第23話 二人だけの夜
思ったよりもその部屋は狭かった。ベッドと箪笥、机と椅子ぐらいしか物がなかった。最もさすが八大貴族なだけあって家具はどれも高級そうではあったが……。
ユーマがそんなことを考えているとミラはカーテンを閉め、明かりもつけないまま急いで箪笥の中を物色し始めた。しばらくするとユーマに声をかけた。
「これから着替えるから。その……、向こうを向いていてくれ」
「もう後ろを向いているよ」
「そうか。振り向いたら怒るからな」
ミラの声は心なしか震えているようにユーマは感じた。
廊下に続いている扉を見ながらユーマは考えていた。
どんな状況なんだ? これは……。
少し前まではダンジョンにいて探索してたんだよな。それがどうして今、裸のミラのすぐ近くでこうしているんだ。まったく状況が呑み込めない。堅物そうな人だと思っていたけど違うのか。少し天然なところがあるのかもな。まあそれはそれでかわいいけど……。見た目だけでは人はわからないもんなんだな……。
「もういいぞ」
そんなことを考えていると後ろから声がかかった。
後ろを振り向くとそこには普段とは違い、寝巻姿のミラが立っていた。薄い水色の服に身を包んだ姿はとてもかわいらしかった。ミラは照れくさそうに顔を赤くしている。
「あまり見ないでくれ。人に見せたことないんだ。変か?」
ミラは恥ずかしそうにもじもじしていたが、最後に心配そうに上目遣いをしながらユーマに尋ねた。
「いや……、すごく似合ってて。びっくりしたよ。きれいだ」
普段と異なるミラの姿があまりにも綺麗で、ユーマは思い浮かんだことをそのまま口にした。
「そうか……良かった」
ミラは赤くなった顔をこれ以上見られたくなかったのか後ろを振り向いた。
「じゃあ俺。そろそろ行くよ」
さすがにここまで来たんだから、ここで寝るのだろうと思いユーマはそう口にしたが……。
「えっ? なんでだ? 私も戻るぞ!」
帰ってきた言葉は思ってもみないものだった。当然だろうという顔をしながらユーマを見つめている。
「だってここまで来たらもういいのかと思って」
「いや、行く」
「……」
「行く」
どうやらミラの意志は固そうだと思いユーマはふたたび手を差し出した。ミラはもうちょっと待ってくれ、と言い、明日着る分の服を準備し始めた。ユーマは支度をするミラの様子を後ろから見守っていた。
絶対こっちの方が寝心地いいだろ。超気持ちよさそうじゃないかあのベッド……。俺がここで寝たいぐらいだよ。そんなにダンジョンが好きなのか……? いや、テントで寝るのに興味があるんだろうな、きっと……。まあテント泊は慣れれば確かに楽しいからな。
「待たせたな。もういいぞ」
そんなことを考えていると支度が終わったのかミラは手をつかんできた。ユーマはスキルを発動させた。
十五分後、二人はテントの中の布団で横並びに寝ていた。ユーマが使っている布団は大金が入った後に購入したものであり、そこそこ値の張るものであった。
それでも、先ほど見たミラの部屋のベッドには劣るだろう。ユーマはそう思っていたが。布団に入ったミラはすぐに
「あ、ふかふかだ。これならすぐ寝れそう」
と口にしたためユーマは少し安心した。
二人は一つの布団に共に入っていたがわずかに二人の間は空いていた。二人の上には一枚の茶色の毛布が掛けられていた。
いやーなんかこれ緊張するな。いつもシリカと寝ているから大丈夫かなと思ったけど、全然だめだ。意識しすぎる。だって、あのミラだぞ? 国中の人々から大人気の。そのミラがとなりにいるのはさすがに変な感じだ。なんかいい匂いもしてくるし……
さすがのユーマもすぐ隣にミラが寝ているという状況に胸が高鳴っていた。家族同然のシリカが隣にいるのとはわけが違っていた。
ユーマは緊張をほぐすために声をかけた。
「この前の戦いのあと、また凱旋してたな。ほんと人気だよな。神聖騎士団って」
「そうなんだ。私はあれ嫌なんだ。人に見られるのに慣れなくて……。できればやめたいのだが国王の命令だからな。しかもこの前の戦いは一番活躍したのはユーマだろ。みんなは知らないけど」
大群進を退けた三日後には、国王は大規模は凱旋を行うことを決めた。戦いで大きな戦果をもたらした神聖騎士団の隊長たちを中心に大規模な凱旋を行った。国のメインストリートを盛大に練り歩いたその凱旋は国の半分が見たと言われるほどの観衆が押し掛けた。ユーマもシリカと見に行っていた。
「嫌なのか? うちのシリカはいつも嬉しそうに見てるけどな」
「嫌だよ。私は目立つのは好きじゃないんだ。いつかやめてやる」
ミラは、はあっとため息をつきながら、心底うんざりしたような顔をしている。
こんな顔もするのかとユーマは思った。
「そう言えばユーマ。お前に一つ言わなきゃいけないことがあったんだった。凱旋で思い出した」
「ん?なんだ?」
