黄色い道

高黄森哉

暗闇


 目が覚めたと思ったら、ここはどこだ?


 真っ暗だな。停電か? なにがなんだかの俺は、なぜか直立していて、足元に、黄色く光り輝く板がある。この輝く長方形の横へ、足を延ばしてみると、そこに地面はなかった。俺の部屋はこんな風ではないぞ。これは停電どころではないぞ。


 ここはどこ、俺は俺。


 ただ一つ判ること。足元にある黄色の床の発光が、届かない範囲に、この空間のお終いがあるということ。この強い煌めきが、届かないくらい遠くに壁があるとなると、ここは一体どのくらいの広大さになるのだ。頬に一筋、冷や汗が伝った。


 肝心なのは広さではなく深さだ!


 今まで意識していなかった恐怖が、心の底から湧き上がってくる。まるで、走っていた地面が急に途切れて、その事実にたった今気が付いた、カートゥーンのキャラクターみたいに。


 怖い。


 いったいどれくらいの高さに立たされている? ただ判ることは、例のごとく、この床の発光が届かない深さに、地面か床が存在しているということだ。少なくとも地上二十五メートル。足元がぐらつく感覚がした。


 ヨロヨロと四つん這いになる。


 手汗で滑りそうで、なんども服で拭うが、手のひらの発汗が収まることはない。昔から手汗が酷く、恋人に、恋人つなぎが出来ない、という理由で振られたことがあるくらいなのだ。


 いつまで、こうしていられるのか分からないぞ。


 取り敢えずなにか、出る方法を探ってみよう。手を伸ばして、一見して、なにもないかに思われた四方を探ってみる。すると左手が、なにか固いものに触れた。それはもう一つの板だった。


 本当に、ここにあるんだよな。


 その四角い土地は恐ろしく透明で視認できなかった。そこにあることを保証するのは手の平の感覚だけである。そんな板に乗るなんて自殺行為だ。しかし、ずっと、あそこに居るわけにもいかない。道がある限り、どこかに通じてるはず。


 腹ばいになって進む。


 ペンギンみたいに、次の板へ移動した。この方法だと、奈落を否が応でも見なければならないが、その代わり接地面積が多いので、その分だけ安心できる。新しい地面である透明の長方形は、ごつごつしていて、乗り心地は最悪だった。


 俺の真横になにかいる。


 はあはあ、と吐息が丁度、俺の目線の高さから、リズムカルに聞こえてくる。たまらなくなった。両手で均衡を保ちながら立ち上がり、得体のしれないものから頭部を保護する。とにかく、同じ目線を維持したくはなかった。


 いったい何なんだ。


 なんなんだここは。俺以外にもこんな目に遭っている人間は居るのか。もし、そんな状況に陥った人間がいたら、そして俺がそいつをいつでも助けられるのなら、いつだって助けてやる。だから、俺を助けてくれ。


 夢か?


 という疑問はとっくの昔に潰えていた。こんな現実的な夢、見たことない。これが夢なら、人生が全て夢でも不思議ではないだろう。全て夢であれ。しかし、それを確かめるすべはない。


 一歩踏み出す。


 つま先に見えない板が触れた。どこまでが床か確認してから、左足を、そちらへ移動させる。よし、落ちなかった。この道のどこかに、きっと出口があるはず。大丈夫。ゆっくり行こう。ゆっくりで大丈夫だ。


 そして三十分が経過した。


 振り返ると、初め立っていた黄色の四角は点になっていた。何もない空間にたった一つある灯り。アレのお陰で、俺は方向感覚を失わずに済んでいる。あれがなければ、どちらが上か下か、前か後か、どこまで来たのか、難しかったに違いない。


 この道は、今まで一直線だった。


 だから次もそうだろうと、深く確認せずに一歩踏み出してしまう。ストンと右足が無い地面を踏んだ。危ない。胸を強打、嗚呼、呼吸が苦しくなる。危ない所だった。上体を捻って、上半身だけを足場に留めることが出来た。這い上がる。


 九十度、左へ曲がっていたらしい。


 次からは、今まで以上に神経質になる必要がありそうだ。もし、不可視の床がつるつる滑り台になってたらどうしよう。その下り坂のお終いは、九十度の直角なのだ。そしたら、この得体のしれない暗闇に墜落して、、、


 俺は首を振った。


 いかんいかん。後ろ向きになるな。心が弱ると体も弱っていくぞ。気を付けろ。その時、風が俺を襲った。情けない声を出しながら板にしがみつく。もうだめだ。おしまいだ。それでも進まなければ。くそ、俺がなにをしたってんだ。


 そして次の板を越えようとしたとき、


 俺は、なんて愚かなんだろう。直角があるなら、障害物があっても、おかしくはないじゃないか。固く透明な腰ほどの物体が脛にぶつかり、前かがみに倒れ込む。運が悪いことに、その先は直角で、頭から真っ逆さまに落っこちていく。


 その透明な物体の形状を俺は知っていた。


 あれは自転車。しかも、あの形は俺の自転車。籠が付いていない特徴的な形だから間違いない。少なくとも同じメーカーである。そして、その俺の自転車は、元々、どこにどうしてあったかというと、、、


 そういえば、点字ブロックをまたぐようにして、駐輪したままだったかな。


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黄色い道 高黄森哉 @kamikawa2001

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