第16話 集いし想い

 聖都ティラナを脱出したマーゼル卿、ラーサー、ヨシュア、アースナ、そして修道女グィネヴィアの5名は西の都市ドラスへ向かっていた

聖教騎士団の追撃隊は出発にもたつき完全に捕り逃がした形となりラーサー達は無事にドラスへ到着できた、ティラナから近い都市ドラスは一部の区画は聖教騎士団の管轄下にある特殊な街だ、守護する西天騎士団とは表面的には上手くいっているようにみえるが、小さな問題は燻っていて良識を尊重する西天騎士団のイゼルナ騎士団長と駐留する聖教騎士との間には明らかな溝が深まっていた


 「何とか街の中に入れたな…」


 鳩による伝令よりも先にドラスに侵入できたのは幸いだった、ようやく今になって駐留兵が街の外に警戒兵を送り始めているくらいだ


 「安心はできん、聖都からの追手と合流して直ぐにドラス中をひっくり返す様な捜索を始めるだろう」


 マーゼル卿は楽観視せずに今後の展望を読む


 「…急ぎましょう」


 先の安全を確認してきたヨシュアがマーゼル卿たちを呼ぶ


 「大丈夫か?少し疲れたか?」


 ラーサーがグィネヴィアに声をかける、緊張の糸が切れたように少し座り込んでいた、無理もない彼女は修道女で普通の一般人なのだ、それでも気丈に首を横に振り


 「大丈夫です、私が選んだ道です」


 そう言うのだ、ラーサーの手をとり支えられるようにグィネヴィアも着いていく、道案内はマーゼル卿、その後ろにヨシュアが着く、間にラーサーとグィネヴィアが入り、アースナが殿を務める

ラーサーの神威マイティフォースで周囲の動きを察知する為に1番ベストなフォーメーションだ、一同は迷うことなく西天騎士団の本部がある建物へ難なく進んでいく


 「着いた…ここだ」


 静かに佇む綺麗な建物の中に入ろうとした時だ


 「まて!」


 良く通る女性の声響く、皆が顔をあげて建物の屋上を見上げる、騎士の姿の女が仁王立ちで見下ろしている、逆光で顔はハッキリと見えないが長い金髪が風に靡いているのは確認できる、マントは翻り腰に差している特徴的な2本の剣が光り輝いていた、おもむろにこの騎士は飛び降りラーサーたちの前に着地した

皆が警戒をして身構える、立ち上がり顔を見せた女騎士は美麗な顔をしていた、金髪碧眼、高貴な生まれを感じさせる立ち姿、それでいて隙のない威圧感、その女騎士の口から予想外の言葉が飛び出す


 「お久しぶりですね……マーゼル卿」


 女騎士はマーゼル卿に対して挨拶をする


 「あぁ、元気そうだなアミレイス」


 彼女の名前を聞きラーサー達は驚きを隠せない、アミレイス、この名前を知らない者は居ないだろう、あのオーエンから『剣聖』の称号を引き継ぎ、おそらくは現在アルバリア教国で五本の指に入る最強各の騎士の一人だ


 「なかなか人気者になられたようですね」


 アミレイスは鳩で届いた手配書をマーゼル卿に手渡した、それを受け取り苦笑いをしながらマーゼル卿は話す


 「自尊心はこの数ヶ月で何処かに置いてきたよ」


 「少し…痩せられましたね」


 記憶を呼び起こしながら過去の姿と重ねてからアミレイスは言う


 「誰かがやらねばならんことを引き受けた結果だよ」


 笑顔で返すマーゼル卿の顔に少し疲れがみえる


 「…そちらの方々は?」


 「あぁ、此処まで護衛をしてくれたラーサーにヨシュア、アースナと、訳あって途中から同行したグィネヴィアだ」


 アミレイスはラーサーの顔をまじまじと見つめる


 「へぇ…それじゃ、貴方があの有名な傭兵さんね?」


 好意を持たれたのはラーサーにも分かった、手を握り喜ぶアミレイスをグィネヴィアは少し不機嫌そうな顔で見つめる


 「イゼルナ騎士団長に会わせてもらえるかな?」


 マーゼル卿は姿勢を正してアミレイスに聞く、彼女も真剣な顔で向き直ると


 「もちろんです…さぁ中へ」


 アミレイス案内されて団長室に通される、其処にはアミレイスにも負けない美貌を備えた騎士団長イゼルナが待っていた、美しい顔と隠し切れない女性らしい身体は絶世の美女と言ってもいいだろう


