第5話 母

 私の母は怒るとめちゃくちゃ怖い。当然ながら生きてきた十数年で沢山お叱りを受けた。言うことを聞かなかった小学生時代、自分が可哀想だと信じてやまなかった中学時代、学校のブランクが空きすぎて全てに高すぎる理想を求めていた高校時代。私の人生は母のお叱りと共にあると言っても過言ではない。

 そんな母を怒らせてはいけないと確信したのは小学五年生の頃。学校からアレルギーの再検査の為紹介された耳鼻科を受診していた時だった。土曜日、つまり混雑しやすい日にちなのに中に入ってみれば私と母、そして看護師さん以外受け付けには誰もいなかった。すぐ帰れそうだなと思い、軽く問診を受けいざ検査。それが地獄の始まりだった。病院の先生、すなわち医院長ははっきりいうと言葉を選ばない人であったのだ。鼻うがいを怖がれば「そんな事で怖がるなんて可愛そうだねぇ〜」と笑われ、採血を嫌がれば「馬鹿みたいだねぇ〜」と厭味ったらしい顔で言われた。そんな地獄に身を置かれた私は当然ながら泣いていた。そして泣いている私に対し「そんなんじゃ僕が早く終われないから泣かないでもらえるぅ?」と一蹴。もう二度と行ってやるかと重い涙に濡れた顔を母の方に向けた。

 そこには、魔王がいた。

母の表情はいつも通りだった。しかし纏うオーラが何時もの怒っている時のそれとは違う。可視化したなら髪は逆立ち床はひび割れ一般人なら容赦なく吹き飛ばされる。そんな圧を子供ながらに感じた。そしてそのオーラの向かう先は母の”圧”を一切感じず暴走、あらため私へ対応する医院長であった。

 診察が終わり待合室で会計を待っている時も母のオーラは変わらなかった。むしろ鬼神に進化していた。看護師さんが「うちの医院長がごめんね。」「嫌だったでしょ。もう来なくていいからね」と深々と頭を下げ詫びていたその時も「いえいえ」と良いながらそのオーラは引いていなかった。私が戦闘力カウンターを付けていたら間違いなく母の方を見た時点で壊れていただろう。

 それが私が母を本気で怒らせてはいけないと確信した瞬間である。

 その後車に乗って自宅に帰る時、母は「今日は頑張ったしアイスでも食べようか」と近くのコンビニに寄ってアイスを買ってもらった。そのアイスはいつもより美味しく、優しく感じた。

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ヲタクと障害と調理と徒然 葉月ユウ @natu_2314

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