第15話 たとえ罵られても

 話しを再び現在に戻そう

ラディナスと合流したランスたちは南の町ヴロラを目指していた、ラーサーとマーゼル卿が聖都の中を逃げ回っていた事が功を奏しランスたちへの追手はなかった、もっとも銀聖騎士ラディナスが一緒にいるのだから疑う者の方が少なかった

最短で南に向かう街道は古都エルバサンを通過しなければならない、スネルビにとっては近づきたくない場所だ

ランスたちは聖教騎士団との接触を避ける意味でも途中で脇道に入り南に下ることにした


 「ひとつ聞いてもいいかな?」


 ラディナスがランスの馬に近付き声をかける、ランスの前にはスネルビが座る、振り向こうと大きく体を反らした姿は何とも言えないほどに愛くるしかった


 「彼…で良かったかな?」


 ラディナスはスネルビに目を向けて性別を確認するように問いかける、スネルビも自分の事を言われていると察し数回頷いた


 「彼…スネルビは…生まれつきなのか…その…体が我々と違うのが…」


 ラディナスは言葉を選びながらずっと疑問に思っていたことを口に出す、スネルビはランスを見つめ、ランスもスネルビ見つめた


 「伝えてもいいのか?」


 スネルビの事情を汲み一言確認を取ってからランスが話し始める


 「スネルビをこんな体にしたのは聖教医師団だ」


 「聖教医師団が?何故…」


 「悪意と私利に汚れた奴が何人かいるんだろうさ」


 「……」


 「それに、聖教騎士団も一枚噛んでる気がする」


 「…同じ騎士として恥ずかしいものだな」


 ラディナスは腹の底から吐き出すようなため息をすると話しを続ける


 「本来なら自信を持って否定するべきなのだろうが…知っての通り、今の聖教騎士団では十分有り得る事…か」


 ラディナスは聖教騎士団だけでなく枢機卿団の動きにも不信感を抱いていた、聖教医師団も支持組織は同じアルバリア聖教会だ、そのアルバリア聖教会をグローテス枢機卿は自身の傀儡として操り政権を掌握しているといっても過言ではない

マーゼル卿を手配犯として追いやった事でロンダーク、エミリア、サルヌス等枢機卿は保身の為に協議もせずグローテスの進めた法案を肯定している体たらくぶりだ


 「この国は…腐っているな」


 ラディナスは教皇親衛隊でありながらオリアス教皇の護衛すら出来ていないこと、そして、国に対する反逆とも云える今の境遇を吐露するかのように苦しい言葉を吐いた


 「神殿騎士団の事はよく知らないが貴方たちは連中とは違うと信じてるぜ」


 ランスはスネルビの頭に手を乗せながらラディナスにそういった


 ―聖都ティラナ枢機卿団室―


 聖都にある枢機卿団室に3人の枢機卿が集っていた、ロンダーク卿、エミリア卿、サルヌス卿だ


 「騒がしいと思ったらマーゼルの奴が聖都に戻ってきていたのか」


 ロンダーク卿は椅子に片足であぐらをかきながら悪態をつくかのように身振り大きく声を出す


 「手配犯の身分で何をしに来たのやら…まったく、枢機卿の面汚しよ」


 サルヌス卿も同調をするように応える


 「…」


 エミリア卿はテーブルに置かれたお茶を啜りながら無言で2人の掛け合いを眺める


 「グローテス枢機卿の判断に間違いはなかったな、ヤツはアルバリア教国を陥れる逆賊だ、早々に追放処分を進言しなければ…」


 ロンダーク卿はグローテス枢機卿に媚びを売る男だ、グローテス枢機卿が【奴隷制度】の復活を説いた席では、忠誠心を試されるように動員数を科せられ、それを大幅に上回る人数をかき集めてきた程グローテス枢機卿を崇拝している、本来は同等の立場でなければならないにも関わらずだ