 「お待ちしておりました」


 窓から外の様子を見ていたのだろう、窓辺から歩み寄りながらイゼルナ騎士団長は挨拶を済ませる


 「先ずは謁見を許可してくれた事を感謝する」


 マーゼル卿はイゼルナ騎士団長に大きく頭を下げて礼を述べた、お尋ね者であるマーゼル卿を門前払いも出来たのだ、それを招き入れたのだ『話しを聞く意思はある』ということだ


 「風の噂では各地を奔走していたそうですね…どうですか?何か成果はありましたか?」


 優しい笑顔で言葉をかけるイゼルナ騎士団長、この場に同席していたラーサーは彼女に物事の本質を見抜いた者だけが見せる『落ち着き』を感じた


 「あぁ…苦労はしたがね」


 その言葉を表すようにマーゼル卿の顔には疲れがみえる、長い距離を旅してきたが追われていない時のほうが少なかったのだ、流石に堪えているようだ

イゼルナ騎士団長は椅子に座るよう促し自らも席についた


 「既にご存知とは思いますが、聖教騎士団からマーゼル卿への手配書が出ています、先程も急ぎ鳩でこちらに向けて逃走した可能性があるという伝書も届きました、それほどの危険を冒してまでドラスに来た目的をお聞かせ願えますか?」


 数時間前まで居た聖都ティラナからマーゼル卿が西に逃亡したという報せは既に届いていた、マーゼル卿に迫る危険やドラスに聖教騎士団の追撃隊が向かっている事をイゼルナ騎士団長は手短に説明してから理由を聞いた


 「…私にはやるべき事がある、使命感…そんな立派な物ではないが…グローテスが支配する現状を何とかしたいと思っている」


 目を逸らすことなく力強い眼差しでイゼルナ騎士団長にマーゼル卿は説く、それを真正面から真剣な面持ちでイゼルナ騎士団長は聞き入る


 「……その為に此処まで来たと?」


 イゼルナ騎士団長の言葉を受けてマーゼル卿はゆっくり、そして、大きく頷き話しを再開する


 「私はオリアス教皇陛下はグローテス枢機卿によって幽閉されているとの確信を得ています」


 マーゼル卿に目で促されグィネヴィアがオリアス教皇から渡されたハンカチをテーブルに置いた


 「これは…」


 イゼルナ騎士団長はハンカチを手に取り確認をする、ハンカチにはオリアス教皇の紋章が刺繍されていた


 「私は聖都ティラナでオリアス教皇陛下のお世話を任されていました、オリアス教皇陛下は旧王城の塔に閉じ込められていました」


 グィネヴィアの言葉にイゼルナ騎士団長顔は明らかに驚いていた


 「相手は教皇陛下だ監禁など…いや、有り得るのか…」


 イゼルナ騎士団長は否定をしかけたが現状を総合的に判断すると納得してしまうのである、そして、マーゼル卿に向き直り問いかける


 「アルバリア聖教会はこの事態を知っているのですか?……」


 イゼルナ騎士団長は言葉を発した直後に顔が曇る、愚問だったかと理解したのだ


 「…アルバリア聖教会はグローテスによって掌握されている、既に異論を唱えられる者など残ってはいないよ」


 マーゼル卿の意見を聞きもっともだと納得できてしまったイゼルナ騎士団長は沈黙し考える、彼女は上流階級の家名に連ねる立場にあり様々な事まで熟考しなければならない、マーゼル卿が正しいと思っていながらも本当に道はそれしか無いのか考えるのだ


 「オリアス教皇陛下を助け出し、アルバリア教国を正しい方向に導いてもらう事が我々の目的…既存の騎士団では教示に反する事もあるでしょう…其処で私は新しい騎士団を設立しようと思っています」


 「新しい騎士団?では設立規定は…」


 「えぇ、既に南北、東の騎士団からは賛同を得ています」


 「そうですか…」


 ここでアースナが口を開く


 「口を挟んでしまい申し訳ございません、聖都で神殿騎士団のバラン騎士団長にマーゼル卿からお預かりした密書はお渡ししてあります」


 報告が遅れた事をマーゼル卿に詫びながらヨシュアも頭を下げる、結果的にこれがダメ押しとなりイゼルナ騎士団長も大きく息を吐き覚悟を決める


 「ひとつお聞かせ願いたい…この戦いに大義があるのですね?」


 「無論…」


 「……」


 イゼルナ騎士団長は立ち上がり再び窓の外を見る


 「時間はあまりありませんね…西天騎士団も此れよりグローテス枢機卿、及びアルバリア聖教会を反逆者と見なし加勢します」


 向き直り凛とした表情でイゼルナ騎士団長は号令をかける、同席していた剣聖アミレイスは立ち上がり敬礼をする、これで騎士団設立の条件は整った、神殿騎士団の回答を待たずにこの条件を達成できたのは時間を短縮する上でも都合が良かった


