第21回 文章を書くためのトレーニング入門

 今まで長々と文章を書くためのコツなどを考えて書き連ねてきましたが、それでも書けない方はいるかもしれません。


「そもそも何を書いたらいいか分からない」


「もっと根本的に、どうしたら小説らしい文章を書けるのか教えてほしい」


 おそらく、プロットとかそれ以前に、「文章を形にする力」を養っていない方もいらっしゃるのだと思います。


 こういった根源的な問題は、小説を書くのに慣れている人間にはなかなか答えづらいものです。


 なにせ、自分にはできていることを、それができない他人に教えるのは難しいのです。


 私だって数学は理解できないけど、数学が得意な人にとっては「なんで出来ないのかがわからない」とため息をつかれることでしょう。


 私も特に小説の練習とかしたわけでもないしなあ……としばらく悩みました。


 人によっては文章を書き写す模写なんかをする方もいらっしゃいますが、多分、初心者がやっても楽しくはない。


 初心者がやって楽しく、かつ、入門として文章を書く力を養うもの。


 私が過去を思い返してたどり着いた答えは、とある「遊び」でした。


 私は前述の通り、特に小説を書けるようになりたい! と思って訓練したわけではありません。


 ただ、日常の中でしていた「遊び」が、自然と文章トレーニングになっていたのです。


 それは、自分の身の回りの出来事を文章化すること。


 たとえば、今あなたはどこにいて何をしていますか?


 そこには何があって、どんな音や匂いがするでしょうか?


 それに対して、あなたが何を思っているかも重要です。


 それらを文章にすれば、一人称視点の私小説が作れます。


 例として、私がこの夏に経験した日常の一ページを書いてみました。


***


 図書館は、夏の涼みどころにピッタリだと思う。


 クーラーの効いた広い館内で本を読んで過ごす時間は格別だろう。


 とはいえ、この日はただ本を返すだけの用事だった。


 七月の中旬、天気はこれ以上ないほどの快晴。太陽の熱気が肌を突き刺すほどの、これぞ夏といった感じ。


 仕事が立て込んでいる上に、こんな灼熱の中を図書館通いするのは酷だと判断して、秋までは少し本を借りるのを休もうと思った。


 帰りのバスまでは少し時間の余裕がある。私は図書館併設のカフェで、ブルーベリーアイスとアップルジュースを注文し、束の間の涼を取った。


 ――こんな地獄を再現したような焦熱の中を歩いて帰るなんて、冗談じゃない。熱中症になって行き倒れするのがオチである。


 それなら、多少の金と時間を代償に、バスを待っていたほうがよほどマシだ。


 スマホでバスの予定時刻を確認してから、図書館を出てバス停に向かう。


 風も熱を含んでいて、どんなに強く吹いても、ぬるい空気を掻き回しているだけのように感じられる。ただ、木々を揺らすザアザアとした音だけが聞こえた。


 そういえば、ここ数年セミの声を聞いていない。彼らもあまりに暑すぎて求愛どころではないのかもしれない。下手したら死滅してるんじゃないかと思うくらいには、今年も異様に暑い。


 早く家に帰って、冷たい麦茶をガブガブと飲もう、と思いながら、バスを待っていた。


***


 例が長いな。


 こんな感じで、一日を切り取った日記などを書いてトレーニングを重ねると、少しずつ文章が書けるようになると思います。


 日記とは言っても、一日の終りにこんな長い文章を覚えていられるわけがないので、思いついた時点で記録しておくのが無難かなと。


 最初のうちは、文法とか文章のルールとか気にしなくて構いません。


 いずれ本格的に小説を書こう、と思い立ったときに勉強すれば充分です。


 この日記を書くときに意識すべきは「語彙を増やす」ことです。


 上記の例の中でもただ熱いだけでも「熱気」「灼熱」「焦熱」など、なるべく言葉を変えるようにしています。


 ネットで「〇〇(調べたい単語) 類語」と調べれば類語辞典が出てきますし、語彙力を強化するための書籍などもあるので一冊持っておくと便利かも。


 このトレーニングなら漫画を読んでいる時、アニメやドラマを見ている時、ただバスや電車に揺られているときなど、いつでもどこでも遊びながら練習できるので気付いたときに意識してみると面白いかもしれません。


 普段なら聞き逃すような音を注意深く聞いたり、ふとしたときに「こんなところにこんなものがあったのか」と気づくこともあります。


 それから、自分の気持ちに向き合うのも大切なことです。


 小説を書く時、心の動きを捉えて文章で表現できればリアリティや説得力が増します。


 あらかじめ文章トレーニングをして日記を記録していればそれを読み返して「あのときはこんな気持ちだった、これを小説に使おう」など活かすこともできるかもしれません。


 さらに興味深いことに、嫌な目にあったときの嫌な気持ちにとことん向き合い、咀嚼して文章にすると、人間はその感情に飽きる性質があるようです。嫌な気持ちをこれでもかと分析しているうちに、だんだん落ち着いてきて冷めるんですね。嫌な気持ちは小説でも結構登場頻度が多いので、言語化できるチャンスと捉えると色々と捗ります。


 いいことも悪いことも、「お前なんか創作のネタにしてやる!」と思ったほうが精神的にタフになるかもしれませんね。

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黄色の研究 永久保セツナ @0922

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