第十二輪ー終わり、始まる2
結論から言えば私の魔力吸収作戦はキディの目論見通り成功した訳だが、それでもってはい、悪魔を倒せてハッピーエンド、とは残念ながらならないのである。
精霊は魔力が枯渇したら死ぬが、悪魔はそうでは無い。悪魔の原動力は魔力に宿っている訳では無いからだ。魂を喰らい、悪意を餌に行動する。
この時点でお分かりかと思うが、力をつけさせない為にもシレーネの魂を取られるわけにはいかなかった。私とアンはシレーネを庇うことを最優先にしなければならなかった。
というのは特にこうだとキディに説明された訳では無いが、恐らくそうだったのだろうと思っている。
成功はしたが、私は結構なダメージを食らった。そもそもどれくらいあったか分からない魔力を全て吸収するなど無茶なのだ。悪魔と精霊の魔力になにか差があるのかどうかは分からないが、まともに動けなくなったことには違いなかった。
ここからは少々記憶が覚束無い。と言うよりも、光景を見ていられるだけの余裕が私の身体になかった。
分かっているのは、キディが私を庇って殺されたことだけである。
と言っても、初めに話した通り、完全なる敗北ではなかった。キディが必死に突き出した剣は恐ろしいほどに正確に、ロベリオの心臓を刺した。間違いなくキディは英雄であった。と、同時に、間違いなく私の何かを喪失させた。
殺されたとは言っても、キディはロベリオの爪に刺されてから暫くは意識があった。私は光魔法を使おうとしたが、結果は分かりきっていた。悪魔を殺したとは言えど、すぐに精霊が集まってくるわけなどないのだ。その事を私よりも何故か冷静だったキディが察知して、私を止めた。
魔法を使うと、アンが最悪死ぬことになるから、と告げて。
キディはアンに血を分けているため、アンにもある程度の能力が譲渡された。そして魔力も、である。
だが精霊は魔力を使い果たせばそこで命尽きてしまう。死にかけている人を回復するのに、膨大な魔力が必要なのは分かりきっていた。
同時に、キディはもう既に魔力を使い果たしていたのだろう。あれだけ膨大な魔力を飲むために必要だった魔力量なんて、想像するに難くない。なんなら私は、既にこの戦の前に、一度魔力を使っていたのではないかとも思っている。
もとより、命を散らす気でいたのだろう。自分の身を持ってしてでも、守りたかった未来があったのだろう。そう考えなければ私はきっと壊れてしまうから、そういうことにしておく。理由なんて分かりやしないのだ。
私は、アンを取った。婚約者を犠牲にしてまで助けるほど、私は非情にはなれなかった。キディが望んでいないことも知っていた。
キディは私の選択に満足そうに笑って、大好きだと伝えて目を閉じた。それが、一周目における私とキディの最後の会話だった。
帰り、私は大層荒れていたと思う。誰とも話したくなかった。暴力こそ振るわなかったが、いま改めて振り返ると、その姿は父と瓜二つだった。悲しいが、血は争えないものだ。
誰とも話したくないと願った結果、私は研究室に引きこもることにした。もはや研究室が私の帰る場所となっていた。腹が空くのも忘れて、私は布団に潜った。気が済むまで泣いた。そして、気が済んだとも思う間もなく、私は気絶するように眠りに落ちた。
目が覚めると、泣き腫らした朝だとは思えないほど、身体はやけに軽く、目元に独特の違和感もなかった。そして、消していなかったはずの明かりが消えていることに気がついた。窓の外はまだ暗いが、月明かりが差し込んでいる。気が荒み過ぎていて月が出ていたかどうかすらも覚えてはいなかったが、少なくとも、研究室の間取りならばありえない位置から月光が差していた。
寝起きにしてはよく回る頭は、現在地を即座に割り出した。最近は帰っていなかったとは言えども、十何年と過ごしてきた場所だ。自宅であるということに気づくのはそう遅くはなかった。
私は身体を起こし、そこでまたひとつ違和感に気付いた。ベッドが高いのだ。本来腰かければ床に着くはずの足が宙に揺れている。私はまず、部屋に置いてあるはずの日記帳を探した。
日記帳は思っていた通りの場所にあった。ずっと同じ場所にしまっていたのだから当然だ。私は月明かりに照らして、一番最近書かれた日付と、内容を見た。日付には年は書いていなかったが、カレンダーを見ればすぐに分かった。
時間が巻き戻ったのだ。
私は深く考えることをやめて、すぐさまその結論に至った。
現実逃避に近かったのかもしれない。親友を失い、気がどうかしているのを、神様が見かねて助けてくれたのだと、私は信じる他なかった。もっとも、私を助け出したのは神様では無かったのだが。
私は朝日が昇り、部屋の外から物音が立つのを待った。家のものは誰も信用出来ないが、日記の内容からしてキディやシュベルと既に知り合っていることはわかっていた。私のように記憶があるにしろないにしろ、強力な協力者になってくれるだろうと信じていた。
私は準備をして、まずキディに会いに行った。お触れを出すのが礼儀だが、その時にはもうお互いの家族とも顔見知りだったものだから、いきなり訪れようと何も言われなかった。
キディはなんの約束もなく訪れた私を少し驚いた顔で見たが、父か母と何かあったのだと思ったのか、特に何も言わずに私を家にあげてくれた。
私はその時、色々な意味で安堵していた。
キディが生きている。あれはやはり悪い夢だったのだ。夢にしてはあまりに長かったけれど、きっとそうに違いない。
私は見た夢として、キディに全てを話した。キディは終始怪訝そうな顔をしていたが、前世の話をすると目の色を変えた。バレたとてどう、ということは無さそうだったが、いささか居心地が悪そうに見えたのは恐らく勘違いではなかったのだろう。一周目で明かされた際も言う必要がなければ言わないというスタンスであったし、どこか人間であることに固執しているようにも見えたから、精霊として扱われないためにもあまりバレたくはなかったのだと思われる。
キディは私の話を聞き終えたあと、何かを考え込み始めた。自分の死を知らされても特に反応はなかったが、私の挙動には何か思うところがあったようだ。
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