 「しかし、不気味な存在を身内に着けたものだな…【テペレナの惨劇】の生き残りがマーゼルを護衛しているそうじゃないか」


 サルヌス卿は情報網を駆使してラーサーたちの事を調べていた、そして活躍目覚ましいラーサーを危険視していた


 「そういえば…私も耳に入れましたわ、何でも凄腕の傭兵とか…聖教騎士団の追撃を悉く退けているそうじゃないですか」


 エミリア卿の言葉にロンダーク卿とサルヌス卿は無言になり顔を見合わせた、更にエミリア卿続ける


 「もし…マーゼル卿がこの状況をひっくり返したとしたら……私たちは非常に微妙な立場に立たされるかもしれませんね」


 これに対してロンダーク卿とサルヌス卿の態度は全然違っていた、グローテス枢機卿側に着く事を決めているロンダーク卿は意に介さずふてぶてしく話を聞き、サルヌス卿は身の振り方を考えているようだった

 

 ―エルバサン近くの川―


 主要な街道を外れて南に下ってきたことで巡察隊に出会すこともなく、道程でいえばエルバサンを過ぎた事を示す【クシィス川】にさしかかった、川幅は広いが季節がら水かさは少ない歩く場所を選べば馬でも渡れそうだ


 「この辺りで渡れそうですね」


 ヒューが周りの地形から1番良さそうな場所を選び河原に降りて皆に合図をする


 「水が少なくてよかったな」


 雨が続けば渡し船場に行かなければ到底渡れない川だ、渡し船場は聖教騎士団の警戒網を敷いている場所だ、ランス達は浅い場所を見つけられて運が良かった

皆なるべく底が見える場所や流れがゆるい場所を場上から見定め、馬を上手に操りながら川を渡っていく、全員が渡り終え荷物の濡れ具合を確認しているとランスとラディナスが気配に気づいた

少し遅れてヒューが気づき、ゼンとサンチェスが気づき、枝を踏み砕く音でスネルビが気づいた


 「へへへっ悪いが身包み置いてってもらうぜ?」


 第一印象は『不潔そう』な男たちだった、彼らはこの辺りを縄張りとしている盗賊だ


 「私が行こう…」


 ラディナスは馬を前に進め自分が相手をすると言う、そして法衣に包んでいた『神槍ウィンドミル』をゼンに手渡す

ラディナスの判断は状況からみれば最も正しいといえる、馬から降りれば数で荷物の略奪にあう可能性もある、こういう状況では安易に馬から降りないのが定石だ

そしてランスはスネルビと一緒で戦いには向かない、ゼンは馬上用の武器はなく、ヒューとサンチェスも馬上の戦闘は慣れていない、消去法でみてもやはりラディナスが適任だ


 「何だお前?やるっていうのか?」


  盗賊たちはランス等の格好から脱走兵とでも勘違いしたようで強気の姿勢は崩さない、潜んでいる仲間の数を合わせれば数十人くらいなのだろう、数の有利からくる安易な自信と臆病さが手に取るように感じ取れる


 「チッ…荷物を置いていけば命は助けてやったものを」


 「アニキ!やっちゃってください!」


 下っ端から持て囃される男は腕に覚えがあるのだろう悠々と名乗りをあげる


 「この【蛇咬の旅団】最強の剣士、両双剣のパダオ様が相手をしてやろう」


 男は刃の広い双剣を持ち柄側にも刃を着けた4枚刃の双剣を自慢気に見せびらかして言う、側頭部の髪の毛は肩まで伸び、頭頂部は薄く禿散らかした落ち武者の様な外見だが、その異様な風貌も相まって【殺人鬼】のように見えてしまうのだから不思議だ


 「すままんな…聞いたことがない名前だ」


 ラディナスはそう言うと左腰から逆手で剣を抜きクルッと回して持ち直すと、背負っていた槍を引き抜いた


 「ふざけろ!田舎の成金騎士がッ!痛い目に合わせてやるぜ」


 ラディナスは右手に槍を左手に剣を構え更に前に出る


 「何だ?どっちの武器で戦うつもりだ?」


 「…この両方を使うのが私の流儀だ」


 眼の前で槍と剣を交差させて鋭い眼光で盗賊を睨みつける、この言葉を聞いて男は額に血管を浮き出して怒りを露わにする


 「ほざけッ!!ブッ殺す!」


 ヨダレともツバとも言えない汁を散らしながら双剣を器用にクルクル回して襲い掛かる、ラディナスは落ち着いて双剣を槍で下に払い、剣を振り下ろした


 「づッ…」


 男は腕に何かを感じたのだろう痛みに反応して発した言葉か、聞き取れないような声をひとつ吐いた、そして自分の腕が宙を舞いながら地面に落下するのを見届けると悲鳴をあげた


