はじまり

意識が朦朧とするなか、ゆっくりと目を開ける。下がスースーする感覚がし、バッと下を向くと、私は、ジャージから学校の制服に着替えさせられていた。


「ど、どうして……」


頭を殴られたような鈍痛が走り、手が小刻みに震える。呼吸も苦しい。目の前の、普段通りの通学路、木々、橋、全てが目まぐるしく、それらの景色がチカチカと点滅しているように見えた。


すると、大きな影が、私を包み込む。上を見上げると、一つ目のカラスのような化け物が、大きな瞳でジッと私を見つめていた。


その目を見ると、催眠にかかるように景色が歪みだし、私は意識を失った。




___


意識を取り戻し、周りを見渡すと、そこは洞窟ではなかった。日常的に良く見そうな、ごく普通の街中であった。しかし、大通りのようであるのに、自分たち以外の人は見当たらない。


「司ちゃん…?」


横を向くと、制服に着替えた司ちゃんが、虚空を見つめ、動かなくなっていた。


「もしかして、外にでられたのかしら……」


少し期待をよせた杏樹ちゃんの声色に、天使ちゃんがバッサリと現実を突きつける。


「ううん、違うと思うよ~。……特定の場所しか通れないようになってるみたいだし」


そう言うと、何もない空間に、手をコンコン、とノックするように打ち付ける。どうやら、僕が洞窟ですり抜けられなかった、見えない壁と同じ類いのようだ。


「それにしても、湯澤さんはどうされたんですか?服を着替えられているようですが」


全員が司ちゃんに視線を集めた。それを見計らったように、彼女はフラフラと、おぼつかない足取りで歩き始めた。


これは、ついてこい、という意味なのだろうか。皆で戸惑ったように目を見合わせ、最終的に僕たちは、彼女のあとをついていくことにした。


「……やけに時間の進みが早ぇな」


「確かに……さっきまでお昼だったのに、もう夕方だ」


つい先ほどまであった日照りは落ち着き、夕刻を知らせるように多くのカラスが不気味に鳴き始める。空は綺麗なオレンジ色の空を浸食するように、深く、暗い紺色へと姿を変え始めていた。


それでも、司ちゃんの歩みは止まらない。僕を見てビックリするぐらいだから、彼女は恐怖への耐性はないはずだ。さっきまで、皆の後ろに隠れていた程なのに……。 


怯むことなく歩き続ける彼女に違和感を覚えていると、ある場所の前でピタッと止まった。


「ここは……学校?」


「すごく……不気味なところね」


創立されたのは大分前らしく、植物の蔦が色々な所に巻き付いていた。


また、既に辺りは、黒いカーテンがかけられたように真っ暗になっており、そのせいもあってか、まるで廃墟のようなオーラを発していた。


しかし、正門前には、大きな侵入防止柵が、自分達の行く手を拒んでいた。すると、司ちゃんが、その柵に向け手を掲げる。


ゴゴゴ……


という音ともに、柵が自動で動き出し、道を開けた。


そして、また司ちゃんは、フラフラと、校内へと足を踏み入れる。


「……」


「こんな見た感じ怪しさ満点のところなんて、入りたくない……」


「チッ、誰一人欠けちゃならねーんだろ……。だったら、入るしかねーだろうが」


遥くんの意見に皆、心のなかで賛同し、ただ彼女の後ろをついていった。


校内へ入ると、司ちゃんは、一年二組と書かれた靴入れから、『40』番の上履きを出し、履き替えた。その様子を見ていると


バタン


と、大きな音がした。後ろを振り替えると、開いていたはずの、ありとあらゆる全ての扉が閉まっていた。気がついた壱くんが、扉をガチャガチャと揺すった。


「くそ、閉じ込められたみたいだ……押しても引いても開かない。」


「まぁ、定番だよねぇ~~」


「幽さんより怖い幽霊が出てきたら、私、失神する自信があるわ……」


窓の外は、真っ黒のペンキで塗りつぶされたようになっていた。


「これじゃあ、足元が暗すぎますね」


「ここに、防災用の懐中電灯が設置されてるわよ!あぁ、でも、二つしか無いわ」


「各々で持たなくても、明かりさえあれば充分ですし、平気かと。予備のために、二つとも持っていきましょう」


「そうね……」


(冷静を装っている壱くんも可愛いわ……)


