モヒートを酌み交わそうよ

花園眠莉

モヒートを酌み交わそうよ

 私には好きな人がいる。その方は女性で特定の恋人を作らないと有名だった。名前もわからないし、どこに住んでいるのかもわからない。それでもその方に近づきたくてつい、口が滑った。


 「お姉さん、私を抱いてください。」するとお姉さんは口元に手を添えて艶っぽく笑った。

「あら、私に抱いてほしいの?」その声は落ち着いた柔らかい声で私の心臓を掴んでいった。お姉さんの言葉に私は俯いたまま頷くしか出来なかった。

「ふふ、可愛いわね。でもねお嬢さん、私は貴女とお付き合いするつもりはないのよ?それでも良いの?」モヒートを眺め、揺らしている。

「はい、それでもお姉さんに抱いてほしいんです。」カランと氷の溶けた音が私達の間を埋める。

「そこまで言うなら良いわよ。貴女のお望み通りに抱いてあげるわ。すみません、お会計お願いしてもいいかしら?」

「今日はもう帰るの?」

「そうね、熱いお誘いがあったから。いつものように、この子の分も一緒にお願いしても良い?」少しの間、視線だけを私に向けて微笑んだ。その視線だけで私の心は捕まってしまう。

「ええ、いつも通りね。素敵な夜を楽しんでね。」軽く手を振って見送ってくれた。


 会話をすることなくホテル街に入る。今から抱いて貰える喜びと緊張が頭を支配する。そんな私を見たお姉さんは私の手を緩く繋いだ。どうやら、抱かれる場所はこのラブホらしい。

「そんな緊張しちゃって。今日は、止めとく?」お姉さんは優しさ半分意地悪半分で聞いてくる。止めるなんて嫌。やっと話しかけられたんだから。

「嫌です。止めないで、ください。」私の言葉を聞いたお姉さんはホテルのロビーで受付をし始めた。


 部屋につくとお姉さんは私に視線を合わせた。

「お嬢さん、シャワー先に入るかしら?」

「お姉さんは先に入らなくて良いんですか?」シャワーの順番はどっちでも良いけど先を譲ってくれるお姉さんに好きが止まらなくなる。

「ええ、私は大丈夫よ。お嬢さんは私の後の方が良い?」なんかそのお姉さんの言葉に恥ずかしくなった。お姉さんの後に入るのはよくわからない恥ずかしさがある。

「じゃあ、先に入ってもいいですか?」

「ふふ、勿論良いわよ。ゆっくりしておいでね。」


 見送られてシャワーを浴びる。お姉さんはあまりこちらを見ないように配慮してくれているようでキュンとした。いつもより念入りに体を洗って出る。バスローブを羽織ってベッドまで行く。

「お姉さん、お待たせしました。」

「あらおかえりなさい。私も入ってくるわ。」そう言ってお風呂場の方へ歩いていった。その姿に目を離せなくてじっと見てしまう。お姉さんが服を脱ぎ始めると「えっち」と私に向け口を動かす。見過ぎたことに恥ずかしさを覚える。ザーっとシャワーの音だけが響く。今からすることに意識を持っていかれるけれど、別のことを考えようと思った。とりあえず携帯を取り出してアプリを開く。スクロールカクテルの動画が出てきた。お姉さんに会うために通い始めたバーをきっかけにカクテルについて調べるようになっていた。花言葉みたいにカクテル言葉があることを知って暇な時に覚えている。お姉さんは確かいつもモヒートを飲んでいる。


 「おまたせ。ベッドでずっと待ってたの?」纏められた長い髪が煽情的で心臓が痛くなる。

「はい。」お姉さんは軽く笑って私のことをゆっくりと押し倒した。これからお姉さんに抱かれることを体が喜んでいた。

「まだ始めていないのにそんな可愛らしい顔をするのね。お嬢さんのことはなんて呼んだらいいかしら。私のことは美緒と呼んで。」頬に手を添えられ耳元で囁かれる。

「私、えみかって言います。笑うに花って書くんです。」

「笑花ちゃん、素敵な名前ね。」美緒さんは私の羽織っていたバスローブを丁寧に脱がせてくれた。それだけで呼吸が早まる。

「笑花ちゃん、今から一緒に気持ちよくなろうね。」美緒さんは顔をぐっと寄せて耳元で囁く。

「はい。」


 美緒さん私の体に手を這わせて刺激してくる。

「笑花ちゃん。感度がいいのね。」美緒さんは上体を起こして触り続ける。だんだんと身体が甘く痺れていく。触られる場所すべてが気持ちいい。念願の美緒さんに触れられただけで甘く絶頂を迎える。

