十二章 これからもよろしくね
十二章 これからもよろしくね
ペパーとお別れしてから一ヶ月――いまだにペパーがぼくの前へ現れることはない。元どおり元気な姿になって戻ってくるのはいつになるのだろう。
後日、白川さんはアオを無事に飼い主のもとへ戻すことができたのはよかったけれど、そのあと彼女は数日、元気がなかった。短いあいだだったとはいえ、自分のペットのように可愛がっていたアオとのお別れは淋しかったのだと思う。
ぼくもペパーとお別れをした日、しばらくは淋しかったから、そのとき感じていたと思う白川さんの気持ちはわかるつもりだ。
今日は午後から白川さんと遊ぶ予定が入っている。昨日、教室で帰りの会が終わったあとに、突然ぼくの机の前までやってきて、遊ぶ約束をした。なにかサプライズ? があるらしく、それがどんなものかは、わからないけれど楽しみにはしている。
いったいなにがあるんだろう? ぼくにプレゼントかな? ショートケーキなら嬉しいけれど、でも、誕生日にはまだ早いし……白川さんは洋服が好きだから新しく買ったものを見せにくるとか? でもそれなら普通に学校へ着てきたらいいもんね。ぼくひとりにだけ見せても仕方がないだろうし。
うーん、まったく予想がつかないなぁ。彼女がくるまでには、まだ時間もあるし、それまで部屋の掃除をしながら考えることにでもしよう。
そういえば先週、気になって買った小説があった……それの続きを読むのもいいかもしれない。
コンコン。
「健斗、ちょっといい?」
ん? お母さんだ。なんだろう?
「うん。いいよ」
ドアの向こうがわから聞こえてきた声に返事をすると、ガチャっとドアが開き、お母さんが部屋に入ってきた。
「健斗、悪いんだけど、おつかい頼まれてくれる?」
「えっ! 今から? でも、これから白川さんくるし」
「たしか琴音ちゃんが遊びにくるの午後からよね? まだ、お昼までには時間もあるし、間に合うでしょ?」
「そうだけど……なにを買ってきたらいいの?」
「トイレットペーパーをお願い。さっきトイレの中を確認したら、残り一個だけだったのよ。お母さん、他にやることあるから外に出れないの。行ってくれる?」
「トイレットペーパー……うん、わかったよ。コンビニで売っているのでいいの? 薬局のほうがいい?」
「薬局は遠いし、コンビニでいいわよ。それじゃあ頼んだわね」
お母さんはそう言うと、あぁ、忙しい忙しいとつぶやきながら部屋を出ていった。
本当は、おつかいに行くのは面倒で嫌だったけど、頼まれたものがトイレットペーパーだったので、ぼくは行こうという気になれた。ペパーと出会うまでは大きくて重いし運ぶのが嫌だったのに不思議だ。
あと、公園の横も通るから、もしかしたらお爺さんに会えるかもしれない。そうしたらまたペパーと一緒の生活ができるようになる。
ペパー、早く戻ってこないかな……。
コンビニへの行きと帰りに、あの公園に寄っては見たけれど、結局、お爺さんやペパーの姿を見つけることはできなくて、それは残念だったけれど、一つだけ嬉しいこともあった。
それは黄色いトイレットペーパーを手に入れることができたことだ。たまたま新製品として店内に置かれていたのを発見して、見ていたらなんだかペパーのように思えてきてしまい、迷わずそれを購入してしまった。
全部で十二ロール入ったものなので、もって帰ってくるのは大変だったけれど、ペパーがたくさん入っているように思えて苦にはならなかった。
「トイレに置く前に少しだけもらってしまおうかな」
おつかいから帰ってきて、部屋に戻ったぼくは、家の人に使われてしまう前に何個かもらっておこうと封を開けることにした。
ビリビリと、包装されたビニールを上のほうから素手で破くと真新しい黄色いトイレットペーパーが現れた。
「うわぁ、可愛いなぁ。どれにしよう……できるだけ綺麗なものを選ぼう」
上から順に取り出したトイレットペーパーを一個ずつ床に並べていると、気のせいかガサガサという音が近くから聞こえてきた。
「ん? なんだろう……虫でもつれてきちゃったのかな?」
耳をすましてみると、再びガサガサとした音がする。
「この音……トイレットペーパーからだ!」
まだビニールに残ったままのトイレットペーパーのほうをじっと見る――と、そこから、一個のトイレットペーパーがぼくにめがけて勢いよくとび出してきた。
「ウエエエェェェェッー!」
突然のことにおどろいていると、そのトイレットペーパーはぼくの足元に落ち――黄色い紙の表面から目が現れる。
「健斗っ!」
「ぺぺぺぺ……ペパー⁉︎」
目の前にペパーが……え? え? どうしてここに……あれ? 治ったの? お爺さんはどこ? 部屋の中を見渡してもぼくとペパー以外はいなそうだ。ダメだ、頭の中で整理がつかない。でも、今ぼくの前には間違いなくペパーがいる。
「夢じゃない、よね?」
「当たり前だろ健斗! 会いたかったぞ!」
「うわあああん。ぼくもだよ、ペパー」
そっと手を伸ばしてペパーを持ち上げ頬を寄せる。フワフワとした感触が気持ちいい。
「あっ! こら、健斗! 泣くな! オイラ紙なんだから涙なんかつけられたら濡れて溶けちゃうよ!」
「え? ペパーの紙は普通のトイレットペーパーと違って特別だから大丈夫でしょ?」
「それなんだけど、今は以前のぼくとは少し違うんだよ」
「そうなの? 変わったようには見えないよ?」
「ああ、見た目はたしかに前のままさ。でも生まれ変わったときに、ぼくの身体は普通のトイレットペーパーになったのさ」
「もう、ターザンローブとかは無理ってこと?」
「そうだよ。前のように丈夫な紙は出してはあげられない……だから大切に扱ってくれよな!」
「そうなんだね……うん、わかった。身体は変わってもペパーはペパーだからね!」
どんなふうになってもペパーはペパー。ぼくの大切なペットだ。
「それと……健斗、もう一つ話しておくことがあるんだよ」
「なに?」
「すぐにわかるさ!」
ペパーはそう言うと、ぼくの手からとび出し、床に着地すると、紙をシュルシュルと伸ばしてビニールに残されたトイレットペーパーのほうを差し示した。
「紹介するよ! ぼくの奥さんと子供たちだ!」
へ?