 「ぐぎゃぁぁぁぁッ!!い、いでぇぇぇ!腕がぁぁっ」


 後ろに下がりながら失った腕を押さえる、顔色は既に悪く冷や汗が滝のように流れる


 「く、くっそう…皆殺しだ!やれ!」


 盗賊たちは一瞬気圧されたが男の号令で我に返り総攻撃を仕掛けた


 「手を貸そうか?」


 ランスはラディナスに声をかける、ヒューたちも戦闘準備をするがラディナスはこう応えた


 「いや手出しは無用だ、ただ…少し離れていてくれ」


 微塵も動じずラディナスは前に出る、向かってくる盗賊たちは数で制圧する気構えで鬼気迫るものがある、そして、その数ときたら蛆虫が涌いたかと思うほどの人数であった


 「数が多いぞ!」


 ゼンは波のように迫りくる盗賊の数に息を呑む


 「思い出した…【蛇咬の旅団】はこの地域最大規模の盗賊団だ…構成員の数だけなたら騎士団規模に匹敵する」


 情報収集に長けているヒューがこの光景を見て盗賊団の事を思い出したが、実際の数は事前の情報を凌ぐようにみえた、だが、ラディナスの強さを目の当たりにしてその不安は頭から飛んでしまいそうだった


 「な、何だコイツ強えぇ」


 無謀にも向かっていった盗賊たちは一撃で屠られ死体の山を築いていく


 「こ、この戦い方……神殿騎士のラディナス・ファルローガじゃないのか?」


 槍と剣の異種武器二刀流などそうそういるものじゃない盗賊でもラディナスの名声を知る者はいたようだ


 「バカを言うな!何で神殿騎士がこんな場所に居るっていうんだ」


 事実を認めたくないのか仲間の盗賊は強く否定した


 「で、でもあの鎧は確かに神殿騎士の鎧だ…本物のシルバーナイツか?」


 浮足立つ相手を他所にラディナスは敵を撃破していく、遠い間合いは槍で制圧し接近されたら剣で攻撃する、これを同時に行うのだ、その技量の高さにランスとて言葉を失う、無双と言っていいだろう、盗賊たちからみれば鬼神のように映るラディナスは戦線離脱という行動に移らせるには十分だった

盗賊に身を下した者たちだ薄情な者も多い、数え切れないほどいた連中は十数人を置いて逃走していった


 「おいコラ!逃げるな!」


 両膝を衝き切断された腕を押さえながら男が叫ぶが耳を傾ける者はいない、逃げ出そうとする者を掴み男は戦うことを指示する


 「まて!戦え!」


 残っていた者も自分の命可愛さに掴んだ男の手を振り払い逃走する


 「うるさい!あんな化け物の相手なんて付き合ってられるか!」


 あまりにも惨めだが盗賊の末路としてはこんなものだろう、向かってくる盗賊もいなくなりラディナスは馬上から男を見下す


 「ひぃっ」


 怯えた悲鳴に近い声をあげて男は尻もちをつく『なんて冷たい目をしてやがるんだ…』失禁しそうになるくらいの恐怖と死を覚悟していた

一瞬ラディナスが遠くに視線をやる、この僅かな隙に男は逃げる気など一切なく、ただラディナスが心変わりをして助けてくれるのではないかと願ったこともない神に祈るのだった


 「あぁ…」


 間の抜けた声をラディナスが発した


 「思い出したよ……【蛇咬の旅団】の幹部には教会から手配書が来ていたな…丁度お前の顔に似た奴だ」


 男はラディナスと目があった気がした、だがその目の奥に感じたものは虚無感だった『この男は俺たちとそんなに違わない、俺たちのような連中を殺すときに何も感じないのだから』男の視界が暗く漆黒に包まれる

自分がどこにいるのか何が起こったのかそれさえも分からなかった、男がその後の言葉を思考する事はない、既に体は2つに分かれ地面に転がっているのだから


 「終わったか…」


 ランスはスネルビの目というか顔を覆っていた、あまりに凄まじい光景を見せない為だ、死体の数は軽く30を超えた、そのほとんどが一撃で屠られた者ばかりだった、血なまぐさいその場を一行は後にするヴロラを目指して

