十一章 目撃情報! 橋に向かおう

十一章 目撃情報! 橋に向かおう


 コンビニを出て、左手を確認してみると、以前、聞かされていた動物病院の看板が目に入った。

「看板、本当にあった……」

「健斗くんってば、本当に気がついていなかったのね」

「う、うん」

 店員さんの話は、こっちの方向に走って行ったと言う目撃だけだから、周辺を注意しながら歩かないと……。

「二人とも、ここからは注意して歩いてね。もしかしたら、塀の隙間とかにいるかもだから」

「そうよね。猫には縄張りがあるでしょうから、どこか暗がりでじっとしているかもしれないし、そう遠くへは行っていないかも」

「琴音は猫に詳しいんだな」

 フードからとび出してきたペパーは、肩の上にのると、白川さんの話に反応していた。

 今さらだけど、よくバランスを崩さずに上手にのれるものだなと感心する。普通ならトイレットペーパーを肩にのせるのも難しそうだけど、どうやってバランスを取っているのだろう。

 家と家の隙間や塀の上などに気をつけながら百メートルくらいの距離を歩いていると、黄色い三角屋根が見えてきた。

「健斗くん、あの黄色い屋根の建物が動物病院だよ」

 白川さんが指を差すその建物は三階まであって、ちょっとおしゃれな一軒家のような造りをしている。それはぼくのイメージしていた病院とはかけ離れていた。

「あれが見えるということは、白川さんのお母さんがアオを逃してしまったのは、ちょうどぼくたちが今いるこの辺りなのかもね」

「健斗、ここまで注意して探しては見たけど、猫は一匹も見当たらなかったぜ? このまま先に進むのか?」

「うーん。どうしよう……」

「とりあえずスマホで目撃情報が届いていないか確認してみるのはどう? もしかしたらなにかあるかも」

「琴音の言う通りだ。健斗、スマホを確認してみよう」

 白川さんとペパーの言う通り、前回の確認から少し時間もたっているし、店員さんが見かけたくらいだから、他の誰かも目撃しているかも……。

 ポケットからスマホを取りだしてみると、画面に着信の文字が表示されている。

「あれ?」

「どうかしたの?」

「うん……なんか着信があったみたい……って、これぼくの家からだ! まったく気がつかなかったよ」

「もしかして、着信音がオフになっているんじゃないの? ちょっと貸してみて。わたしのと同じ機種だし、見たらわかると思うから」

 スマホを手渡すと彼女は慣れた手つきで操作を始める。画面をのぞき込むと、見たことのない表示がたくさんあった。

「あっ! やっぱり着信音が鳴らない設定になっていたね。でも振動でわかるようには、なっているみたいよ? 気がつかなかったの?」

「わからなかったよ」

「振動の設定が弱いのかなぁ……変えてもいい?」

「うん、まかせるよ。ぼくはまだスマホには詳しくないんだ」

「それじゃあ変えちゃうね。えーと……はい! これで大丈夫だと思う。着信が何回もあったみたいだし、電話してみたほうがいいんじゃない?」

 たしかに気になるので電話をかけ直そうとしたら、突然、ブーブーと勢いよくスマホがふるえだした。

「わわっ! あっ! 家からだ」

「早く出たほうがいいよ」

「う、うん」

 急いで画面に表示されている着信のマークを押して、耳にあてると、お母さんの声が聞こえてきた。

『健斗? なんども電話したのよ。気がつかなかったの?』

「ごめんなさい。ポケットに入れていたのだけれど、気がつかなくて。どうしたの?」

『ほら、健斗が連絡先を渡したコンビニの店員さんから電話がきたのよ。保護することはできませんでしたけど、お探しのアオちゃんらしい猫を見かけましたって』

 そういえば、さっき家に連絡を入れたと言っていた。

「それなら、少し前にその店員さんに会って話を聞いたところだよ。それで今、アオを追っているんだ」

