報告
ドアをしつこくノックすると、ウィリアムソン社長がやっと顔を出した。そしてわたしを見るなり、明らかに顔をしかめた。
「大丈夫か?」
「怪我したのはわたしじゃないから、心配しないで」
「腕を吊り下げているから聞いているんだ。しかも血まみれじゃないか」
「もう遅いから、シャワーする前にこれを渡したほうがいいと思ってね」
左手で損害補償の申込書を手渡す。急いで仕上げたから、誤字があったりするけど、勘弁してもらおう。
誰か雛形になるファイルを移動していたから、共有フォルダの中を探し回ったりしていた。おかげでもう夜9時。
「あー、……ありがとうな。綺麗さっぱり角竜がいなくなった。あんたのおかげだ。仕事が早くて助かるよ」
夕方まであんなに怒っていたのに、いざ問題が片付くと、他人行儀。必要な時にだけ頼られて、期待に応えられないと罵倒される。慣れたものだ。
「わたしの目測だけど、だいたい200ヘクタールくらいがやられてる。細々した被害はもうちょっとありそう。大豆1トン当たり80でどう?」
被害に対する保証は、販売価格よりいくらか安めに交渉してみる。さすがに恐竜の食事代をまるまる払うのは馬鹿馬鹿しい。
値切ったのは事実だけど、ウィリアムソン社長は頷いた。
「仕事を一日の内に終わらせたんだ。それくらいでいい。役所よりは対応が早いからな」
うちも役所みたいなもんだけどね。
社長に「おやすみなさい」と挨拶を済ませ、トラックに戻ると、荷台でオストロム君がアンバーに餌付けしていた。
「それはご褒美かしら?」
「ご褒美って。こいつセントロサウルスを1頭も追い払えなかったのに」
「駄目よ? この子だって頑張ったんだから、ちゃんと努力には応えてあげないと」
鞄から、ランベオサウルスのジャーキーを取り出し、オストロム君に差し出す。
「干し肉なんていつ用意したんだ?」
「事務所に戻った時、この子のために取っておいたの」
消費期限が迫っていたのは内緒だ。売店の売り物だったけど売れず、どうせ処分するなら、アンバーのような相棒恐竜にあげたほうがいいだろうと思ったまでだ。
オストロム君がジャーキーをアンバーの口先に放ると、パクッと食いついた。でもあまり好きじゃなかったのか、仕方なく食べるという態度に感じた。ちょっと飲み込むまで時間があった。
商品の改善をしないと。どうしたら食いつきがよくなるかな。
オストロム君が何か言いたそうにわたしの顔を見つめる。
「どうしたの?」
「また仕事のこと考えてるんだろ」
溜息混じりに彼は言った。
「これでも楽しんでるのよ?」
「俺には無理だ。机に座っているよりも、恐竜を相手しているほうがよっぽど楽だ」
オストロム君の肩を叩きながら、ちょっと得意げになって諭す。
「本気になれば、なんでも楽しめるわ。さっ、帰るよ」
オストロム君に運転を頼んで、トラックの荷台から飛び降りる。三角巾で吊った右腕がピリッと痛む。
「明日に持ち越したくない仕事があるから、早めに頼むわ」
「今日はもう休めって」
アンバーは利口だから、走っているトラックから飛び降りたりしない。
オストロム君はアンバーを荷台に乗せたまま、運転席に乗り込む。
走り出してすぐに、無線機が鳴る。
こんな遅くに何かな?
「組合長! 穀物庫が荒らされています!」
ロッキー恐竜狩猟組合 園山 ルベン @Red7Fox
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