「エエエエェェェェッー! 奥さんと子供っ⁉︎」
瞬間、ビニールの中に残っていたトイレットペーパーが順番にとび出し、ぼくの足元へ整列するように着地する。一、二……全部で四個……。
「はじめまして、ペパーの妻、ペパミです! 健斗さんよろしくね!」
「えっ! あっ! は、はい! よろしくね」
一番、右側のトイレットペーパーがペパーの奥さんなんだ……。
「健斗にいちゃん! ぼくは長男のペーターだよ!」
ぼくの名前を知っている……長男くんはしっかりしていそうだ。
「弟のぺぺーです!」
「ばぶぅ、ばぶぅ」
こんなにもペパーに子供ができていたなんて! それにしても、みんな可愛い。最後の子は、まだ赤ん坊みたいだなぁ……。
「というわけで、健斗! 少しにぎやかになるけれど、これからも、よろしくな!」
ぼくは、開いた口がふさがらなかったけれど、ペパーがこうして幸せそうに戻ってきてくれたことが、なによりも嬉しくて仕方がなかった。
それにしても、ペパーと会えなかった期間って一ヶ月くらいだったよね? トイレットペーパーって成長早くない? 普通のトイレットペーパーじゃないからかな……いやいや、まて健斗! 普通のトイレットペーパーは子供とかできないし、普通とか普通じゃないとか、あわわわわわ、なんだが、また頭の整理がつかなくなってきたぁぁぁぁ!
「健斗? どうしたんだよ頭なんて抱えて。体調でも悪いのか?」
「あっ、なんでもないよ。気にしないで、あはははは」
「変なヤツだなぁ……それより健斗、みんなに自己紹介をしてやってくれよ!」
「自分紹介?」
「そうさ。みんな健斗のことを知りたがっているぜ」
自己紹介か……それもそうかぁ……みんなはぼくにしてくれたし、返すのは当たり前だよね。
「えーと、ペパーの家族のみなさん。ぼくの名前は上野健斗です。小学三年生で、好きなものはショートケーキ。よろしくお願いします!」
ぼくの挨拶を聞いたトイレットペーパーたちは、ピョンピョンと床を跳ねている。静かだったこの部屋も今日からにぎやかになりそうだ……そうそう、あとでお母さんにも紹介しなくちゃね。
ピンポーン。
ペパーたちの動きを眺めていると、家のチャイムが鳴った。机の上の時計はいつの間にか、お昼を過ぎている。きっと白川さんに違いない。彼女が、この光景を見たら、さぞかし、おどろくだろうな……ぼくのほうに白川さんへのサプライズができてしまった。
「健斗! もしかして琴音がきたのか?」
「うん、白川さんに間違いないと思う。午後から遊ぶ約束をしていたんだよ。これからみんなを紹介してあげよう!」
「そうだな! そうと決まれば、早くむかえに行こうぜ! オイラもひさしぶりに琴音に会いたいぜ!」
ペパーはそう言うとぼくの肩へとびのった。
「アハハ、そうだね!」
白川さん、どんな顔をするかな……ものすごくおどろくだろうな。
ピンポーン。ピンポーン。
再び呼び鈴が鳴る中、ぼくは部屋のドアを開け、ペパーとともに白川さんをむかえに出た。
「はーい。いま、出まーす!」
玄関ドアを開ける――と、そこには満面な笑顔の白川琴音さんが、透き通るような青い瞳をしたロシアンブルーの子猫を、胸元に抱いて立っていた。
にゃー、という可愛い鳴き声がひびき渡る。
おわり。
ぼくのペットはトイレットペーパー かねさわ巧 @kanesawa-t
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