第4話 演技指導
「今回のオーディションの課題は、オープニングの独白と、クライマックスの告白シーンですよね。先輩、演技指導よろしくお願いします」
「……」
「脚本? ちゃんと読みましたよ。今流行りのやり直しタイムリープものをベースにしたオリジナル作品ですよね。罠にはめられ借金を背負い、風俗嬢に落とされ客から殺されたヒロイン。しかし記憶を持ったまま、高校生の時代に戻るのよね。そこで没落するフラグを叩き折りながら、犯罪組織と戦い、日本を平和に導くというスケールの大きいお話ですよね」
「……」
「やったー! 先輩にほめられた! じゃあ課題一、オープニングの独白ですね。やってみます。見ていて下さい」
//SE 足音。部屋の中央に移動
「スタートの合図、お願いします」
//SE 先輩が手を叩く音
「(科白)気がつくと、私は高校の制服を着たまま、保健室にいた。あれ? 私32才だよね。風俗嬢としてはもう稼ぎも少なくなった。若い子からオバさんとばかにされる年齢だったよね。酔った客が、こんなババアよこしやがってって私を殴り、それから……。でもここは、私が通っていた、私立蘭桜高校の保健室。養護教諭の先生が私の名前を呼んだ。鏡を見ると、純真無垢なあの頃の私。もしかして、私、殺されて過去に戻ったの?! だったら、私の人生、やり直せるかもしれない!」
「(無言)」
「どうですか? 何か言って下さいよ」
「……」
『普通? 可も不可もない? 感動もない……ですか? ……要は棒読みってことですよね。……キャラが分からない……はあ……。どうしたら良いでしょうか?」
「……」
「はい。キャラを立てるのですね。なるほど、さすが先輩です。なんだかんだ言っても、高校生のヒロインは、明るくて活発的です。そんな感じでやってみますね。スタートの合図お願いします」
//SE 手を叩く音
「(科白)気がつくと、私は高校の制服を着たまま、保健室にいた。あれ? 私32才だよね。風俗嬢としてはもう稼ぎも少なくなった。若い子からオバさんとばかにされる年齢だったよね。酔った客が、こんなババアよこしやがってって私を殴り、それから……。でもここは、私が通っていた、私立蘭桜高校の保健室。養護教諭の先生が私の名前を呼んだ。鏡を見ると、純真無垢なあの頃の私。もしかして、私、殺されて過去に戻ったの?! だったら、私の人生、やり直せるかもしれない!」
「……」
「違いますね。明るすぎました。……そうですよね、戸惑いとか不安感が足りませんでした。おまけに、この時は32才の記憶が大きいですから、キャピキャピするのって変ですよね。……分かりました。大人っぽく、不安や戸惑いを出しながら演じて見ます。合図お願いします」
//SE 手を叩く音
「(科白)気がつくと、私は高校の制服を着たまま、保健室にいた。あれ? 私32才だよね。風俗嬢としてはもう稼ぎも少なくなった。若い子からオバさんとばかにされる年齢だったよね。酔った客が、こんなババアよこしやがってって私を殴り、それから……。でもここは、私が通っていた、私立蘭桜高校の保健室。養護教諭の先生が私の名前を呼んだ。鏡を見ると、純真無垢なあの頃の私。もしかして、私、殺されて過去に戻ったの?! だったら、私の人生、やり直せるかもしれない!」
「……」
「ちょっと良くなったかも。……えっ、色気ですか? 風俗嬢だったんだから色気があってもおかしくない? そうですよね……。色気か……。私にできるかな……。やってみます!」
//SE 手を叩く音
「(科白)気がつくと、私は高校の制服を着たまま、保健室にいた。あれ? 私32才だよね。風俗嬢としてはもう稼ぎも少なくなった。若い子からオバさんとばかにされる年齢だったよね。酔った客が、こんなババアよこしやがってって私を殴り、それから……。でもここは、私が通っていた、私立蘭桜高校の保健室。養護教諭の先生が私の名前を呼んだ。鏡を見ると、純真無垢なあの頃の私。もしかして、私、殺されて過去に戻ったの?! だったら、私の人生、やり直せるかもしれない!」
「……」
「なに笑っているんですか! ひどい! そりゃ、私に色気はないかもしれませんよ! でも笑わなくってもいいじゃないですか!」
「……」
「謝ってもだめです! えっ? 腹式呼吸している時は色っぽかった? ……先輩のエッチ! あの時は先輩が私の脇腹触っていたから……」
「……」
「先輩が私のお腹を触りながらセリフを言ってみるんですか? 色っぽさを出すためなら確かに……。やってみますか?」
「……」
「じゃあ、お願いします」
//SE 先輩が近づく足音
背中から、服に手を入れる音
ヒロインの息が顔の近くから聞こえる。
「……ひゃっ、やっぱり恥ずかしいですね」
「……」
「じゃあ、はじめます。(あんっ)、変に動かさないで下さい! えっ、色っぽい声でした? ありがとうございます……なのかな? 始めますよ」
「(科白)(あっ)、気がつくと、私は高校の制服を着たまま、保健室にいた。あれ? 私32才だよね。(はぁ)風俗嬢としてはもう稼ぎも少なくなった。(あん)若い子からオバさんとばかにされる年齢だったよね。(あっ)酔った客が、こんなババアよこしやがってって私を殴り、それから……。でも……先輩、笑わないで下さいよ! 真面目にやっているんですから」
「……」
「どうせ私に色気は無理なんですよ。もういいです。先輩、離れて下さい」
「……」
「謝ってもだめです! 一つ前の不安や、戸惑いを出した感じでやっていきます」
「……」
「先輩もそう想いますか! やった! じゃあその方向で練習すればいいですよね。じゃあ、次の課題に行きますから、先輩離れて下さい!」
//SE 服から手を出す音
離れて行く足音