杏樹ちゃんは、早速懐中電灯をつける。それを合図に、また司ちゃんは歩きだした。


暫く廊下を歩き、保健室、と書かれた部屋へとその足を運んだ。中へと入ると、そこは、普通の高校にありそうな内装だった。薄暗い明かりの中、ベッドがいくつも並んでおり、カーテンで仕切られている。その中の一つにちょこんと座り、そのまま動かなくなってしまった。


「司ちゃん、具合でも悪いのかい?」


話しかけても返事がない。只、虚ろな目で、何もない床をジッと見つめている。


「……応答がないですね。何かにとりつかれでもしてるんじゃないですか?」


「こんな世界だし……そうなのかな……」


「テメェのせいじゃねーのか」


「僕のせいかな!?……いや、そうだとしたら、他の皆にも影響が出てるはずだよね」


「無害な幽霊さんだと良いんだけどねぇ~!あはは!」


「そのジョークは、本当に笑えないよ天使ちゃん……あれ?何かの紙が傍にある」


僕がそう指摘すると、率先して天使ちゃんがその紙をとり、読み上げる。


「『脱出の為の鍵を見つけろ 二階の一年四組へ行け  こえんが入れない安全スポット→お札が貼られている室内』裏には……『彼女は囚われている』って、赤い文字で書いてあるね。」


やっぱり、司ちゃんの様子が変だったのは、何かあったからだったんだ。汗が、頬を伝った。


「ま、まってよ……お札って……!」


「やっぱり何か出るってことなんじゃないか!それに、囚われてるって……だから僕は入りたくなかったんだよ!」


どうやら、司ちゃんを元に戻す方法については書かれていないみたいだ。室内を改めて見ると、入り口部分に、赤い何かの文字が書かれたお札が貼られている。


その中でも僕は、紙に書かれていた文の中で、一つ、気になる単語があった。


「こえん……って、一体、なんのことだろう。」


「明確には言えないけど、多分、洞窟であった、化け物のことをさしてるんじゃないかな。同じ種類であるかはわからないけど」


「なるほど……これは、この紙に従うしかなさそうだね……他に脱出口も考え付かないし」


「窓から脱出は……っ、やっぱり閉まってる。椅子なんかで割れないですかね?」


すると、焦っている壱くんに、これまであまり話さなかった遥くんが、口を開いた。


「いや……そもそもこの世界事態が妙だ。外に出ても、俺ら以外、誰もいねぇし、永久に町をさ迷う気しかしねぇ。……だったら、幽霊野郎の言うとおり、ソレ通りにやるしかねぇだろ。って、俺でも考えりゃわかるわ」


「ぐっ……それは僕に対する皮肉ですか?」


「ハッ、どーだかなぁ」


「やっぱりあなたとは合いませんね!!!大体、何故幽霊が平気なんですか!物理技効かないんですよ!?」


根本的に、この二人の性格は合わないようだ。お互い、素直になれなさそうなタイプだからかな……


そう思いながら、僕は、主に壱くんを宥めるために、二人の仲裁にはいる。


「まぁまぁ、落ち着いて……、大丈夫だよ壱くん。だって、僕のことは平気になったじゃないか!」


「アンタは……幽霊としての怖さがないし、慣れたというか……はぁ、もう良いです。こうなったら、観念して腹を括ります。ですが、絶対に先頭は歩きたくないですからね」


「私も……ちょっと……」


壱くんと杏樹ちゃんは、幽霊が怖いみたいだ。そういえば、僕と初めて出会ったとき、怖がっていたのはこの二人だったな、と思い出す。


「私は平気だから、先頭に立つよ。ツンツン頭は後ろの警戒をお願い!幽霊なんて、塩持ってればなんとかなるでしょ~~!」


そう言うと、ムン、と言って、腕をまくり、力こぶを作るポーズをする。流石に力こぶは出来なかったが、このメンバーの中ではとても頼もしく見えた。


「あなた、メンタル強いのね……わかった、先頭はお願いするわ」


そう言うと、杏樹ちゃんは、天使ちゃんへ懐中電灯を渡した。


「……そういえば、湯澤さんはどうするんですか。」


「ここは安全みたいだし、待たせておいた方が良いかもね。司ちゃんが元に戻れる解決方法、脱出手だてが見つかったら、彼女もつれてこよう」


「りょ~かいっ!それじゃあ、行きますか!」


天使ちゃんに続き、皆が後に続く。扉が閉まる隙間から、僕は司ちゃんを見た。


(必ず、元に戻してあげるからね)


ゆっくりと、音を立てて閉るのを気配で感じながら、その決意を胸に、皆の後ろについた。

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僕らは生きている シャチミ @shachiumi

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