第十輪〜終わり、始まる

私達は、容疑者候補全員を一箇所に集めた。シュベルに頼み、会場を用意してもらったのだ。


キディはやたらとソワソワしていた。シレーネが見つからずに、本当に成功するのかどうかを不安に思っていたのだという。


しかしその心配も、杞憂に終わる。


シレーネにとって私はよっぽど消しておきたいやつだったのだろう。バルディオがアンを口説いていたため、アンに助け舟を出したところ、まさかの向こう側から接触してくれた。


これ幸いと、シュベルが場の空気を、すぐさま推理ショーに持って行った。あの手腕はなかなかのものであった。やろうと思ってできるものじゃない。


当時のことを思い出すと、私は相当緊張していたのだろうと思う。辺りの記憶がほとんどないのだ。マルゲン卿やアンも証言台に立ってくれていたのだが、全くもって何を話していたのか覚えていない。


覚えていることで言うと、ルドベック卿が助け舟を出してくれたおかげで、シレーネが罪を認めたことくらいのものである。


シレーネはまるで役者かのように高笑いを初めて、ピエロのように語り始めた。


「平和な世の中は退屈だから、刺激を与えてやったのよ。ああ、なんて優しいんでしょう」


こんなふざけたことを抜かしていた気がする。


ベイ殿下はと言えば、信じられないものを見るかのようにシレーネを見つめていた。姉を裏切られたキディからしてみれば嘲笑物だったろうが、少し同情してしまった。


そして、この辺りだったと思うのだが、衝撃の事実が判明した。キディがシレーネを視認できていなかったのである。


精霊は悪魔に弾かれるだけでなく、どうやら見えすらしないらしい。相当悪魔の血がシレーネに巡っていることもそこから感じ取れた。


キディは基本慈悲の人である。アンにも慈悲の手を差し伸べたことからもそれはわかるかと思う。

そのため、アンにはもしかしたらという懸念は多少なりともあったらしい。もっとも、この件に関しては有り得ないと本人が断言していた。国からも、見つけ次第即処刑せよとの命令が入っていた。


精霊の血は、貰った人間にもほんの少しだけ受け継がれるらしい。キディはいくらなんでも見えない人間の心臓に的中させるのは無理だと判断していた。


キディの前世は土地聖霊であるという話はもうしたかと思う。どうやら、前世の能力自体も、キディは見事に受け継いだようだった。

キディの能力は、サイコキネシスだった。


※サイコキネシス 手を触れずともものを動かせる超能力


その能力が、弱くなったとはいえ、アンも使えるようになったのである。キディはアンに指示を出して、カップの破片を操らせていた。心臓の真下だ。


アンはプロではないため、多少はブレていたが、それもキディは計算済みだったのだろうか。


シレーネが動く前に、キディは剣を投げた。否、サイコキネシスで動かしたそうだから、投げた訳では無いのだろうが。


結果剣は見事にシレーネの心臓に刺さり、シレーネは倒れた。あまりに呆気なかった。


そこに現れたのは、ロベリオという悪魔だった。


シレーネの魂を回収しに来たであろうロベリオに、キディは個人的な恨みがあるらしかった。前世の親友を、その悪魔に殺されたらしい。


悪魔自体は実を言うとそこまで害はなかったりする。人間界には召喚者がいなければやって来れないし、人間界を征服したいと思う悪魔の数も少ないからだ。しかし悪魔を呼び出してしまうと途端に悪魔は害悪な存在になる。悪魔は悪意を持つ魂を欲し、それを得るために国一つ、世界一つを潰すことを厭わないためである。


ロベリオは悪魔にしては大分強い方だったらしい。シレーネの国征服を叶える一歩手前まで行ったのだから、確かに納得はできる。どころか、エジンドーラの革命はこの悪魔によって引き起こされたのだから、なんともやるせない。


一方でキディは、本人は大したことは無いと言っていたが、相当な実力者だったのでは無いだろうか。土地聖霊はその名の通りその土地に居座るが、その分その土地から出ることが出来ないため、移動範囲が制限される非常に厄介な性質がある。

そのため、前世ではロベリオを封印するまでしか叶わなかったらしい。封印まで持って言ったこと自体が素晴らしいが、召喚によって封印が解けたことを考えると、そこまでの威力は発揮できなかったのだろう。


結論から言えば、優勢とも劣勢とも言えない状態であった。シュベルの指示の元他の騎士も動いていたが、防衛戦になりつつあった。悪魔がいるせいで魔法が使えないのである。


ロベリオは縦横無尽に攻撃し、キディは動き回って攻撃を跳ね除ける、というのが主だった。キディの体力を減らそうとしていたのだろう、事実少し時間が経てば流石に微かに息を切らしてもいた。微かに、でしかなかったが。


そう、微かに、でしか無かったために、ロベリオは痺れを切らした。何を撃とうとしたのかまでは分からないが、私に向かって何かを撃とうとしたのは分かった。

私には魔法が使えず、また、盾で弾けるとも思わなかった。絶体絶命の危機だ。


キディは私を庇いには来なかった。それはそうだ。物理的攻撃ならともかく、魔法攻撃を剣や盾で跳ね返すのは到底無理だ。


その代わり、キディはなかなかな無茶振りを私にして見せた。魔力だか魔法だかどちらだったかは忘れたが、まるごと吸収しろと言うのである。


間違いなく魔法だ。そして、私には魔力も無ければその魔法の名前も、術式も、何もかも知らなかった。

とはいえ、火事場の馬鹿力を信じたとでも言うべきか、不可能だと考える余裕すらなかったと言うべきか。私はキディに言われるがままのことをした。


今思い返すと、キディが魔力を所有しており、私の撃つ魔法が分かりきっていたから成功したのだろう。私たちは術式を唱えることやそれに変わった動作を行うことで精霊に魔力をくれと頼む訳だが、精霊に初めから伝わっているのなら術式や魔法名を知らずとも何とかなってしまうのである。実を言ってしまうと魔力さえ貰えればいいので特に術式を覚える必要すらないのだが。仲間を巻き添えにしないために術式を話すという説もあるが、相手にも知られて対策されてしまっては元も子もないので、そこは様式美、というものである。

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