後半

「さて、ここに留まっていても何も情報は得られないし、この洞窟を進みますか」


「…そうですね」


「えーと、僕が向こうから来て、司ちゃんはここにいて…てことは、道は一つしかなさそうだね」


同時に、真正面に広がる、大きな道を見る。今いる場所よりも薄暗く、奥先は真っ暗だ。でも、幽さんの言う通り、ここを進むしかなさそう。


「……行きましょう」


ヒュォォ…


風穴が通り抜け、私たちの髪を揺らす。不安な気持ちを抑えながら、私は一歩、また一歩、足を踏み出していった。





あれから、随分長いこと歩き続けている。お互いに気まずく、話すこともないので、一人だけの足音がザッ…ザッ…と洞窟内に響き渡る。その音を聞きながら、私はふと、ここに来てから考えていたことを、無意識に口に出していた。


「……私も……死んで、いるのかな……」


「……うーん、僕みたいに透けているわけではないけど、否定は出来ないし、わからないな」


ぼうっと、道の端々に生えている不気味なキノコを見ながら、幽さんの声に耳を傾ける。


「でも、司ちゃんはここにくる前の記憶は覚えているんだよね。死ぬようなことでもしてない限りは、大丈夫なんじゃないかな」


「……そう、ですよね」


「司ちゃん?」


"自殺しようとしていました"、なんて、口が裂けても言えない。初対面の人に……幽霊であっても、こんなことを話せば、引かれてしまうに決まっている。私は口をグッと強く引き締めた。


そうこうしている内に、明るい青白い光が見えてきた。すると、少し開けた場所に出た。そこは全体的に氷のようなもので覆われており、それらは淡い光を放っていた。私たちが来た道以外に四つ、穴道があり、私たち以外の知らない四人の人達が、無言で壁に背をもたれさせていたり、座り込んだりしていた。


対人恐怖症の私は、彼らに話しかけることは、ほぼ不可能に等しい。さて、どうしたものか、と、おもむろに幽さんと目を合わせた。その時、私達の気配に気がついたのか、全員がこちらを一斉に振り向いた。彼らは私を見た後、私の隣の人物に視線を集めた。そして、その内の二人は冷静に隣にいる幽霊を凝視し、その内の二人は目を丸くし、恐怖に怯えた顔になった。


「え……その人、足が透けてる……?」


そう言うと、黒いリボンを2つつけ、ウェーブがかった、毛先だけ薄紫に染めた、可愛らしい洋服を着た女性がへなへなとへたりこむ。そして、もう一人の、水色の髪のマッシュで、薄黄土色のブレザーの制服を着た男の子が、ブルブルと小刻みに震え始めた。


その気持ち……わかります……と、私は心のなかで、彼らに同情をした。




「……てめぇら、何もんだ」


そう言って、この中で一番目付きが悪く、赤茶髪のピアスをつけた怖い男性が、ドスの効いた声で話しかけてくる。


正直、口が悪く、ヤンキーのような人は特に苦手だ……


私は恐怖で手汗が滲み、拳を握る。


確かに、足が透けている幽霊、その幽霊を傍らに連れている人なんて、端から見ても怪しいに決まっているだろう。


「あ、怪しいものではないですよ!」


(幽さん、その台詞は、更に疑いを持たれるんじゃ…)



すると、一連の話を聞いていた、マッシュの髪型の男の子が、キッと目を細め、赤茶髪の男性へと口を開いた。


「た、例えその人が幽霊だとしても、初対面の方に、そんな口のききかたは無いと思いますね。ましてや、女性の方は人間ですし。礼儀を弁えない貴方とは反りが合わないようです」


「ほぉ~、奇遇だな。俺も気は合わねぇなと思ってたとこだ。口だけ達者で、足はガタガタ震わせてる、ビビり弱虫くん。」


「なっ……!」


どうやら、指摘されたことに気が触れたようで、関係ないところで言い争いになってしまっている。ここは、これ以上のトラブルを避けるため、早めに、そして正直に事情を話した方が良さそうだ。私は、目線を外しながら、重い口を開いた。


「……私は、屋上にいたはずなんですが、気がついたらこの洞窟に。その後……幽さん、こちらの幽霊さんと出会って……記憶喪失のようなので、ここの場所の詳細も、わからないと思います。」