『そうだったの。くれぐれも無茶だけはしないようにね』

 お母さんは最後に、なにかあればいつでも連絡してきなさいとだけ伝えて電話を切った。

「お母さんはなんて言っていたの?」

「店員さんから連絡きたって。あとは無茶しないようにだって」

「健斗くんのお母さんは、やさしいね」

「そうだね」

「なあ、健斗。猫の情報、確認しなくていいのか?」

「あっ、そうだった」

 そのためにスマホを取りだしたんだった……ぼくはアオの情報に目を通すと、そこには新しい情報が届いていた。

「灰色の猫を橋の近くで見ましたって書いてある! あっ! 写真ものせてくれているよ」

「本当だぁ! この写真、アオちゃんに間違いないよ」

 白川さんも自分のスマホで確認していたようで、ぼくの言葉にすぐ反応をしてきた。

「でも、どこの橋だろう?」

「あれ? この写真……橋の奥をよく見て!」

 白川さんは、そう言いながら自身のスマホをぼくの顔へ近づける。

「ん? 橋の奥……なにかある?」

「もう! ほらここ、この黄色い屋根に見覚えない?」

 彼女はそう言うとスマホの画面を指差した。そこには、ぼくたちの目の前にある黄色い三角屋根と同じ色と形をしたものが写っている。

「あっ! これって!」

「うん。この写真を見た感じだと、この動物病院をさらに奥へ進んだら、ここに写っている橋があるに違いないわ」

 ぼくは自分のスマホでもよく確認してみる――と、この情報の届いた時間が目についた。そこにはお昼の十二時と表示がされている。

 たしか公園でお昼を食べ始めたのは午前十一時過ぎ……ということは……。

「白川さん! 今は何時?」

「え? あっ、うんと、もうすぐ十二時十五分になるところだけど」

「この橋の情報、十二時ちょうどに届いているんだよ!」

「まだ、そんなに時間はたっていないね。健斗くん、行こうよ!」

「うん、まだ橋の近くにいるかもしれない。急ごう!」


 動物病院から、まっすぐ道なりに進み、角を曲がると目の前には小さめな橋が掛かっていた。間違いない、画像で見たものと同じ形をしている。

 ここまで足を運ぶのは、はじめてだから目に映る景色が新鮮で、ちょっと嬉しくなってしまった。白川さんもこの橋のことは知らなかったようだから、きっと同じように思っているのかも知れない。

 下には川が流れているけれど、どこに繋がっているのだろう。

「健斗くん! 見て!」

 白川さんが声をあげながら、橋のほうへと指を向けた先には、全身が灰色の毛をした猫がいる。やっと見つけた、間違いない……。

「アオだ!」

 アオはピョンと橋の柵にとびのると、こちらをじっと見つめたまま動かないでいる。

「健斗! 逃げられないように、そうっと近づくんだ!」

「わかった。ぼくが先頭に行って捕まえてみるよ」

「まって健斗くん。わたしが先頭で行ったほうがいいと思うの」

「たしかに、この中では琴音に一番なついているもんな。オイラは健斗の肩で待機している」

「わかったよ、白川さん。お願いしてもいいかな? ぼくたちも後ろからついていくから」

 彼女は真剣な表情で黙って一度だけうなずくと、ゆっくりとアオのほうへと歩きだした。

「アオにゃーん。にゃにー、にゃにゃにゃぁぁぁ」

「⁉︎」

 白川さんは突然、猫の鳴き真似をしはじめた。

「健斗……だ、大丈夫かな……オイラ不安になってきた。琴音、猫の真似うまくないぞ……」

「だ、大丈夫だと思う。ぼくたちも刺激しないよう、ゆっくりと近づこう」

 あとをついていくように、静かに前へ進むと、いつの間にか白川さんはアオの手前まで距離をつめていた。

 ゆっくりと自然に、刺激しないよう手を前に伸ばす。そのあいだも彼女の口からは、にゃー、という声が止まることはない。

 あと少し……あと三十センチ……もうすぐ……白川さん、いけー!

