迷彩

遠藤みりん

第1話 迷彩

 僕は一人で歩いていた。


 まだ昼の暑さが残る真夜中、どこまでも続く深い森の中を歩いていた。


 酷くぼんやりとした形の無いこの世界を終わらせる為に、僕は死に場所を探していた。


 最期を迎えるなら綺麗な景色の中が良い。

その思いから今ここに居る。


 僕はもう疲れてしまった。繰り返す毎日を目隠しされたまま生きる。そして唯、時間だけが過ぎていく。


 先日、飼い猫が亡くなった。


 同時に僕の生きる意味は完全に消えてしまった。


「もう終わりにしよう」


 僕は胸のポケットに飼い猫の写真だけを入れ、鍵を掛けないまま家を出た。



 どれくらい歩いただろうか?真夜中とはいえ今は真夏だ、身体中が汗でベタベタする。

 死ぬ為に来たのだから水なんて持ってきていない。


 綺麗な景色なんて見つからない、このまま此処で終わりにしよう。


 疲労の中倒れ、思考が途切れ始めた頃に遠くから声が聞こえた。


「おぉーい」


 幻聴だろうか?


「おぉーい」


 いや確かに聞こえる。僕は力を振り絞り起き上がり辺りを探した。


 遠くに少年が見え、声を掛けながらこっちに歩いてくる。


 子供?なんでこんな所に居るんだ?


 目の前に来た少年は僕に話し掛けてきた。


「お兄さん、こんな所で何してるの?」


 子供に死に場所を探しているなんて言えない。


「少し道を迷ってしまったんだ、君は何故こんな所に居るんだ?」


「そうなんだ、僕も出口を探すよ」


 僕の問いかけには答えず少年は歩き出した。


「こんな夜中にどうしてこんな所に来るのかなぁ?」


 少年は少し呆れた物言いだ。


「そう言う君こそ、どうして此処に居るんだ?」


 僕は少年に聞いてみる。


「まぁまぁ僕の事はいいじゃないか」


 はぐらかされてしまった。


「お兄さん、死ぬなんて考えていないよね?」


 少年の言葉に僕は焦ってしまい、返す言葉を見失ってしまった。


「やっぱりね、お兄さん真面目で優しそうだしな」


 月明かりの中、少年の少し前を僕が歩く。足場は悪く、歩く度に木の枝が折れる。


「きっと楽しい事は見つかるよ」


 少年は励ましてくれているのだろうか?


「僕は疲れてしまったんだよ、大人は色々あるんだ。」


 僕は子供に何を言っているのだろう?


 少年はふと立ち止まり夜空を見上げた。


「お兄さん見てみなよ、月が凄く綺麗だ」


 僕も立ち止まり月を眺める。


「あぁ確かに綺麗だ……ゆっくり月を眺めるなんてどれぐらい振りだろう?」


 僕は日々の疲れから月の美しさなんてすっかり忘れてしまっていた。


 不思議と少年との会話に癒されている自分に気がついた。


 二人は長い間歩き続け、夜が明け少しづつ辺りが明るくなってきた。


 子供の前ではまずい。死に場所を探すのはまた改めよう。


 僕がそう思った時、目の前に車道が見えた。森の中から抜けられたのだ。


「あっ!出口だ!よかったねお兄さん!」


 少年は声上げ喜んでいる。


 続けて少年はこう言った。


「少しゆっくり休んでさ、元気になったらまた僕と遊ぼうよ」


 また僕と遊ぼうよ?


 この言葉はどう言う意味なんだろう?僕は不思議に思い聞き出そうと振り返った。


「また遊ぶって……あれ!?」


 少年はすっかり消えてしまっていた。

しばらく辺りを探しても見つかる事は無かった。


 僕は諦め車道に出る瞬間に背後から


「ニャー」


 そう確かに聞こえた。


 僕は胸のポケットから飼い猫の写真を取り出した。


「そうか……お前だったか……ごめんな……ごめんな……ごめんな……ありがとう」


 僕は涙が止まらなかった。


 夜は明け、顔を出した太陽。


 朝日に照らされた形の無い世界。


「綺麗だな……」


 僕はそう呟くと涙を拭い、歩き始めた。





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迷彩 遠藤みりん @endomirin

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