙である。あの幸せはもう一度味わってみたいが不幸になるのは普通に考えて嫌である。それも転ぶより不幸な事が大きくなるのなら最悪命に関わる事になってしまうかも知れない。

「ちなみに何本吸えるんだ?」ふと疑問に思った事を聞いてみた。ラブエルはタバコ挿入口があったが充電口は見当たらない。充電がなければ多く吸えないであろう。

「本数は20本だ。それで充電が切れる。いいだろう?20回もあの幸せが味わえるんだぜ?」

また嬉しそうにジジは言った。こいつはさっき不幸になるって言った事を忘れたのか?唐突に頭が痛くなる。やはり悪魔だ。人間とは感覚が違う。幸せがあれば良いという感覚だろうが、人間は誰しも幸せになる方法より不幸にならない方法を選ぶ。マイナスがある方が嫌だと思うのが人間だ。

「でもなぁ、、俺はもうさっき幸せになった気がするから必要無いと思うなぁ」

そう言ってラブエルをテーブルの上に置いた。ここではっきりと要らないと言えない自分が憎い。

「何言ってんだ蓮介。はっきり言えよ欲しいって。お前には絶対必要なんだ。それにラブエルはもうお前の物だぞ。ほれ、証拠に」

ジジがそう言ってテーブルにラブエルを指さすとズズッ、ズズッと引きずるような音を立ててラブエルがこっちへ向かってきた。

「ラブエルはな、持ち主を決めたら離れないようにどこにいてもずっとついてくるぞ。無くさなくて良かったな」

ジジは最高だと言わんばかりに話しているが恐怖でしかない。加熱式タバコ本体がポケットに入っていると安心すると言ったがそれとはまるで違う。加熱式タバコ本体にストーカーされる人間は世界で自分だけだろう。幸せになる前に不幸になっているのではないか。

「これでいつでも吸えるし安心だな。いいか蓮介、お前はこれからの人生必ず不幸になる時が来る。だがラブエルがあれば幸せになれるんだ。俺は人助けが出来て嬉しいよ」

ジジはそう言ってニカっと笑った。相変わらず恐ろしい。子どもが泣きそうだ。

「じゃあな蓮介。幸せになれよ。またな。」

フッと風が吹いてジジは姿を消した。残されたのは先程からゆっくり近づいてくるラブエルとはっきり言えない男が何とも言えない表情で佇んでいた。



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20本目の幸福 bond58 @1879

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