「経緯は司ちゃんの言う通りなんだ。僕、ここの場所も知らないし、そもそも幽霊になっていることも気がついていなかったし。でも、悪い幽霊じゃないよ!本当さ!」


「その話を信じろってか?あ?」


赤茶髪の男性は、更に顔を険しくし睨み付ける。グッと、その圧に怯え耐えていると、今まで黙っていた、ピンク色髪のツインテールの、白いセーラーワンピースを着た女の子が、笑顔で口を開いた。


「……まぁまぁ、ツンツン頭くん!その二人の話の真偽は置いておいて……そこの幽霊さんも、ここから脱出するために、これから協力していくメンバーの一人だっていうことは、確実だよ」


「ツンツン頭って……消去法的に俺のことかよ。で、どういうことだ……ピンク頭」


「これこれ」



そう言って、彼女は真ん中にある、氷で覆われた、大きな岩を指した。そこには、ガリガリと、荒々しく書かれたような文字が彫られていた。



『 ここに集いしは六名、ここから脱出したければ、協力し合い、この問題を解かれよ 誰一人、欠けてはならない 』


そして、その下には、中くらい程度の、歪な丸い窪みが4つあった。



「……それで?コイツがここに書かれてる一人だって言う理由はなんなんだよ。他の奴がいるかもしれねーじゃねぇか」


黒いリボンをつけた女性が、少し悩み、ハッとしたように、顔をあげる。


「そうか……穴だ」


「え?」


「ここに繋がっている穴道が……五つしかないのよ」


「お姉さんその通り!その子達が来る前、私たちはそれぞれ別の穴道から一人ずつ来てたでしょ。つまり、どこからかは二人来ないと、人数が合わないんだよ。だから、もしここに書いてある通りの人数が集まるとしたら……そこの幽霊さんを含めたら、丁度全員なんだよ」


彼女は、幽さんに人差し指をピッと向けると、あはは、と、今の殺伐とした空気に似合わない笑顔を見せる。


「チッ……幽霊が役に立つのかよ……」


「出きる限りは、お役に立てるように頑張ります!」


「……」


幽さんは、嫌味を言われても、目をキラキラとさせ、赤茶髪の男性に明るく答えている。幽さんは強いな……。……いや、ただ単に、彼の言葉が嫌味だと気がついていないだけかも。