 

 ―ヴロラ―

 

 いろいろあったが一行は無事にヴロラに到着した、古都も聖都もここよりも遥かに都会だ、スネルビは落ち着いた雰囲気のあるヴロラに目を輝かせながら見渡す


 「ここが南町ヴロラ…潮の匂いがする」


 「海が近いからな…」


 スネルビとは対象的に落ち着いて話すランスはこちらに向かってくる南聖騎士団を見据えていた


 「お前が出迎えてくれるとはな…見違えたぞロイ」


 数人の騎士団員を率いて出迎えに来たのはロイだった、騎士になってから数ヶ月は経っている、騎士の鎧姿もすっかり板についてきたといったところか


 「ランス…よく無事で戻ってくれた」


 話し方も落ち着いた雰囲気があり騎士としての風格と品位を感じる、互いに再会の握手をするとランスは仲間の自己紹介をはじめた


 「ロイ紹介するよ、こっちの拳闘士はゼン、後ろの弓術士はヒュー、その横に居るのがサンチェス、そして神殿騎士のラディナスと、こいつはスネルビだ」


 「……待ってくれ、今さらっと流したが聞きたいことがある」


 ランスは不思議そうな顔をしてロイを見ている


 「そっちの3人は分かった、シルバーナイツと一緒に居るのもまぁ事情があるのだろうと推測できる…聞きたいのはこの子のことだ」


 ロイはスネルビに視線を向けて言う、ラディナスは数日前の自分を見ているようで目を瞑ったまま動かない


 「この子は…」


 だいたい聞かれるであろう言葉に対して答えは用意してある、そのランスたちの予想を裏切る言葉がロイから飛び出した


 「…俺たちの仲間なのか?奴等とは違うんだな?」


 ランスの脳裏に一瞬【ヴロラ防衛戦】で対峙したノーマンが過ったが、呼び方が『奴等』と複数形だった為問い返す


 「奴等とは…誰のことだ?」


 ロイが少し大きく息を吸い、ため息でも吐くかのように口が動く、よほど伝えにくい内容なのだろうか、その心情を肩代わりするように後方から来た男が声をかけた


 「それには私がお答えしましょう」


 クラインが出迎えに現れたのだ、苦労が絶えないのだろうこの数ヶ月で少し痩せていた


 「お久しぶりですねランスさん、そしてラディナス様…騎士団本部でへリア騎士団長がお待ちです、どうぞこちらへ…」


 一行はへリア騎士団長が待つ南聖騎士団の本部庁舎へ向かった

 

 ―騎士団長室―

 

 「入れ…」


 クラインが4度ノックをすると中からへリア騎士団長の声がした、入室するとランスとへリア騎士団長は目があった


 「なるほど…いい目になったな、さぁ座ってくれ」


 へリア騎士団長は以前のランスには自ら危険に飛び込む無謀にも似た危うさを感じていた、実際にコルチアへ向かう途中や洗脳中にそれを象徴する行動はあった、聖教騎士ザンサスとの戦闘、人虎に変異した騎士カモスとの戦闘、生と死の狭間を覗き込むようなギリギリの戦いを潜り抜けて『境地』に辿り着いたような雰囲気すら見受けられる

ランスたちが席につくと軽食が運ばれてくる、港町のヴロラは内陸では手に入りにくい嗜好品が流通している、甘味物や香り高い紅茶や珈琲なども安価で手に入るのだ、普段は口にする機会などないに等しい珍しい食べ物と食欲を唆るにおい、スネルビだけでなくサンチェスやヒューも目を輝かせて待つ


