ゆうかくのこ
狐照
ゆうかくのこ
車に戻ると運転席の傍らで青年が泣いていた。
グスグスと泣いていた。
なにが、どうしたのかと慌てて駆け寄った。
青年は近寄った俺に気付き、俺が車の持ち主だとすぐ察し、
「ずびまぜんでじだぁあああ」
何故か土下座で謝られた。
「え、ええ?ど、どしたの?何、急に?」
イケメンが鼻水垂らして泣いて謝ってるという状況に、当然理解が及ばない。
慌てる俺に対して青年は再び深々頭を下げた。
「ぼくの角でバックミラーを折ってしまいましたぁ!!」
「え、え?ああ…確かに折れてる…」
言われて気付いた。
バックミラーがばっきり折れてる。
いや、土下座の青年のインパクトに全部持ってかれたんだよ意識がさ。
なんでも車の下にスマホを落とし、拾って頭を上げたらバックミラーに角が当たってしまった、ということらしい。
とりあえず状況は理解した。
地面に正座したままの青年を責める気持ちも無いので立ち上がらせようと思ったら、立派な角が欠けて血が出ていることに気が付いた。
「なにしてるんだ!」
「ひぇえぇえ!すみませんすみません!」
「血が出ているじゃないか!早く止血しないと!」
「え、あ、これは、今はもう、傷口自体は塞がってますので」
「ホントに?俺、知り合いに有角の子居ないから、嘘吐いてないだろうな」
「う、あ、ごめんなさい。ごめんなさい、嘘吐いてないです平気ですもう痛くないです」
「まったく…」
「本当に、申し訳ございません…」
立たせた青年が深々と頭を下げた。
「あのねぇ君ねぇ」
「はいっ」
「こんなに綺麗な角を大事にしないなんて、何考えているんだ」
青年の角は本当に立派で、本当に美しい。
ダイヤモンドのような輝きを放っている角なんて、見た事なかった。
それをまぁ無惨に二本あるうち一本の、半分ボッキリ折ってしまうなんて。
「もっと大事にしなさい」
真剣に叱ったのが伝わったのか、青年は背筋を正した。
「あ…ごめんなさい…ありがとうございます」
それから僅かに微笑んでくれたので、よし。
「あ、それでバックミラー弁償します」
「んー…それじゃあこの折れた角頂戴」
クリスタルのような折れた角を拾う。
おお、結構な重量感。
そして綺麗。
「え、そんな、」
「いーからいーから、君学生でしょ?むしろ角欲しい大人の方がキモくないか?」
「そんなことないです!…そんな物で良ければ、幾らでも差し上げます」
「お、ありがと…」
「え、えと?」
折れた角先と折れた角を見てふと思う。
「その折れた角って治るの?」
めっちゃ心配。
こんなに綺麗なのに。
かっこいい子の角折れてるとか、心配。
「あ、周期的に脱角して生え変わりますので、大丈夫です!」
「そうなんだ、不思議だね」
しみじみと言うと、青年がえへへって照れた。
元気も出て、泣き止んだようで一安心だ。
「だとしても、自分の体なんだから大事にしなさい」
大人として注意する。
大怪我しなかったから良かったものの、相手が俺じゃなかったら大変な事態になってた可能性だってあるのだ。
ん、角を貰っているので、あれですけれども。
本当に、あれですけど。
そんな俺の注意を真摯に受け止めた青年が、何故かきゅっと俺の手を握った。
「…大事にする方法、教えてくれますか」
心臓飛び出るかと思った。
滅茶苦茶情熱的な視線の、長身で、イケメンで、美しい有角の男が俺を見ている。
「っ…肉食系だったかぁ…」
まさかの展開に耳まで熱い。
「だめ、ですか?」
何を言っても俺を抱き締めて口塞ごうとしている気配に、俺は駄目な大人なので。
「駄目ならこんな風に、優しく対応していない」
そう、土下座で泣く青年に俺はコロっと落とされていたのだ。
俺をコロっと落としてた青年が、やっぱり抱き締めて口を塞いでくる。
草食系の皮を被った肉食獣め。
俺の大人な対応を無下にするような口付けに、この子はもうって思うだけでされるがまま。
「…角、ぶつけてよかった」
名残惜し気に離れた口からそんな言葉が洩れたので、
「それは駄目」
次は本気で怒るからなと、今度は俺からキスをした。
ゆうかくのこ 狐照 @foxteria
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