「あ、それと、岩の下に小さく、メンバーの名前と年齢は把握すること、って書かれてるよ。」


「なるほど、お互いに自己紹介をすればいいんだね」


「……とにかく、そうなるとそこの透けてるお方とも、これから行動を共にしていく……ということですね……仕方ない……」


そう言うと、少しだけ深呼吸をして、マッシュの男の子が、率先的に自己紹介をし始めた。



「先ほどは失礼しました。ゆ、幽霊は初めてでしたので……。僕は海野 壱。15歳、中学三年生です。よろしくお願いします。」


次に、自分の髪の毛をくるくるといじりながら、黒いリボンをつけた女性が、ダークルージュのリップが塗られた口を開く。


「私は、墓羽 杏樹。20歳よ。急にこんな変なところにきてて……ここにはお化粧道具もドレッサーもないし、現状最悪ね……」


はぁ~、とため息をつき、元いた場所の壁に戻り、もたれかかりながら、赤茶髪の男性が腕を組み、視線をそらしながらぶっきらぼうに口を開く。


「……愛内 遥。年は18。」


順番的に、半時計周りのようなので、次は私の番のようだ。震える手を抑えながら、乾いた口を懸命に動かし、声を発した。


「私は、湯澤 司、です……。16歳です。」


「僕は幽。ここに来る以前の記憶がなくて、年齢はわからないんだ。あ、名前は司ちゃんにつけてもらったよ。」


幽さんは、あっけらかんと、明るく自己紹介をする。そして最後に、ピンクのツインテールの女の子が、ニコニコという効果音がでそうな笑顔で話し始めた。


「実は私も、幽さんと同じで、来る前の記憶がないんだよね。だから~、可愛いあだ名で、天使ちゃんって呼んでほしいな♡」


「キラキラネームをわざわざ自分でつける人なんて、初めてみました……」


「良いじゃ~ん!可愛いでしょ?」


「俺の中では、お前はピンク頭で決定だがな」


「うぇ~可愛くない呼び方…」


「……呼んでほしい、基準が、可愛いか、可愛くないか、なんですね……」


少しだけ、彼女のお陰で、ピリピリとしていた雰囲気が和んだように思えた。


そう考えていると、杏樹さんが長い睫毛の目を伏せながら、近くの小石を軽く蹴った。



「……それで、一通り自己紹介も済んだけど……これからどうするべきかしら」


「まずは、この窪みにハマる何かを探せば良いんじゃないんですか。これを見つけない限りは、……現状、進めないでしょう」


「あの~、皆さんに質問、なん、だけ、ど……」


幽さんが、申し訳なさそうな顔で、恐る恐る手をあげる。そして、皆の視線が幽さんに集中された。今度は、誰も怖がっていないようだった。


「僕と司ちゃんと来た穴道は、ここに繋がる道以外行き止まりだったんだ……皆のところはどうだった?」


「私のところも、行き止まりだったわよ」


「僕も」


「私も~!」


「…………俺んとこもだ」


「なるほど、ありがとう。……早速、行き詰まってるね……」


そうなると、ここから脱出をしたいのであれば、他に外に出る道を探さなくてはならない。それぞれが、何か手だてがないかと探索している間、私は、そうするので、ただじっと、何もない床を見ながら考えているフリをしていた。すると、天使さんが何かを見つけたのか、床をじっと凝視していた。


「ん?……ねぇねぇ~、下にうっすら、岩を取り囲むようにして、四角い線が掘られてる場所が6つあるよ。人数も丁度6人だし……とりあえず、試しに、ここに立ってみようよ!」


「……まぁ、試してみる価値はありそうだね。ここ、行き止まりだし。」


そして、各々が、それぞれの近くの立ち位置に立った。(幽さんは浮いているが)


すると、ゆっくりと赤い魔方陣のようなものが、大きく光を放ちながら、空中に浮かび上がった。


「きゃっ!何……!?」


それは、一瞬にして大きくなり、風の強い音と共に、目の前が真っ暗になった。






何が起きたのかわからないまま、恐る恐る目を開くと、そこは…先ほどいたところと酷似しているが、薄暗く、腐敗臭と鉄の匂いが混ざり合った激臭が、辺りを充満していた。私は、あまりの臭いに、止めどなく吐き気がした。


「ヴッ……」


「え、ここ、そんなに匂うのかい?大丈夫?司ちゃん」


幽さんは、幽霊なので鼻は効かないようだ。この時点で、私は生きている人間なんだろう……嗚咽を抑えながら、鼻をつまみ、辺りを確認してみる。全員いるようだ。皆、同じように鼻をつまみ、息をしづらそうにしている。


杏樹さんは表情を歪め、匂いを払い除けようと、手でパタパタと仰ぎながら、天使さんの方を向いた。


「ちょっとぉ……更に、酷いところに来ちゃったじゃない……!」


「しょうがないよ~、私、予知能力無いし、あそこで留まってても詰んでたしさ~!あはは、でもさすがに臭ーい!」


二人のやりとりを眺めていると、視界の端で、遥さんだけが、洞窟の奥の方を見つめていることに気がつく。なんだろうと、その視線の先を追うと、何かの二つの影が、こちら側にゆらり、ゆらりと、近づいてくるのが見えた。


「……来る」


「え……」


そこには、シロイルカの腐った頭部に、血らしきもので汚れた、青い作業用のつなぎ、そして黒い長靴を履いた化け物が二匹。大きく血塗られた鉈を、ズル…ズル…と引きずってきていた。


ギョロリ、と、血走った飛び出た目で、こちらを捉えた瞬間、耳の鼓膜が破れそうな程、大きな鳴き声をあげ、こちらに向かって走ってきた。



「イ、イヤァァァア!!!」


「ううっ、臭くて息もし辛いっていうのにっ……!」


全員が同時に走り出す。嫌だ、嫌だ、私はこんなところで、恐怖に怯えながら、切り裂かれて死にたくない!あの屋上でなきゃ……意味がないのに!


その一心で走った。運動慣れしていないせいで、息が上手くできず、喉と肺が焼けつくように熱い。すると、少し離れた場所に、希望の一筋の蜘蛛の糸のように、エレベーターの光が見えた。なんとかあそこまで走れば……!


「ま、まって……私、厚ぞこで上手く走れな……あっ!」


「杏樹さん……!」


ズササ……と、盛大な音と共に、杏樹さんが派手に床に倒れこんだ。このままでは、確実に怪物の餌食になってしまう。


(どうしよう、私じゃ助けられない……!)


