第5話

「実にならないことばかり」


寡黙な男だとよく言われたが、話すのが嫌なので黙ってただけだ。

本当は言いたい事たくさんあった。

言ったらさらに受け入れられないと思って黙った。

口にすればよかったのだろうか。

実にならないことばかりするな、と。


「どうしましょうか」


今やすっかり農業大好きっ子なった元皇帝が、大きな麦わら帽子の唾を曲げ空を見た。

全然困ってなさそうで、俺の手をちゃっかり握ってくる。

可愛い奴め。


戦闘兵器で青い空をすっかり汚されていた。


聞く気がないからかもだが、拡声器でなんか言ってる。

俺、アレ、苦手なんだよ。

ちょっと耳悪いのかもしれない。

全然聞き取れないんだよ。


「あれなんて言ってんだ?」


「…今すぐ投降せよ、と」


あらやだ。

いやんになっちゃう。


「俺ってそんなにモテてたっけか?」


「…失ってから…大事なこと気付いたのでしょう」


「あー…お前が俺を的な?」


「わたしはおろか、ものでした…もう二度と離れません」


ぐりぐり肩口に顔を押し付けられる。

こいつの可愛さ異常だな。

まあ、この可愛さが衰えぬように術式を施してるんだが、本人は気付いてない。

…ちょっと若返らすか?

いいかもなー。

なーんて呑気なことを考えてたら、頭の上でなんかガンガン怒鳴られた。

この声聞き覚えあるなぁ。

誰だっけ?


「…大将軍ですよ」


「あ、あの我が儘坊主か」


「お忘れですか?あなたの直属の上司のはずですよ?」


「興味ないことはとことん覚えられないの、お前知ってんだろー」


可愛い子は綺麗な赤い瞳で周囲の畑を見てから「確かに、最終階級はお忘れですが、何処に何を植えたかは正確無比、ですね」こてんと頭を胸に埋めてくる。

可愛い。

やばいな。

好き。


って、うるせぇなぁ。


「さて、そろそろご退場願おうか、というか一生懸命術式組み上げてたんだけど、やっぱり誰も感知できないとは…嘆かわしいことだ。一度二度ジャミング入るかと思ったが、実に悲しい。俺のような適当術師を止められないなんてあー、かなし」


しん、と静まり返る。

見ていなかった可愛い子が胸に顔を埋めながら聞いてくる。


「…なにをなされたのですか?」


「色々な機械を駄目にして帝国にお帰り頂いた」


それでもすぐにきちゃうだろうから、


「お引越ししますか」


「え…それは…」


この大地に愛着が湧き始めているのは分かるから、そんな悲しい顔すんな。


「大丈夫大丈夫、ここ、持ってくから」


「それなら賛成です。引っ越しましょう」


元皇帝が嬉しそうに俺にひっつく。

多分、君のことを連れ戻しにも来ていたんだよ?

俺は返すつもり毛頭ないけど、帝国は、君を本当に必要としているよ?


好きだった、嫌いだった、そう問われれば好きだった。

一応、俺を育んでくれた母国だからね。

でもその倍、憎かった。

俺をまったく認めない世界だったから。

俺の大事な子を奪った国だから。

だからと言って滅んでいいとは思っていない。


うーん…戦争で、負けそうなら、助けるかなぁ。

見殺しには出来ないよなぁ。

仕方ないなぁ。

そういうの術式組むかぁ。

もう面倒だなぁ。


「ふふふ」


「なに、どうしたの」


引っ越しの術式と、帝国守護の術式を同時に組んでいたら、可愛い子が胸の裡で笑った。

顔をすりすり擦り付けて、可愛い、まじかわ。


「あなたはやはり、英雄です。大好きです。愛しています。どこまでも、お伴致します…」


おっと、バレてたか。

でもいいか。

だって聞いた?

俺、これが嬉しかったこと思い出す。

この子だけが俺をそう呼んでくれたんだ。

ああ、忘れてた。


「うん、俺、お前の英雄だからね」


俺はこの子の、英雄に成りたかったんだった。

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そう呼ばれたかったけど諦めて農業始めました 狐照 @foxteria

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