「次の課題のセリフですが、掛け合いですね。一度読んでみます」
// ヒロイン、全てのセリフを一人で棒読みする
「エル君、これで終わったの?」
「ああ。これでユナが不幸にならなくてすむ」
「私の不幸?」
「ああ。実は俺は16年後からタイムリープしたんだ」
「え?」
「信じられないかもしれないけど
聞いてくれ」
「はい」
「前の人生では何も出来なかった」
「前の人生?」
「僕は死ぬまで君が不幸になるのを見ているしかなかったんだ」
「エル君、私のこと見守ってくれていたの?」
「ああ。きっと神様が、君を幸せにするために僕を呼んだんだ」
「エル君、私も二回目の人生なの。一度目はエル君のことに気づかなかったままだった。エル君が私の救世主だったのね。ありがとう!」
「ユナ、君をずっと幸せにしたい! いつまでも一緒にいよう!」
「うん! エル君……好きです! 大好き!」
「僕もだ。二度目は一緒に幸せになろう!」
「何度でも! 幸せになるよ! エル君と一緒なら!」
「そしてキスシーンで終わるんですよね。先輩、相手役して下さい。一人だと感情が入らないんです』
「……」
「見事な棒読みって……そうですよ! 一人で感情込めてやったら馬鹿みたいじゃないですか! 後半やってみますか?」
//今度は感情を込めてやってみる
「エル君、私のこと見守ってくれていたの?」
「ああ。きっと神様が、君を幸せにするために僕を呼んだんだ」
「エル君、私も二回目の人生なの。一度目はエル君のことに気づかなかったままだった。エル君が私の救世主だったのね。ありがとう!」
「ユナ、君をずっと幸せにしたい! いつまでも一緒にいよう!」
「うん! エル君……好きです! 大好き!」
「僕もだ。二度目は一緒に幸せになろう!」
「何度でも! 幸せになるよ! エル君と一緒なら!」
「ほら、笑った! だから嫌だったんですよ。一人二役。さっ、後半だけでいいので、先輩、お付き合い下さい」
「……」
「行きますよ。はい!」
「エル君、私のこと見守ってくれていたの?」
「……」
「エル君、私も二回目の人生なの。一度目はエル君のことに気づかなかったままだった。エル君が私の救世主だったのね。ありがとう!」
「……」
「うん! エル君……好きです! 大好き!」
「……」
「何度でも! 幸せになるよ! エル君と一緒なら!」
「どうですか? まだ感情が見えませんか?」
「……」
「好きな人を思い浮かべてやるといい? 好きな人いるかって? ヤダな……そんなこと聞かないで下さいよ」
「……」
「います! 好きな人の一人くらい。分かりました。やってみます!」
(小声で)「目の前にいるのに」
「……」
「何でもないです。頑張ります」
//演技始める
「エル君、私のこと見守ってくれていたの?」
「……」
「エル君、私も二回目の人生なの。一度目はエル君のことに気づかなかったままだった。エル君が私の救世主だったのね。ありがとう!」
「……」
「うん! エル君……好きです! 大好き!」
「……」
「何度でも! 幸せになるよ! エル君と一緒なら!」
「どうですか?」
「……」
「まだ弱いですか……シュチュエーション? そうですね、セリフだけじゃなく、動きもつけて! 天才ですか先輩! えっ普通? 分かりました。 やりましょう」
//SE 二人近づく足音。
「近いですね。そうですよね。ええと……。えっ、ワタシがが抱きつくのですか! 抱きついてから、『エル君、私のこと見守ってくれていたの』のセリフを言うんですか!」
「……」
「確かに、それだとさっきの言い方では感情が薄く見えますよね。……分かりました。やります。思いっきりが必要ですね。合図くれませんか」
「……」
「心の準備が……。いいです。合図下さい」
//SE 手を叩く音
走る足音、飛びついたヒロインを抱きかかえる音。
ヒロインの声が顔の側から聞こえる
「エル君、私のこと見守ってくれていたの?」
「……」
「エル君、私も二回目の人生なの。一度目はエル君のことに気づかなかったままだった。エル君が私の救世主だったのね。ありがとう!」
「……」
「うん! 先輩!……好きです! 先輩が大好き!」
「……」
「何度でも! 幸せになるよ! 先輩と一緒なら! 先輩! 大好きです!」
「……」
「感情は良かったけど、セリフを間違えていた? 何か間違えました?」
「……」
「エル君が、先輩になっていたんですか! まさか! 本当に? キャー」
「……」
「先輩! 忘れて下さい! 先輩!」
「……」
「えっ、先輩も私のことが? 本当に」
「……」
「本当なんですか! 先輩! 大好きです!」
「……」
「そうですね。今は練習です。もう一度、今度は名前を間違えないようにします。先輩、付き合って下さい。合図お願いします」
//SE 手を叩く音
走る足音。飛びついたヒロインを抱きかかえる音
ヒロインの声が顔の側から聞こえる
「先輩、私のこと見守ってくれていたの?」
「……」
「先輩、私も二回目の人生なの。一度目はエル君のことに気づかなかったままだった。エル君が私の救世主だったのね。ありがとう!」
「……」
「うん! 先輩……好きです! 大好き!」
「……」
「何度でも! 幸せになるよ! 先輩と一緒なら!」
「全部先輩になってた?! でも感情が入っていて良かった? あ〜! 私って……。このシーンのラストなにか知っているか、ですか? え〜と、確かキスシーン……先輩?」
//SE 抱きしめる音
キスの音
吐息が漏れる
「先輩、大好きです」
//エンディングミュージック
先輩と練習! みちのあかり @kuroneko-kanmidou
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