第9話 違和感
本番前日の夜。
あれから、間違えてしまった箇所を何度も練習し、難なく弾けるようになった。本番前日ではあるが、寝る間を惜しんで練習していた。
そんな奏音の姿を、少し開けたドアの隙間から除く母親の姿があった。アドバイスをしたいが、そのアドバイスが奏音の重荷になってしまったら、また弾けなくなってしまう、そう思った母親は部屋に入れずにいた。そんな母親のもとへ父親がやってきた。
「どうしたんだ。こんな時間に。奏音が心配なのか?」
母親の内心を探るように父親が口を開く。
「いや。心配はしていないわ。それより何であなたはここにいるの?」
「奏音のことが心配でな。あんなに小さい身体なのに、大きいことに挑戦している。しかもこんな時間まで練習しているんだ。心配にならないわけないだろう」
「ピアニストになるならこんなの普通よ。心配しすぎ」
「…なぁ、少しは奏音に優しくしてやってもよくないか?まだ小学生だぞ」
「優しくしたら、どんどん下手になっていくわ。あの子のためにも優しくしてはいけないの」
父親は、何も言わずにその場を去った。
奏音は小さくため息をついた。気づけば時計の針は23時50分を示している。
「練習したいけど、寝なきゃ。明日は早いし」
そう呟いて文字だらけの楽譜を閉じた。
するとドアをノックする音が聞こえてきた。
「入るわよ」
「お母様。どうされたのですか?」
奏音の表情は引きつった。
「あなたにアドバイスしたくて」
部屋が一気に張り詰めた空気へと変わった。
だが、奏音が想像していたものとは違うアドバイスだった。
「手首に力が入っている音がするわ。音が固い。そんなんじゃ審査員は開始3秒であなたのことを落とすわ。いつも言っていることをよく思い出しなさい」
「『審査員は開始音ですべてが分かる』」
「そう。それをしっかりと頭に叩き込んでおきなさい。今日はもう遅いわ。寝なさい」
そう言うと、部屋を出ていく。
その時、
「待ってください!お母様」
奏音は叫んだ。
「お母様は本当にそれだけが言いたいのですか?もっと言いたいことがあるのではないですか?なぜですか?私がプレッシャーに思うからですか?」
その言葉は奏音の必死の叫びだった。心のどこかで感じていた、違和感。それは母親のアドバイスが一言で終わることは無い、ましてや本番前日であればなおさらだ。なのに手首に力が入っている、それだけで済むはずがないと思っていた。
「それだけよ。早く寝なさい。明日は早いんだから」
そう言って去っていった。
奏音は、そんなわけないと思いながらも練習室の電気を消し、寝床へと向かった。
練習で疲れたのか、奏音はすぐに眠りについた。奏音はどういう夢を見ていたのか、心なしか笑っているようにも見えた。
Mousike-ムーシケー- 春称詩音 @shion_haru
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