「凱旋の時、私のすぐ後ろを歩いていた男のことを知っているか」
「ああ、いつもミラの近くにいる奴だろ。確か、オキシール家の……。えーっと……」
「レオ=オキシールだ」
「そうだそうだ。そんな名前だった。それでそのレオがどうしたんだ。確かミラのところの副隊長だよな」
「レオは年はまだ十六だが。すごい優秀なんだ。神聖騎士団に入ってからあっという間に副隊長まで上り詰めた」
「十六で副隊長か。すごいな」
神聖騎士団は、たった50名ほどの団員で、一国を攻め落とすほどの戦力を持っているとされている。一人一人が一騎当千の強さを持ち、この前の大群進の時も大活躍をしていた。
もっとも、一人でS級魔物を三十体以上、A級魔物を千体以上倒したユーマほどではなかったが……。
その神聖騎士団で十六歳にして副隊長まで上り詰めるというのは異例の出世であった。レオの実力の高さが伺い知れて素直に感心した。
「そのレオなんだが、昔から私の後をついてきてな。従弟なんだが、私にも兄弟がいなかったし、あいつにもいなかったから姉弟みたいに育ったんだ。今でも慕ってくれていて、とてもかわいい奴なんだ。」
「なるほど」
「それでな、ここからが大切なんだが、最近、お前とよく出かけることが増えただろう」
「ああ。そうだな」
「私が夜中に戻らないことなどをずっと不審がられていてな。あまりにもしつこかったからつい言ってしまったんだ」
「えっ?なにをだ」
今まで横になりながら話を聞いていたユーマであったが、ミラの話を聞くと上半身だけ起こした。その表情には焦りの色が浮かんでいる。
「その……、お前と協力していることを。でも、お前の正体とか名前は言っていないぞ。ただ、ある男と協力して国のために動いてることは言ってしまったんだ」
「そうか……」
「すまない! 勝手なことをして。でも奴は私の弟のような奴だし、信頼できるのは絶対間違いないから」
ミラも体を起こし、そこまで言うと、心から申し訳ないという表情を浮かべ頭を下げた。初めは少し、怒りの気持ちが浮かんできたユーマであったが、ミラのその姿を見ていると、不思議と怒りの感情は収まっていった。
「わかった。ミラがそれほど言うならそいつはいい奴なんだろう。俺はお前を信頼してるから。別にいいよ。父さんもオキシール家の人間はみんな素晴らしい人格者だってよく言っていたしな。」
「ありがとう」
「ただし、これ以上は広げないでくれよ。俺は表舞台に出るつもりはないし、シリカにも危険が及ぶから」
「わかった。約束するよ」
話が終わると、二人はまた横になり、静寂が広がった。
このフロアの気温は十五度前後とやや涼しめで合った。テントの外には虫の心地良い鳴き声が響いている。
しばらく黙っていたミラが急に口を開いた。
「ユーマ、起きているか」
「ああ」
「その、少し寒くてくっついて寝ても良いか」
「ごめん。寒かったか。もう一枚毛布を出そうか?」
「いや、大丈夫だ。少し冷えるぐらいだから。その、くっつけば平気だと思う」
「ごめん気付かなかった。じゃあこっちおいで」
「うん」
ユーマはミラを近くに招き寄せた。寒かったのか、かわいそうにと思いながら。
ユーマはそばに来たミラに自分の腕を枕にさせ、密着させた。いつもシリカと寝ているときと同じ体勢だ。
「これで大丈夫か?」
「うん」
「良かった」
ミラはこれ以上ない程、顔を赤らめているが暗すぎてユーマにはよく見えない。
「そう言えば、ユーマの家ってベッドが一つしかないけど。どうしてなんだ?」
ミラはこの際、気になっていたことを尋ねることにした。
「ああ、シリカが昔から一緒に寝るのが好きでな。今も一緒に寝ているんだ」
「そうなんだ……やっぱり……」
ミラは少し考えこんだ後、
「手強いな」
と口にしたが声が小さかったためユーマには聞こえなかった。
「ごめんな。狭いよなやっぱり。今度新しい布団買おうかな」
「全然狭くないよ。私はこれで十分だから布団は買わなくていい」
「そうか」
「そう言えばミラって何か香水つけてるのか?」
「嫌だったか? 柑橘系のを付けてるんだ」
ミラは慌てて起き上がった。
「いや、いい匂いだなって思って。この前の戦いの後も思ったんだけど。なんか癒される」
「そうか。良かった。ふふっいい匂いだろ。私も気に入っているんだ」
「ああ、なんか落ち着く」
「ふふっ存分に嗅いでくれ」
ミラは香水を褒められたのが嬉しすぎて感情が高まっていた。自分の言った言葉のまずさにすぐに気づくと顔を赤くした。
「ああ。ありがとう」
ミラはユーマの横に再び寝転んだ。
ユーマはすぐに寝息を立て始めた。ミラはその横顔を嬉しそうにしばらく見つめていた。
ダンジョンで最強の力を得た俺は一般兵士Aのまま国を改革する 彼方 @neroma
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