「まずい!すぐそこまできてる!」


「ツンツン頭!早く彼女を助けて!」


「はぁ~?んで俺がぁ!」


「岩に書いてあったでしょ、って……!彼女がいなくなったら、私達の身にも何が起こるかわからないんだよ!」


「……くそっ」


先頭を走っていた遥さんは、踵を返し、物凄い速さで杏樹さんの元まで戻る。そして、彼女を俵担ぎで抱え、またエレベーターへ向かい走り出した。その一連の流れはスムーズであったが、化け物との距離の差は、追い付かれられるかどうかのギリギリだった。


その間に、私達はエレベーターへと乗り込み、急いで上へのボタンを押す。


「遥くん、早く!」


遥さんが滑り込んで乗り込んだ瞬間、素早く閉ボタンを押す。



(お願い、間に合って……!)



化け物が乗ってくる直前で、全てのエレベーターの扉が閉まった。そのまま、エレベーターは上へ上っていき、扉の外から化け物の姿は見えなくなった。


ホッ……と胸をなでおろす。とりあえず、化け物からは逃げ切れた。


遥さんが、ぜーはーと呼吸を荒らくし、エレベーターのすみに座り込む。



「おい……、もうそんな靴、履いてくんな。……足手まといになるだろーがよ」


「遥くん、そんな言い方は……」


「ぁあ?」




(杏樹受け取り訳:お前のことが心配だから、逃げるとき転ばないように、靴を脱いでおいた方がいいZe……☆)


「はぁ……遥くん素敵……」


「は???」


「大好き遥くん!」


「げ、急になんなんだよお前……やめろ!抱きつくんじゃねぇ!!!」


「……僕にだって、女性一人担ぐぐらいできたし……」


(杏樹受け取り訳:杏樹さんを助けたかったのは僕だったのに……アイツに先を越されるだなんて……)


「私、年下でもいけるわよ」


「はぁ?なんの話ですか」


「やん冷たい」


「皆、さっきのことをぶり返して申し訳ないけど、警戒はしていた方がいい。この上に、さっきみたいな化け物が、また出てくるかもしれないからね」


(杏樹受け取り訳:化け物に襲われかけた杏樹ちゃんには、特に気を付けてほしい……届け僕の隠れた思い……)


(幽霊は怖いって思ってたけど、よく見ると顔もいいし、アリかも……)


杏樹さんは、頬に手を当て、小声できゃ~!と言いながら、頭を左右に振っている。なんにせよ、先ほどのことを気にしてる様子もなさそうだし、無事でよかった……。他の人が死ぬところなんて、見たくないし……



「……それにしても、こんなところにエレベーターがあるなんて、おかしな話だよね~」


「見たところ、大正時代の蛇腹式扉エレベーターのようですね。本来は、扉は手動で動かすもので、上がる際にはそこにあるレバーを上に動かすはずなのですが…最新式のように自動なこと事態が不可解だ……」


「ふ~ん、そうなんだ。マッシュくんは物知りだね」


「ま、マッ、シュ……?」


「まぁでもさぁ、魔方陣でワープ、とか、変な気持ち悪い化け物とかいるところだし……魔法とかなんかで、動力供給されてても不思議じゃなくない?」


「そうね……このエレベーター、階のボタンはついてないわね……どこまで上がるのよ……」


三人が、そんな会話を交わした後、すぐにガタンっと大きくエレベーターが揺れ、上昇する感覚が止まった。どうやら、到着したみたいだ。




ゆっくりとエレベーターの扉が開くと、そこには、今までの洞窟とは異世界のような空間が広がっていた。


中央には、石造りでできた鳥居と、小さな祠。それらには蔦が巻き付いており、古くに人工的に作られたことを連想させる。道の端には、淡く光る水色の花々が、目一杯に咲き誇っていた。そして、心地のいい湧き水の音。少しだけ、滝が流れているような音も聞こえる。