 「ランスよく戻ったな無事でなによりだ…しかし、めずらしい客人を連れてきたな、銀聖騎士ラディナス・ファルローガ…」


 この場で真っ先に目を引く人物といえば外見が特殊なスネルビだが、名声高いラディナスもまた注目すべき人物だ


 「突然の訪問ながらお招きいただきありがとうございます」


 ラディナスは座りながら頭を下げ挨拶をすませた


 「何か事情があるのだろう…用があればうちの兵に気兼ねなく言ってくれ」


 「ご心配には及びません…既に用事の半分は片付きましたから」


 「そうか?…ではゆっくりしていってくれ」


 談笑を交えながら道中の疲れを甘い食べ物で癒やす一行にクラインが機を見て話し始めた


 「食べながら聞いてもらいたい、先ほどロイ殿が話していた件だ…我々は数ヶ月前にそこの御仁のような特殊な体をした者達と会敵した……」


 クラインはスネルビに敬意を払いながら話しを進める、スネルビは特別にストローを用意してもらい甘い果実を絞ったスムージーを飲んでいる、子どもらしい仕草と上目で自分の事を呼ばれたのかと一瞬止まる愛らしさは場を和ませる


 「もっとも…我々が駆けつけた時には巨大な変異体が一体暴れていただけで、特殊な体をした者たちは既に亡くなっていたよ」


 ランスはスネルビに視線をやる、以前スネルビから聞いた同じストリートチルドレンの仲間なのか確認を取るためだ、答えはノーだった、スネルビは首を横に振る


 「ロイの報告では現場で聖教医師団の姿を多数確認したようだ、現場で回収した物品にも紋章が刻印されている」


 へリア騎士団長が回収した物品をテーブルに置いた、確かに聖教医師団の紋章が刻印されている


 「回収した物の中には『研究』という項目で人体実験を繰り返してきた記録も確認できました…」


 クラインは表紙はボロボロだがしっかりと読める状態の手帳を取り出しテーブルに置いた


 「あの場で亡くなっていた特殊な体をした者たちの身柄はこちらで引き取り埋葬は済ませてある、身につけていた者から元傭兵や負傷除隊兵、退役兵など多岐にわたるようだ…おそらくは、実験の内容は知らされずに参加したのだろう…体を作り変えられ従うしかない状況に追い込まれたと見るべきだろうな」


 スネルビも聖教医師団から言葉巧みに保護や避難所として誘われていた、これが常套手段なのだろうと推測できる


 「聖教医師団の中に2種類の人間がいる事を俺は身をもって知りました」


 ランスはコルチアで出逢ったクレミー医師とマッドサイエンティストであるニュベスの事を話した、奇しくも同じ聖教医師団でありながら全く違う道を進む2人の存在、そして、古都エルバサンで目撃したニュベスと聖教騎士団の副団長ゴバルデルが話していた内容を伝えた


 「これでひとつの線に繋がったか…やはり聖教騎士団が…否、アルバリア聖教会が裏で糸を引いているようだな……」


 へリア騎士団長は天井を見上げるように顔をあげ小さくため息を吐いた、ラディナスは少し間を空けてから口を開く


 「聖教騎士団や聖教医師団はアルバリア聖教会の統制下にある組織だが、そのアルバリア聖教会は枢機卿団…否、グローテス枢機卿に事実上掌握されています、この件も指示をしているのはグローテス枢機卿で間違いないでしょう」


 ラディナスの話しを聞き終えるとへリア騎士団長は数ヶ月前を思い出すように言う


 「マーゼル卿は此処までの予想をしていたのだろうか…以前、話してくれた事が現実のものとなるとは…」


 意を決したようにへリア騎士団長は立ち上がる


 「マーゼル卿から数週間前に鳩が届いていてる…『新騎士団の設立を持って、グローテス枢機卿から政権を奪還しオリアス教皇へお還しする』というものだ、我々は既に準備は整えてある、あとはその時を待つだけだ」


 騎士団設立に必要な既存四つの騎士団の合意、あとひとつ取り付ければ大きく時代が動く、それを此処にいた者全てが感じたことだろう


 「たとえ反逆者と言われようとも、アルバリアの真の平和の為に我らはグローテス枢機卿を討つ」


 へリア騎士団長は手をテーブルに衝き一同に強い意志を伝えた、この時の事はクラインが遺した手記にこう記されている


 『誰もが歴史に反逆者と罵られる事を怖れている中で、へリア騎士団長の迷いなき決意の言葉に平和を勝ち取った未来を一瞬垣間見た』


 この手記が発見されたのは後に【神竜戦役】と呼ばれたこの戦争よりも遥かあとの事である

 

 ―ヴロラの隊舎―

 

