5th 救出大作戦

第33話 協力と引き換えに……

 何でも言うこと聞いてもらう。シズカは確かに、そう言った。

 果たして何をやらされるのか、ランは不安を禁じ得なかったが……


「ほな、まずは部屋のお片付けお願いするわ」


 というわけで、足の踏み場がないくらいに散乱する物を分別している真っ最中であった。


 スラムでの経験則で、明らかに価値のない物はゴミ袋に押し込む。

 それ以外は、後でシズカに判断してもらうため、大まかな素材ごとに分けるだけにしておいた。

 服などの布製品は、四角く畳んで山積みに。書籍や書類といった紙製品、用途のよくわからない機械類は、形状ごとにまとめてなるべくコンパクトに。汚れが目立つものは、渡された除菌シートで拭いておく。


 他の浮浪児やギャングを警戒しながら、見上げるようなゴミ山を漁るのに比べたら、楽なものだ。


「ありがたいわぁ。いや、ウチもキレイにしとかなあかんとは思てるんやで? 片付ける時間もないし、特に困ってるわけでもないし、人雇うんもアレやし、って後回しにしてるうちに、ついつい溜め込んでしもうて」


 黙々と作業を続けるランの傍ら、シズカはPCにかぶり付いていた。

 鼻歌でも混じりそうな上機嫌だが、キーボードを叩く勢いは全力のそれ。ピアノの速弾きみたいに指が躍り、六つもあるモニターには無数のウインドウが高速で開いたり閉じたりを繰り返している。

 何をしているのか、事前に目的を聞かされていてもなお、ランには欠片も理解できない。


「先にハッキリさせときたいんやけど、そもそも“ウリエル”は何しに行ったんやろな。坊は知っとる?」


 協定を結んだシズカが、まず問うたのがそれだった。


「知らない……けど、イド姉と会うって言ってた」

「“ラファエル”と、なぁ? ……そないな罠張るタイプやったっけ」

「イド姉は、裏切ったりしない」

「やったらええけど。どっちにしても、白黒つけとかなあかんな。ちょうどアテがあるから、手間はかからんやろうし」


 言葉に偽りはなく、片付けが終わるのを待たずして、シズカの口から「大当たりぃ」との呟きがこぼれた。


「え、もう見つけた!?」


 食べ終えたまま放置されていた空容器から虫が這い出してきたのに対処していたランは、弾かれたようにディスクへと駆け寄った。

 どのモニターを見たらいいのか、視線をさ迷わせる。


「どれ、どれ?」

「まあ落ち着きや……って、何を持っとんねん!?」


 虫を掴んだまま行ったら、ギョッとされた。


「らーめんの箱に入ってた」

「そんなん訊いてへんわ。ったく、ウチは平気やからよかったもんを、”ウリエル”の前で同じことやりでもしたら……まあオモロそうやから別にええけど。とにかく、早ようポイして手ぇ洗って来ぃ」

「え、でもイド姉……」

「後や、後! 急いだかて何も変わらへんから」


 黒光りしてモゾモゾするのを処分して、追い立てられるように洗面所へ。


 手を洗うついでに、と食料棚の場所を指示されたので、インスタントのおじやを二人分取り出した。

 給湯器の非接触パネルを操作してカップに熱湯を注ぐと、ジャンクな香りを帯びた湯気が立ち上る。白米がほどよく溶けて美味しそうな糊状になり、フリーズドライされた野菜が膨らんでいった。


 食事を作って戻ってくると、シズカは適当なダンボール箱を立てて即席の椅子を用意してくれていた。部屋にはシズカのゲーミングチェアが一脚の他に、座る物がなかったのだ。


「おおきにな、坊。ほんなら、食べながら聞いたらええわ」


 シズカが匙の尻でキーボードを打つと、メインモニターが将棋盤のような升目に切り換わった。

 升目はすべて、監視カメラらしき映像だ。

 どれも同じアングルから、同じ内装の狭い個室を映したもので、部屋ごとに別の女性が入っていたり空き部屋だったりしていなかったら、ぜんぶ同じ部屋だと誤解してしまったかもしれない。


「警務隊の本部にある、女性留置所の監視映像や。……見てみ、左下の角っこのやつ」

「左の、下の……あ!」


 示された部屋では、誰かがベッドの上に座っていた。

 膝を抱えて頭を伏せているのでわかりづらかったが、間違いない。あれはイドだ。


「あっこの人ら、”ラファエル”が恩赦もろたんが気に喰わんで、何かと目ぇ付けとったからな。何かあったら知ってるやろうと突いてみたら、まさかのご本人発見やわ」


 前に仕込んどいたバックドアが役立ったわぁ、とシズカは悦に浸っているが、ランにしてみればそれどころではない。


「イド姉……警務隊の、って。捕まったの?」

「そこがおかしいんよなぁ。逮捕したんやったら、そらもう鬼の首取ったみたいに宣伝するやろうに、ダンマリなんて警務隊らしゅうないわ。し・か・も……逮捕者の名簿を確かめてみたら、”ラファエル”の名前なんかどこにも書いてへんかった」

「……? どういうこと?」


 無学なランは知る由もなかったが、警務隊には逮捕した人間の素性と罪状を公にしなければならない、という決まりがあるのだという。

 ところが今回は、イドを拘留しているにも関わらず、自慢するどころか最低限の公表義務すら破って秘密にしているのだ。


「これはニオうなぁ。怪しいニオイがぷんぷんするわ。どうする、坊? ”ウリエル”のことと関係あるかはわからへんけど?」

「……関係ない」


 訊かれるまでもなかった。

 メグリへの手がかりであろうとなかろうと、数年ぶりに再会した姉貴分なのだ。

 救いたいという思いは、等しく劣ることはない。



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