第10話 リトラ村防衛戦〜滅亡〜

「母‥‥さん?」

  

 カメラのフラッシュがかれたような光に視界を奪われたと思えば、とてつもない轟音ごうおんが森全体に反響した。背後では火薬のような焦げた匂いが立ち上り、濃い煙が散漫さんまんとしていた。そんな視覚が制限されている環境の中ベレトの目に映ったのは、全身を黒く焦がした母親の姿だった。


「お、おい。嘘だろ‥‥嘘だよな?」


 右手に握られた剣も地に落とし、母の前でベレトは両膝をついて脱力した。


「さっきまで‥‥ピンピンしてたじゃねぇかよ。なんで、どうしてこんな‥‥」


「ベレト!!」


 ベレトの頭部目掛けて放たれた矢はガンツの槍によって弾かれると、狙撃したゴブゴブリンは舌を鳴らした。


「立てベレト!!死にたいのか!!」


 アンを筆頭にした後衛の魔法師部隊は全滅。敵陣を撹乱かくらんする手段を失ったリトラ村軍に残された戦術はもはや白兵戦のみであった。


「敵が雪崩こんでくる。陣形を整えて今すぐ———」


「母さんが‥‥死んだんだよ。じいちゃん」


「———————ッ!!」


「さっきまで、さっきまで普通に話してたのに‥‥もう息だってしてねぇよ。心臓だって動いてねぇ‥‥なぁじいちゃん。俺、もう———————ッ!?」


 ガンツは槍を勢いよく荒れた地面に突き刺すと、その場に崩れたベレトの胸倉むなぐらを掴み上げる。ベレトは苦しそうな苦渋の表情を浮かべながら嗚咽を漏らした。


「やめたいか?ならば今すぐこの戦場から出ろベレト。大切なものを失う覚悟もできていない奴が剣を握るな」


 はたから見れば同士討ちかと思われる展開にゴブゴブリン達は侵攻の手を止めた。何よりガンツの突き刺した槍から放たれた破裂音が思いの外ゴブゴブリンの威嚇いかくとなったのだ。


「戦場では必ず片方が全てを失う。故に戦では失う覚悟も、失わせる覚悟もしている者が強者と呼ばれるのだ。アンも自分の身に何が起きても受け入れる覚悟でここに来た。武器を握れない夫のために、愛するお前のためにな」


 アンの亡骸なきがらを横目にガンツはベレトを鼓舞こぶする。それは歴戦の猛者として、そして祖父として。


「戦場に立つ人間には必ず帰りを待つ者がいる。戦は大いなる矛盾むじゅんだ。人が何かを守るためには戦うしかない。それが相手の守る何かを虐げることになってもな。ベレト、今一度覚悟を決めて剣を握れ。まだお前の前にある何かを守るためにな」


 ベレトを降ろし再び戦地に立たせると失われた戦意を取り戻す。


「俺の前にある何かを、守るために‥‥」


 目の前にはゴブゴブリン達と向き合っているシルヴァン、ハルカの姿があった。”守るべき何か”、それをベレトが自覚した瞬間であった。


「さて、ならば」


 何を思ったのかガンツは腰にたずさえた手斧を取り出すと、睨みつけた方向に向かって投げつけた。


「じいちゃん?何を—————」


 返ってきたのはガンツの言葉ではなく、鋭い金属音であった。


「そこにいるな。アドラー」

 

 ガンツの槍の矛先が、リーリエに迫る。




〔2〕


「あのじじい、マジか」


 リーリエの喉元に迫った手斧だったが、ほんの手前で蓮の刀剣に阻まれた。


「術式発動地点を特定されたわね。ここなら距離も短い、恐らくもうそこまで」


 行手ゆくてはばむ森林の木々を斬り倒しながら、それは迫っていた。かつてサーマ神聖国の騎士団を単体で壊滅させ、その名を国境を越えて天下にとどろかせた英兵。


 ガンツ・ドロテアが。


「ハァァァァァアッ!!!!」


「蓮、防いで」


 リーリエの頭部目掛けて振り落とされた槍だったが、蓮の一撃がこれを防ぐ。


「ぬぅ?」


「バッカ重、流石伝説の英兵だなガンツ」


「タメ口とは礼儀がなってないぞ童」

 