一歩、その場所へ踏み入れると、少しひんやりとした空気に包まれ、汗も疲労感も消えたように思えた。



「……綺麗……」


「本当ね……真ん中にあるのは……祠、かしら」


祠の直ぐ横には、古びた木の看板があり、『↓光る水を注げ』と書かれている。ナスカの地上絵のような形の窪みが、祠の土台の下に繋がっている。何かのしかけのようだ。


「ここらへんの湧き水のヤツじゃー……よくねぇってことか……?」


天使さんが率先し、手で湧水をすくい、窪みに流し込んだが、何も起こらなかった。


「一応試したけど……何も起こらないね」


光る水……どこかで見たような……私は脳内の記憶を手繰り寄せる。そして、ぼんやりと、徐々に、光る水がある場所が浮かび上がってきた。


「あ……」


「どうしたの?司ちゃん」


「幽さん……最初にであった場所……近くの湖、光ってませんでしたか……?」


「……!あぁ、そういえば!」



そう。私が洞窟で最初に目が覚めた、あの場所。隣に、光を保つ水で満杯の地底湖があったのだ。


「それ、どこにあるの?」


「そこは……、ここに、ワープする前の場所で……」


「……まさか、そこに戻る方法を探さなきゃいけなくて、最悪、元来た道を戻らなくちゃいけない……?」


「わ、私はもうあんなところに行くの嫌よ!あんな化け物と接触するなんて!」



私も、杏樹さんの意見に同意だ。あそこには隠れられる場所もなかったし、あの化け物の速さは、遥さんのスピードでギリギリ撒けるぐらいだ。もう一度追いかけられたら、私の場合、確実に捕まってしまう。


すると、幽さんが顎に手を当て、神妙な顔つきで呟いた。


「……待って、僕、ここで役立てるかも」


「え?」


「僕、幽体だから、洞窟の壁をすり抜けて、ここら一体の全体構造を把握できるかもしれない。それに、何か新しい情報も手には入るかも」


「チッ、……それができるんだったら、最初からすりゃー良かったじゃねぇか」


「はは、幽霊になりたてだったからね。それに、提案したは良いものの、今も、すり抜けられるかどうかは、わからないんだよ。」


そう言うと、幽さんは、集中するように目を閉じ、洞窟の壁に手をあてる。すると、彼の手は壁の中へと吸い込まれた。


「……うん、行けそうだ」


「……わかった。幽霊さんにお願いする。でも気を付けて!化け物は……あなたも目視していたから。危険だと思ったら直ぐに帰ってくること~!」


「了解、ご忠告ありがとう、天使ちゃん!」



そして、幽さんは私達に背を向ける。私は物凄い不安感に襲われた。このまま、彼がいなくなってしまいそうで。幽霊と言う、存在も不確かな彼が、何かのトラブルで消えてしまったら……


私は思わず、彼に声をかけた。


「幽さん……」


「大丈夫だよ、司ちゃん。……すぐに戻ってくるからね」


そう言うと、彼は壁の向こうへと消えていった。私は、両手を強く祈るように握りながら、彼の無事を祈った。








あれから、どのぐらい時間がたったのだろう。皆、無言で、それぞれ幽さんの帰還を待った。立つことに疲れてしまったので、その場に体育座りで座り込んだ。綺麗に咲き誇る花を眺めていると、何処からか、うっすらと、幽さんの声が聞こえてきた。


『みん……き……える?』


「ゆ、幽さん……?一体どこから声が……」


『みんな~、こっちこっち!』


今度は、ハッキリと声が聞こえる。声のする天井の方へ顔を向けると、ニュッと、幽さんの顔が天井から現れた。


「ぷはぁ!いや~、初めて体験する感覚だったよ……ずっと抜け出しかたがわからなくてさ。でも反応からして、僕の声はある程度の距離に近づくと、届くみたいだね」


「ギャァア!!!」


「あ、ごめんね壱くん……驚かせちゃったかい?」


「で、出てくるなら、ちゃんと断りをいれてからにして下さい!


……只でさえ幽霊は苦手なのに……突発性を加えられたら驚くに決まってるだろ……!」


壱さんは、驚き、尻餅をついた際についた汚れを、パッパッと払いのけ立ち上がる。それを見ていた遥さんが、鼻で笑いながら彼をバカにした。


「ハッ、ビビり野郎」


「うるせぇクソゴリラ」


「あんだと?」


「おや、聞こえてたんですね~。これは失礼しました、は、る、さ、ん」


「年上を敬う態度ってのはねぇ~のか?」


「貴方に対してはこれっぽっちもありません」


「まぁまぁ二人とも、喧嘩はやめなさいよ~!」


「テメェは黙ってろ」


「アンタは引っ込んでてください」


「うぅ……傷ついた……」



火花が大きな炎となるように、二人の言い争いがヒートアップしていく。杏樹さんの制止も効かず、どうすれば鎮火できるだろうかとオロオロしていると、見かねた天使さんが口を開きかけた。


