第9話 リトラ村防衛戦〜危機〜

〔1〕


 いくさが始まって10分が経過。リトラ村の兵力に対しゴブゴブリンの兵力の差は開戦当初ほぼ互角であった。だが今まさにその均衡きんこうが破れようとしていた。


 原因は、リトラ村騎兵隊の全滅である。


 現在前衛にて兵を率いるガンツを筆頭ひっとうにベレト達は迫り来る盾兵達に対し苦戦をいられ、その間ゴブゴブリンの後衛に控える弓兵達によって後衛の魔法師部隊が半壊寸前まで追い込まれようとしている。


「攻めすぎるなよお前ら!!相手はいつもの猛攻もうこうな魔物と違って引き際を理解している!!誘ってめ込む計略は役に立たないと思え!!」


「クッソ!!」


 何よりこの戦況をゴブゴブリン寄りにさせていたのは紛れもなく奴らの戦術にあった。防御寄りの陣形に構えて消耗しょうもう戦に持ち込み、人数の少ないコチラの兵力を減らす。30と100とではそもそも数の格が違った。


 そんな中、ガンツの頭には1つの予感が確信へ成ろうとしていた。


「やはりおるな」


「ハァハァ、おるってなんだよじいちゃん」


 肩を並べ迫り来るゴブリン達を相手にするベレトがガンツを見ず質問する。


「そもそも此奴らに頭があると思うかベレト。人数分の兵装を揃え、100単位の兵を動かす規模の戦術を理解し、他種族を殺すことを生業としている魔物が引くラインまで見極めている。とても単細胞のゴブゴブリン達がする戦いではないわ」


「じゃあなんだってんだよ。もしかしてじいちゃん。人間がこのゴブリンを指揮してるなんて言わねぇよな?」


 それは冗談混じりの言葉であった。だがベレトには否定したくも納得してしまう一面がゴブゴブリンにはあり、若干恐れながらガンツに問いかけた。


「そのまさかだベレト。ここに来ているかは知らんが間違いなく人の手によって使役されている。じゃなければこの一級品の盾や槍を揃えることなど不可能」


「でもガンツさん。人間と魔物はあくまで敵対関係にあんだろ。なんでこいつらはその人間に従ってんだ?ゴブリン語でも使って契約したなんて笑えねぇことないだろ」


 頬に血傷ちきずを負い、かなりの体力を消耗したシルヴァンが足をふらつかせながらガンツどベレトの会話に混ざった。


「‥‥伝説だったか、御伽噺おとぎばなしだったか忘れたが。昔七つの魔物を支配する人間がおったそうだ。手段は知らぬがその人間は対象の魔物と会話することができ、さきの大戦では戦術や兵法を理解した魔物が大いに武功を上げたらしい」


「なんだそりゃ、てことはそんなチートキャラが指揮官ってわけかよ。どうりでいねぇわけだ」


 そう言うとシルヴァンは後衛のゴブゴブリンにまで視線を飛ばした。


「あぁおらぬな。大将格の魔物が」


 魔物を支配する。ガンツの話はさておき魔物を統率する存在がいる事は兵士を志すものとして周知の事実。何百年に一度各種の魔物を統制する魔王種が誕生することがある。ゴブゴブリンならばデビルゴブリン、オークならばオークキングなど挙げられる。


「始めはまさかと思ったがその可能性はないと断言できる。ならばすべきことは一つじゃ」


 ガンツがある策をベレトを含んだ村の兵達に講じていたその間、この戦を観戦している影が2つあった。


「流石は英兵ガンツ。噂に違わぬ素晴らしい戦術眼と力ね」


「だが相手にしているのは鍛え上げたゴブリン兵達だ。いくら彼が猛ろうとこの形勢が覆ることはないと思うぞ百々香。俺が立てた策に不備はない!」


 ベレト達がゴブゴブリン達と交えている戦場から約12メートルの高さにある崖上にその者らはいた。1人は純白のドレスを身に纏った可憐な少女、そして傍にてその少女を守るように片手に剣を握る男が1人。野蛮やばんな森の中では似つかない存在感をかもし出していた。


「ふふふ。そうだといいけど」

 

  


〔2〕


 ガンツが立てた対ファランクスの策。それは最大の防御陣形は隙を突く妙案みょうあんであった。正方形に並べられたゴブゴブリン達はベレト達が相対する正面に全ての盾兵を並べていた。だが逆に言えばそれは他の左右後ろの面には盾兵がおらず守る算段がないということになる。長年、数多あまたの戦を経験してきたガンツはそれを瞬時に見抜き左面にシルヴァンを含めた槍兵4名、右面と後ろ面にはそれぞれベレトとハルカを含めた衛兵が立ち向かいこれを打開する。


 僅か数名とは言え奇襲の形となったこの策は見事に嵌り、陣形が綻んだところをガンツと後衛の弓兵と魔法師達によってゴブゴブリン達は窮地きゅうちへと追い込まれていた。


「ほらやっぱこうなった。ファランクスの案自体はよかったけど少しは横や後ろに守備を回しても良かったかもね?やっぱ貴方に軍師は向かないわよ。大人しく私の言うことに従って騎士で居なさい蓮ちゃん」


「クソッ‥‥」


 先ほどまで苦戦していたリトラ村勢はこの策により形勢が逆転した。誰が見ても明らかな状況に蓮は地面に膝をついた。


「さてと指揮者交代のその前に蓮ちゃん?この中で1番厄介な相手って分かる?次の一手次第でゴブリン兵が全滅しかねない資質を持った人は誰かしら」


 蓮は何をそんな当たり前なことを。と首を傾げながら頭に思い浮かんだその人物の名を口にした。


 一方で場所は変わってガンツらが戦う戦場へと移る。約50体のゴブリンの殲滅せんめつに成功したリトラ村陣営は次なる策を実行すべく準備に取りかかっていた。

 

「ファランクスが乱れた今、相手を一気に全滅に追い込むぞ」


「おうじいちゃん!!俺が行く!俺に先陣を任せてくれよ!」


 人生で初めて計略を実行して成功させたベレトはもはや戦の快感を覚え、次なる勝利を手にしようと躍起になっていた。


「わかっておるわ。じゃがここからは迫ってくる奴らの動きを止めて後ろのアン達魔法師隊にゴブゴブリン共を掃討してもらう。わかっておるな?アンよ」


「えぇわかったわ。まだ魔力も全然残ってるし、アレなら一回使えるけどどうする?」


 アンの言うアレとは上級火炎魔法エンゾレイアのことを指していた。半径20メートルにもなる火炎網が1つの中心より広がり相手を燃やし尽くす必殺の魔法である。


「ならばよし。すぐに準備に取りかかれ!」


 するとアンは元の位置に戻りながら詠唱を始め、術式発動の準備に取り掛かった。


「ベレト、シルヴァン、ハルカ。構えておけよ。敵はもう戦術など放棄して捨て身で攻めてくる。くれぐれも死んでくれるなよ?」


 3人の中にはすでにあった。確実な勝利への確信が。素人でもこの戦は勝てると武器を構えながら信じていた。当然それは3人だけではない。ガンツもアンも手練れの兵士たちも心の内にあった。


 しかし————————


 運命は残酷に、ベレト達へと牙を向く。


 突如として響き渡った雷鳴の音。瞬きすら置き去りにするその光はガンツを、ベレトの頭上を通り過ぎると1人の赤毛の女性へと落下した。


「正解は京太のお母さん。上級魔法師なんてこの場に居たら一瞬で消し飛ぶわよ。私の可愛い兵隊さんが」


 

    次回 リトラ村防衛戦〜全滅〜

 

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