 ロイは騎士を叙勲してからも隊舎で今まで通り過ごしていた、命を預ける仲間と普段からコミュニケーションを取ることで戦場で刹那の意思伝達が出来ると実感しているからだ、この日も隊員たちと談笑しながら武器の手入れをしていた


 「すまない、こちらに騎士ロイ殿はいるかな?」


 南聖騎士団の兵士たちは驚いただろう、その人物は神殿騎士団の鎧を纏い銀の飾勲章を着けていた、地方の一般兵ですら彼の事は知っているそれほどの有名人だ、況してやランスと共にヴロラに来訪しているとなれば、銀聖騎士ラディナス・ファルローガだと気づかない者はいないだろう、動揺している兵士たちを他所にロイは立ち上がりラディナスに近づいた


 「少し外で話せるかな?」


 ロイは頷くとラディナスと桟橋の方角へ歩いていった、潮の匂いと海風、今日は月が出ていないので星がよく見える、砂浜辺りの波間に夜光虫が打ち付けて青く光っている、幻想的な海岸線に突き出した桟橋に着くとロイはラディナスに聞く


 「話しとは何でしょうか?」


 ラディナスは振り返り大事に抱えていた物に視線を向ける


 「コレを君に渡す為に私は此処までやってきたんだ」


 ラディナスは包まれていた法衣を取り払い神槍ウィンドミルをロイに見せた、ロイはこの槍の事を知らないが威厳のある立派な槍だという事はすぐにわかった


 「この槍は…」


 触ることも憚られるような神々しさにロイは自然と一歩下がっっていた


 「この槍は教国三名槍のひとつ神槍ウィンドミルだ」


 装飾の宝石が光りを放つ、まるでロイを呼んでいるかのように


 「神槍ウィンドミル…おとぎ話でしか聞いたことのない物が何故ここに?」


 「言っただろう?君に渡すためだ…さぁ、手にとって」


 恐る恐るロイは神槍ウィンドミルを握る


 「軽い」


 まるで羽根でも持っているかのような重さだった、その直後、神槍に施された宝石が眩く光る、色褪せていた外装が命を吹き返したかのように鮮やかな色に染まる、劣化が見える飾り布は時を遡ったかのように蘇り綺麗な飾りに戻っていた


 「おぉ…やはり神は君を選んだようだ」


 奇跡を目の当たりにしたラディナスは神の意志が存在したのだと身震いした、更に奇跡は続くロイの首元に巻かれたスカーフが大きく広がりマントの様に変形したのだ


 「それは…魔道具か?」


 「これは…小さい頃に拾った物なのでよくわからないのですが、どうやら特殊な道具だったようですね」


 屈託のない笑顔で話す姿に『こうゆう者こそが英雄呼ばれるのだろう』とラディナスは唸りに似た驚嘆をみせた


 「君たちならこの国を変えられる…そんな確信めいたモノを感じるよ」


 「ラディナス様は…我らと共に戦っては下さらないのですか?」


 ロイの質問は真意を問う言葉であった、思えば聖都ティラナを出発するときも、ヴロラに着いてからも『グローテス枢機卿を討つために解放軍に加わる』とは一言も言っていない、ただ、否定する言葉も言っていない、振る舞いからそんな気も無いように見える


 「私は教皇親衛隊の隊長だ…笑える話しだな、聖都離れ教国に謀反を起こそうとしている者達と一緒にいるのだから…私はいったい何をしているのだろうか…」


 自らの職務による使命と、神槍を届けるという神から与えられた天命、信じられるものが揺らぎ迷っていた


 「自分の信じる道を進めば良いのじゃないでしょうか…国を正すために…たとえ枢機卿を討ったとしても、オリアス教皇陛下を救い出せれば貴方の想いも報われる…私はそう思います」


 ロイの言葉にラディナスは感銘を受けた、同時に気付かされたのだ、自分の迷いと騎士を拝命してから決めていた信念にどう向き合うべきかを


 「あ…すいません、何か偉そうな事を言ってしまって」


 「フッ…いや、良い…おかげで目が覚めたよ」


 満天の星と僅かな水平線の境界を眺めながら、ラディナスは最後に神殿騎士団の騎士団長バランが言っていた言葉を思い出していた『お前の正しいと思うままに動け』と、今まさにその時だと胸の銀勲章誓いをたてるのだった

 

 

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