 剣と槍による一手必殺の攻防戦。長い槍を手足のように自在に操るガンツに対し、的確に急所を狙って撃ち込む蓮。猛者達による一騎打ちが繰り広げられていた。


「仲間を置いて敵将を討ちに来たわね。中々定石の手段よ、2人とも」


 深い森の影から姿を現したベレトとシルヴァン。互いに自慢の武器を握り、その刃をリーリエの喉元へ振るった。


「マザーメイデン」


 見えない空気の壁がリーリエを囲い、2人の攻撃を防いだ。


「リーリエ‥‥王女。なんでアンタがここに!!」


「なんで、とは聞かずともここいることが答えよ京太君。勘のいいあなたならもう気づいているでしょ?」


「‥‥お前がやったのか?」


 薄ら笑いを浮かべながらリーリエは小さく頷き肯定する。


「なんかしたか?母さんがお前に!!」


「それはあの戦局において貴方のお母さんが邪魔だったから。そんなことより京太くん。やっぱり考え直してくれないかな?私に嫌なことがあったら治すよ?村だって今日滅ぶし私の国に来ない理由はもう無いよね?」


 ギチギチと剣を震わせ、湧き上がった殺意を抑える。そんな鋭利えいりな眼光をリーリエに向けても彼女は表情を変えることはなかった。


「そんなこと‥‥そんなことって言ったかお前!!」


 剣を振り上げリーリエへと猛進しようとするベレトより先に地面の土をぜさせ体を跳躍させたのはシルヴァンであった。


「シルヴァン?」


「死ね!!この悪魔!!」


饒舌じょうぜつなシルヴァンが言葉無き怒りを目の前のリーリエにぶつける。額には青筋を浮かべ、瞳は充血させている。それは紛れもなく激昂している証拠であった。


「スタイルにだって結構自信あるのよ?貴方が望むなら、いつ抱いてもいい。だって夫婦なんだもの」


 今、俺の目の前で何が起きているのか理解できなかった。なんでコイツはこんなにも平然と話ができているのだろうか。まるで子供が邪魔だからと視界からおもちゃをどこかへ投げ飛ばすようにコイツはシルヴァンの動きを何かで止めた後、こちらに歩み寄りながら笑顔でさやから剣を引き抜いて首を親友の跳ね飛ばした。飛び散る血、跳ねた頭にも興味を示さない。シルヴァンの返り血を浴びながら人間の形をした化け物は俺の元へと歩みを進める。


「シル—————クッ!!俺の、大切なものを、奪うお前はなんなんだ!リーリエ・フォン・アドラー!!」


「大切なものってなに?リトラ村のこと?さっき私が殺したチャラ男のこと?それとも初恋相手のハルカちゃん?それって本当に貴方の大切なものなの?」


「何言ってんだよお前」


 ありったけの苛立ちを込めながらリーリエを睨みつける。そもそも先ほどから俺の機嫌をそこねていることを自覚しているはずなのにどうしてコイツは平然としていられるのだろうか。


「貴方がここで過ごしてきた年月は偽りの日々。2年2組のみんなが転生させられたあの日から私は京太君、貴方を探し続けてきたの。35名全員が今日この日まで生存していたというのに、貴方だけ前世の記憶を持ち合わせていないと言う事実。これほど憎むべき運命がある?」


「‥‥‥‥」


 話を聞けば何かコイツに同情できる何かが生まれると思った。コイツも戦う理由があってここにいて、大義があって母さんやシルヴァンは殺されたんだと嫌でも信じたかった。


 けどコイツは違った。コイツがリトラ村を滅ぼした理由はただの私利私欲のため、俺を自分のものにしたいからって言う我儘だった。


「一緒に帰ろう京太君。現実世界に」


「うるせぇな!!このゴミクズ野郎がぁぁぁぁ!!」

 

 絶対殺す!!生まれたことを後悔させてやる!!


 激情に身を任せ、リーリエに向かって突進する。剣を振り上げ、初めて湧き上がった人への殺意を爆発させる。


「おい京兄」


「なッ!?」


 ガンツと相対していたはずの男騎士が突如としてリーリエの前に出ると、ベレトの渾身の一撃を払いのけた。


「前世のアンタはカッコよくて、強くて、誰よりもヒーローだったよ」


「お前!!じいちゃんは————————あ」


 振り返るとそこには先ほどまで猛威もういを振るっていた英雄の姿はなく。頭から血を流し、地面にうつ伏せになっている光景が目端めはしに映った。


 そしてそれを最後に俺の意識は静かに暗闇の中へと沈み込む。


 時刻は午前4時35分。立ち昇る朝日が照らす中、人知れずリトラ村は滅亡した。


 

     次回 アドラー王国編突入



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異世界限界逃亡生活〜帝国のメンヘラ王女が俺のクラスメイトで彼女だったなどと意味のわからないことをほざいているので亡命しました 櫻乃カナタ @kiiita

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