「顔が蕩けちゃってるわね。気持ちいいの?」顎を掬い取られ聞かれる。

「うん。」意地悪く美緒さんは私の唇を撫でる。

「ちゃんと笑花ちゃんのお口から聞きたいな。」

「気持ちいい、から、もっと触って…?」両手を広げて届かない美緒さんの首へ伸ばす。美緒さんは願った通り触れてくれた。と思ったが一番いい場所は触れてくれなかった。首に届かない持て余した両手を重力に預ける。

「ねぇ、触ってぇ?」自分の声とは思えないほど情けない声を出す。

「ふふ、触っているわよ?」意地悪な声で遊ばれる。

「ちゃんと、気持ちいいとこ触って?」美緒さんは満足そうに口角を上げた。

「笑花ちゃんは良い子ね。よく出来ました。」するりと太ももを伝って私の中に触れた。美緒さんの指が動くのに合わせて水音が響く。

「んあっ、はあ、まっ‥」私はひたすらに、だらしない喘ぎ声を漏らした。体の熱を抑える暇などなく視界が真っ白になった。美緒さんは手の甲で私の輪郭をなぞる。

「まだ、終わってないわよ?ここからが本番なの。」その言葉に腹の奥がきゅんと反応する。ぐずぐずになった私の中を自由に美緒さんの指は動く。すでに指を三本咥えていた。

「みおさん、みおさん。」抱かれて嬉しくて、でも切なくて、苦しくて何度も名前を口にした。

「なあに?笑花ちゃん。」甘さと熱っぽさを孕んだ声で名前を呼んでくれる。それだけで嬉しかった。


「もっと。」


 それから二人の熱っぽい声を部屋中に響かせる。時間もわからないほどお互いに快楽を求めた。快楽と罪悪感の中、私は意識を飛ばした。


 意識が浮上すると目の前に美緒さんの顔があった。いつ見ても綺麗な顔だな。美緒さんの髪は解かれて濡れていた。私もシャワーを浴びようと体を起こした。

「笑花ちゃん?」まだ眠たそうな声で呼ばれた。

「おはようございます。美緒さん。」そう言うとふにゃりと笑顔を浮かべて答えてくれた。

「体とか大丈夫?」私の髪を弄びながら聞いてくる。

「はい、大丈夫です。」美緒さんは突然起き上がった。

「ならさ、飲み直さない?私の行きつけのバーがあるの。」そんなお誘いをしてもらえるなんて。ここでバイバイかと思ったのに。こんな機会を逃すわけがない。

「はい、行きたいです。その前にシャワー入ってもいいですか?」

「ふふ、勿論。いってらっしゃい。」美緒さんはもう一度ベッドに沈んでいた。


 温かいシャワーを浴びて身を清めた。バスタオルで体を拭いて服を着る。肩から髪を拭くタオルを下げてベッドの方へ向かうと美緒さんは荷物を纏め終わっていた。

「おかえりなさい。荷物を纏め終わったら笑花ちゃんの髪を乾かしても良い?」少し悪戯っぽく言われた。気持ちは嬉しいけれど恥ずかしさと遠慮で言葉が詰まる。

「私がしたいだけなんだけど…だめかな?」そう聞くのはずるい。断れなくなってしまう。

「いえ、じゃあお願いします。」私が言うと美緒さんは少女のような笑顔を浮かべてくれた。

「いいわよ。先に私の髪を乾かしてくるわね。」そう言って消えていった美緒さんを見送り荷物を纏める。


 「美緒さーん、終わりましたよ。」美緒さんは鏡越しに目を合わせて微笑んでくれた。それから温かい風が私をふわりと包み込んだ。私の髪を自由に遊ぶ美緒さんの指が心地よかった。美緒のおすすめのバーはどんな場所かな。何飲もうかな。心地よさの中、頭は次のことでいっぱいになっていた。それだけ、楽しみ。今は生乾きの髪が乾きおわるまでゆっくりと思考に浸っていよう。


心の乾きを癒して「モヒート」

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