三束目 二週目。やり直しの初等部時代

第十三輪〜歯車を嵌める

 キディはしばらく経って、なるほどね、と渋い顔を見せた。七歳の見せる顔では無いが、精神年齢で言えば私よりもずっと年上だ。ある意味納得もできた。


 キディは何かを察したのか、私に微笑んだ。


「まずはテオのお父さんから……かな?」


 実質、協力をする宣言だった。


 そしてキディは丸めた紙を片手に、庭に降りない?と聞いてきた。動きたがりなものだから、ずっと私の話を聞いているのは退屈だったのだろう。私は苦笑いを零しながら頷いて、手ぶらでキディについて行ったと思う。そうして、庭についてからキディは、ぽんっと私に紙を投げたんだった。


 私とキディはいつものようにチャンバラを始めて、これからの事を思考し始めた。

 キディが言うには、契約した理由がなんにせよ、血液を父にあげることはオススメしないとの事だった。アンの時なぜそうしたかはさすがに思考のトレースが難しいが、そもそも精霊の血液をあげること自体もリスキーなのだと言う。


 悪魔の血に侵食されきった人間の身体に精霊の血液を与えると、血が燃える感覚とともに、酷いとそのまま死に至ってしまうらしい。悪魔に魂こそ取られないが、どの道早死することには変わりないそうだ。アンの場合は恐らく、そこまで侵食されていなかったが故に英断したのだろう。


 キディが現時点で忌避したくなる存在だということは、それだけ死と隣り合わせでもあるのだ。


 キディは悩みに悩んだ挙句、私に問うてきた。シュベルを頼るのはナシなのか、と。


 キディは確かに精霊や妖精の知識には長けているが、だからといって無条件に契約者を救うのは気に食わないらしかった。私が望むなら何とかいい方法を探すが、結局のところ、証拠をかき集めて国に突き出してしまうのが一番いいのではないか、とのことだった。


 私としては正直、父がどうなろうとどうでもよかった。キディの手で殺めさせるのはさすがに気が引けるため、最終的にはシュベルに協力を仰いでから、父を契約者として国に突き出す方針に決まった。


 しかしながら、七歳のシュベルに、私のように記憶があるならまだしも、ないのであれば今頼るのは得策では無いという意見も出た。

 確かに、キディの精神年齢は人間として生きた期間は少なくとも高いはずであるし、だからこそ年の功を頼れる訳だが、シュベルに頼むのは酷だ。それほどの力もなければ、協力も望めないだろう。


 同時に、一周目では考えなかったことをキディに提案した。それは、少し無理をしてでもエルドラーダで話さないか、というものだ。


 キディはエルドラーダを聞き取れはするし、意味も理解している。それは私がエルドラーダで話していても会話が成立していることから判明している。

 聞けるなら、発音も可能だ。例えアールの発音が抜けようとも、訛りだとして流してしまえばいい。多少聞き取りづらくとも理解は出来る。文章で話すのが厳しいのなら、単語単語で話してしまえばいい。


 キディは特に渋る様子もなかったが、単語単語で話すことには首を傾げていた。どうやらそのように話す概念自体を知らなかったらしい。周りは腐っても貴族ばかりで、内心はともかく表面上は丁寧な話し方をする者しか居ないせいで、恐らくその話し方以外は無いと思っていたのだろう。前世で話したことのあるという子も貴族だったらしい。


 私は慣れないながらに実践して見せた。弟がよくやる話し方だった。助詞や過去形、否定形が苦手だと言うから、動作も入り混ぜて見たらどうだと提案した。単語が咄嗟に出てこないことについては、簡単な言葉で置き換えてしまえばいいとも話した。


 キディは納得し、練習するよ、と言ったと同時に、私にはこれまで通りにエスパニャーダで話したいと言った。作戦会議をする度にまどろっこしい話し方をして長引かせるのは得策ではないから、必要の無い相手には慣れた言語で話したいのだそうだった。


 当時はそう言ったが、おそらく彼は私との異言語対話を捨てたくなかったのだと思う。シュベルはエスパニャーダを話せるし分かるけれども、シュベルにはエルドラーダを使っていた。


 細かい理由は分からないのだが、例の寂しがり、なのだろうと私は踏んでいる。許されている特別感が欲しかったのかもしれない。


 今でも私たちは異言語対話を続けている。背中を押す時には、エルドラーダを使ってくれたりするのだけれども。


 チャンバラの結果は、見事全敗だった。そもそも、話しながらチャンバラをしても平気そうな辺りが今考えても本当に化け物なのだが、それが元精霊補正なのか、そもそも身体のポテンシャルが高いのかは不明だ。言語能力のほとんどを身体能力に割り振ったのかもしれない。


 閑話休題。


 未来への布石を打つ一方で、キディは私の現状にやはり疑問を抱いたようだった。本当か否かと言うよりも、何故そうなったのか、という点でだ。


「時間を操る神様がいるのか、それとも──」


 キディは悩ましげに唸り声を上げていた。私は神学については知識がないため、その辺のことはよく分からなかった。キディはすぐさま精霊を使いに行かせて、原因調査をはじめた。


 キディが考えているものには三つあった。

 一つ目が、神様の干渉。キディの死がトリガーになったのか、悪魔の死がトリガーになったのかは分からないが、どちらかの死を無かったことにするために行われた。

 二つ目が、他人の干渉。他人が悪魔に、「私自身の記憶を保持したまま時間を巻き戻してくれ」と頼んだ場合。

 三つ目が、私自身の干渉。記憶があるよりもずっと後の私が、キディが命を落とした直後までの記憶を持って、悪魔と契約した場合。


 三つ目である可能性は、キディとしてはあまり考えていないようだった。私には相変わらず多くの精霊がついていたし、何より魔法が好きな私が魔法を手放すような真似をするとは思えないらしかった。


 そして早々に、神様からの干渉であることも、否定されることとなる。

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鈴蘭をもう一度 著者:テオドール・ヘルキャット 干月 @conanodo

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