 「アミレイス、全騎士団員に通達を!今は絶対に聖教騎士団に気取られぬな!」


 「ハッ!」


 アミレイスは部屋から飛び出していく、退室するとき少しラーサーと目が合った、優しい笑顔で微笑まれラーサーは反応に困る


 「さて、新設する騎士団の事ですが…マーゼル卿は既に詳細まで決めておられるのでしょう?」


 「うむ、私は騎士団長にラーサーを薦めさせてもらう」


 これに1番驚いたのは他でもないラーサー本人だった


 「ま、待って下さい!何で俺なのですか?」


 マーゼル卿は笑みを浮かべながらラーサーに言う


 「数ヶ月一緒に旅をして君の人となりを見てきたつもりだ、騎士団長として率いるだけの実力も素質も十分だと私は判断するがね」


 聞いていたヨシュアもアースナも頷きながら納得をしている、ただ、ラーサーだけが困り顔であった


 「なるほど…悪い案ではありませんね、ラーサーくん、これは先人として私からの助言だが、新しく何かを成し遂げようとした時に民衆が求める者は『英雄像』だ、それが家名であれ、実績であれ人は英雄像にひかれるものだよ」


 まるで全ての条件がお誂え向きな程に整っていた、【テペレナの惨劇】の生き証人、マーゼル卿の護衛を勤め上げた実力、新設される騎士団の初代騎士団長、それは民衆が求める英雄像そのものだった


 「ラーサーくん…これが運命なのだよ」


 マーゼル卿がラーサーに諭すように声をかける、思えばコルチアを出発したあと【カルパティア山脈】で古代の英雄神とラーサーが邂逅した時から何かを成し遂げるべき運命は感じていたのかもしれない、それはラーサー自身が1番良くわかっていたことだろう、しばらく考えゆっくりと顔を揚げて期待されていた言葉を発した


 「わかりました…やりましょう」


 待ちわびたかのように皆立ち上がりマーゼル卿が号令かける


 「アルバリアの真の平和のために」


 皆がこの言葉に続き誓い合った、戦いは最終局面に突入する…

 

 ―聖都ティラナ―


 グローテス枢機卿はマーゼル卿が聖都に戻っていたことを兵士から報告を受けている


 「分かった…下がれ」


 特に動じる事もなく兵士を下がらせると天井を仰ぎ見る


 「分かっていても、やはり止められんか…」


 グローテス枢機卿はマーゼル卿が聖都に来ることを知っていたのだ、それ故に聖都の警備を厚くして捕らえようと謀った理由だが見事に逃げられてしまった、グローテス枢機卿の机にはオリアス教皇から取り上げた紙が置いてある


 『幸運の使者が聖都に舞い戻る、彼の者は導かれ、やがて……』


 そこから先は破れている、おそらくグローテス枢機卿が破いたのだろう、それほど気に入らない内容が書いてあったと思われる、そして、この文章は『予言』や『予見』に相当するものである

 

 「あまり気は進まぬがやむを得まい…」


 グローテス枢機卿は机の引き出しから書き記してあった書状を取り出す、封印に自分の指輪の紋章を捺しジュリアスを呼ぶ


 「お呼びでしょうか?」


 「これを持って『渡り鳥』を遣え…」


 「これは…」


 「万が一の切り札だ……」


 宛先は『ローマリア帝国』と書いてある、これを確認したジュリアスはグローテス枢機卿も気づかないほど密かにニヤリと笑った


 「渡り鳥の準備をしてまいります」


 ジュリアスは一礼をして部屋を退室していった


 「ジュリアスめ…気づいたか……まぁ、切らずとも手元に札があれば何かには使えるだろう」


 グローテス枢機卿は深いため息のあと目を瞑り天井を見上げるように椅子に沈む、退室したジュリアスは廊下を進みながらこみ上げる笑いを堪えていた


 「隠し事が好きなようで苦労しましたが……ここへ来て良い手が回って来ましたね…貴方の最高の花道を私が用意しておきましょう」


 ジュリアスは国外との通信用の『渡り鳥』が飼育されている小屋ではなく自室へ入っていく、ここまで隙を見せてこなかったグローテス枢機卿が唯一犯した誤ち、これが彼の運命を決定的にする出来事となる

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英雄たちのミトロジーア 紡がれる伝説 秋晴ライヲウ @raywhou

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