「バウッ! バウッ!」

 彼女が一気に手を伸ばした瞬間、突然、近くの家から犬の鳴き声がしたと思うと、それにおどろいたアオが柵の上でとび跳ね、橋から落ちてしまう。

「アオちゃぁぁぁぁん!」

 白川さんの叫ぶ声が辺りにひびいた、そのとき――ペパーがとび出しシュルシュルと黄色い紙をはき出す。

 その紙はぼくの目の前に舞うように浮いている。

「健斗! オイラの紙をつかむんだ!」

 ペパーの声に、ハッとしたぼくは、黄色い紙を力強くにぎる。

 ペパーの身体はシュルシュルと紙をはき出し、回転しながら橋の下へと落ちていく。

「ペパーっ!」

 ぼくは紙をにぎったまま橋の柵まで走り寄り、下をのぞく――と、そこにはペパーの黄色い紙でぐるぐる巻きにされたアオが宙ぶらりになって揺られている姿が目に映った。

「よかったぁぁぁぁ、わぁぁぁぁん」

 白川さんがぼくのとなりで泣きながら地面にぺたんと座りこんでしまった。

「今、引き上げてあげるからね!」

 紙が切れてしまわないように、慎重にアオとペパーを引き上げる。

「よいしょ! よいしょ! あと少し……わわっ!」

 手元まで引き上げた瞬間、ペパーの紙がちぎれる――。

「キャッチ!」

 ぼくの真横から手が伸びてきて、落ちそうになったアオとペパーを白川さんが両手でキャッチする。

「ふぃー、あぶなかったぁぁぁぉ。ナイス白川さん」

「エヘヘ……良かったぁ」


 猫の身体に巻きついていた黄色い紙を剥がすと、白川さんは、アオをギュッと抱きしめたまま涙を流していた。

 これもペパーが、とび出してくれたおかげだ……ってそうだペパーは……。

 肩に戻っている感じはしないので、足元を見渡してみると、そこにはトイレットペーパーの芯だけになり、痩せ細ったペパーがアスファルトの上で横に倒れていた。

「ぺ……パー? ペパー! おいっ、しっかりしろよ!」

 ぼくは急いで落ちているその芯を拾いあげ、手の平の上で動かないでいるペパーへ必死に呼びかけた。

 ペパーの反応がない……。

「健斗くん……え? それって、ペパーちゃんだよ、ね?」

 アオを抱いた白川さんが声をかけてくる。

「うん、ペパーだよ……呼んでも反応してくれないんだ」

 どうしよう! どうしよう! どうしよう! と頭の中が混乱していたそのとき――しゃがみこむぼくの影に大きな影が重なった。

「フォッフォッフォッ。元気だったかい?」

 どこかで聞いたことのある声に振り返ると、そこには公園のトイレで助けたお爺さんが立っていた。

「おや? そうでもないみたいじゃな」

 仙人のような格好をした長く白いあごひげのお爺さんは、ぼくの顔を見るなり、そう言ってきた。

「お爺さん! ペパーが! ペパーが動かなくなっちゃったんだ!」

「ふむ。どれどれ、ほぉ……これはまた、ずいぶんと……全部紙を使ってしまったようじゃのう……」

 お爺さんは手の平にのったペパーを、じっと眺めながら口を開いた。

「トイレットペーパーの紙はなくなってしまったらおしまいじゃ……だから大切にするんじゃと言ったじゃろ」

「うん。でも……」

「お爺さん。わたし、琴音って言います! ペパーを助けていただけませんか! ペパーはアオちゃんを助けるために、こうなってしまったんです」

「フォッフォッフォッ。そうじゃのう……よかろう」

「「本当!」」

「じゃが……今すぐには無理じゃ……どれだけ時間が、掛かるかはわからないぞ? それでも構わんかな?」

「はい……」

「もしかしたら、何十年もまつことになるかも知れないぞ?」

「それでも……ペパーが元気になってくれるのなら……お願いします」

「わかった。こちらに渡しなさい」

 ぼくは、ぐったりとしているペパーをお爺さんに手渡した。

「ふむふむ。ペパーという名前までつけてもらって、たくさん遊んでもらえたようじゃのう……」

「ニャー!」

「あわわわわ⁉︎」

 お爺さんと話していると、唐突に目の前がなにか温かくてもふもふしたものに覆われた。

「ま、まっくらでなにも見えないんだけど⁉︎ お、おいジタバタするな! なんなんだこれ!」

「健斗くん!」

 白川さんの声と同時にまっくらな視界が元に戻って、橋の景色が目に映った。

「ごめんなさい。アオが突然あばれて」

「だ、大丈夫だよ……それでお爺さん、ペパーのことなんですけど最後にっ……て、アレ? いない……」

「健斗くん! お爺さんが消えちゃった!」

 初めて会ったときと同じだ……あのときもお爺さんはいつの間にか消えて……あぁ……ペパーにお別れの言葉が言えなかったな……。

 でも! また絶対に会える! まっているからね、ペパー。戻ってきたら一緒に苺を食べよう……。

「白川さん。アオも無事に捕まえることができたし、お母さんたちも心配しているだろうから、帰ろう」

「う、うん……でも」

「どうしたの?」

「……ううん、なんでもない。そうね、帰りましょう」


 白川さんを家まで送ると、彼女のお母さんが家から出てきて、ぼくになんども、ありがとうと言ってきた。

 帰りぎわには、お礼といってケーキの入った箱をぼくに手渡してくれたので、それをもって家に急ぐ。

 自宅の玄関を開けると、お母さんがまっていてくれて、ぼくはケーキを手渡しお風呂に入ったあと、部屋でゆっくりすることにした。

 いつもの自分の部屋だけど、どこかぽっかり穴が空いた感じがする。この部屋にペパーがいないというだけで、こんなにも静かだなんて……。

「ペパー、また会えるよね……」

 ベッドの上で休んでいるとだんだん、まぶたが重くなってきた。今日は朝から歩き回ったから疲れたなぁ……。

 なんだか眠くなって……ケーキ……なんだろう……ショートケーキだったらうれし……い……ペパー……。

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