「二人とも~いい加減に……」


「ほらお二人さん。とりあえず、僕の報告を聞いてくれないかな?とても重要なんだ。喧嘩はそのあとだよ。」


その前に、幽さんがパンッと一つ手をならし、彼らの注意を向けた。彼のいつになく真剣な顔つきと声は、彼らを冷静にするのに効果的だったようだ。二人はそれぞれ反対方向にそっぽを向き、幽さんの言葉に従った。



「チッ」


「フンッ」


「うん、二人ともありがとう。」



そう言うと、彼は優しい笑みで微笑んだ。そして、スーッと祠から少し離れたところまで移動すると、チョイチョイと手招きした。皆が集まったことを確認すると、目の前の壁を指差す。


「じゃあ、司ちゃん。ここの壁、強く押してみて」


「はい……」



言われた通りに、グッ、と力をいれて押すと、ギギギ……という音と共に、壁が大きく動いた。


「う、動く……隠し扉……?」


全て押し切ると、そこは、私が最初に目覚めた景色が広がっていた。




「ここって……湖の場所……繋がってた、ってことですか?」


「うん。ここは押し扉みたいだから、こちら側から押さないと開かないよ。つまり、僕たちが来た順でないと、ここにたどり着けなかったみたいなんだ。」


「どういうこと?」


「行き来できる場所には限りがあって、外には出られなかった。だから、確認できた情報だけ伝えるね。」


「ここの洞窟は、二層あってね。そこのエレベーター以外には、二つを繋ぐところはなかった。一層目は、元いた氷った岩のあった場所。皆の言っていた通り、どこの道も行き止まりで、魔方陣のワープでしか先へは進めなかった。二層目は、化け物に追いかけられた場所。ここは、色んな道で要り組んでいたけど、出口らしきものはなかった。だから、この光る水を注いだら、道となるものができるのかもしれない。それと……惨いけど、奥の方に犠牲者が何人もいたよ……数えきれないほどね」


「……そんな」


「ただ、少しだけ観察したんだけど、見た感じ、彼らは外傷一つなかったんだ。そこがちょっと妙なんだよね……」


「幽霊さん。その人たちって、別々の方面にバラけてなかった?」


「え?うん……その通りだよ。どうしてわかったんだい?」


「ううん、なんとなく……勘かな!」



幽さんの報告を一通り聞き終えると、杏樹さんが爪をガジガジと噛みながら、質問をする。



「うぅ……思い出したくないけど、化け物は、あの二匹以外にもいた……?」


「そうだね……確認できただけ七匹はいたかな……」


「あの頭部、イルカだったよね。その生態に沿うなら、イルカは群れで行動する生き物……二匹以上いても不思議ではないよ。」


「……まー、二層がやべぇってのはわーった。で、今大事なんは、この湖の水を、どーやって運ぶか、ってことじゃねーのか」



頭をガジガジとかきながら、遥さんが呟く。その発言に、壱さんが見下したような視線を送る。




「は?そんなの手で……そうか、水の性質が、必ずしも中性だとは限らないのか……水自体が発光してるなんて、現実ではありえないことだし……」



何かないかと、周りを見渡すと、岩の柱の近くに、石器文化時代にありそうな、すり鉢のようなものを見つけた。


「……あそこに、岩でできた器みたいなものが、あります、けど……」


「本当ね」


「じゃあ、私がドアを押さえておくから、司ちゃんとってきてもらえないかな?おねがい」


「わ、わかり、ました……」



きっと、私以外の全員は、助かりたい一心なのだろう。


羨ましかった。生きたいと思える彼らが、羨ましい。私は……今、憎しみと、仕返しをするために、生きているようなものなのだから。


石を拾い、慎重に、湖の光る水を掬い上げる。溢さないように、窪みの部分まで運び、ゆっくりと流し込む。すると、祠の中から光が漏れだし、機械のような低い男性の声が、頭のなかに響き始めた。



『湯澤 司……確認』



「……え?」


「どうしたんだい、司ちゃん」



『???? ???……確認』


『愛内 遥……確認』


『墓羽 杏樹……確認』


『海野 壱……確認』


『???? ??……確認』


『全員の承認が完了いたしました。これより、“システム”を開始します。10……9……8』




「ぜ、全員の名前を確認されて……システム?を開始するって……な、何かのカウントダウンが……始まって、ます……!」



『……5……4……』



「えぇ!?」


「今のカウントダウンはいくつなの!?」


「え、えっと……2……1……!」



『0』


すると、祠の扉が開き、光が私達を大きく照らす。何が起きたかわからないまま、私は意識を失った。


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