第19話 間の悪い届きもの
……そんな聞き方は狡いでしょうに。
「オスカーの妻になるのが、本当に嫌でしたら……そもそも仮初の夫婦自体お断りしますよ。」
「……、っ!」
勢いよく顔を上げるオスカー。
ショゲ茸の効果はどこに行ってしまったのかしら。いえ、そもそもひと齧りもしていないのでしたっけ?
「正直なところを申し上げれば、私のあなたへの想いはまだ愛や恋と呼べるものかはわからないわ。それでも、先ほどの互いに尊重し合える関係でありたいという想いは本当だもの。いきなり様変わりするのは戸惑うかもしれませんが……少しずつ、私たちのペースで歩み寄らせていただけませんか?」
「……っ、……!ああ、もちろんだとも!」
「ふふっ。」
愛や恋と呼べるかわからないと言った時の肩を落としたしょんぼり顔や、その後の言葉で生気を取り戻した様相はまるで子どものようで、思わずくすくすと笑いをこぼす。
「とはいえ、領土のためにできることはこれからもやらせていただくわ。魔道具学を取り上げられるわけにはいきませんから。」
「君から君の生き甲斐を奪うわけがない。……それが私の愛するこの領土をより良くしてくれるものだというのなら、尚更だ。」
深い頷きと共に、その手が私の横髪を梳く。
初めて会った時のあの悪臭はどこにもなく、落ち着いた香りが鼻腔をくすぐった。
「……今のオスカーなら、香水も似合いそうよね。墨木と唐紅柑を掛け合わせた香りとか。」
「そんなものも作るのか、君は?」
「ええ。勿論魔道具としてでない通常の調合も出来るけれど、魔石とうまく掛け合わせればその人の魔力の……体調の状態に合わせて上手く香りが変わる仕組みもできるの。今度プレゼントさせてちょうだい。」
「楽しみにしている。……君が贈ってくれるものならきっと、どんなものでも私の宝になるだろう。」
「そこは機能と性能に対して色眼鏡のない正当な評価をしてちょうだい。」
「ム、努力しよう……。」
言い合いめいた内容でも言葉の調子はやわらかく。抱きしめられるのに近い体勢だった顔の距離は、さらに近づいていく。
あと少しで距離が零になるかと思ったその時。
「カナン様〜、……あれ、どこにいらっしゃるでしょう?依頼されていました器材が届いたのに……」
「!!なんですって!?!?」
「っ??」
廊下の方から聞こえてきた小さな声に勢いよく立ち上がる。オスカーが毛を逆立てて目を白黒とさせているけれど、それどころではありません。
「湿気管理用のデシケーターが届いたですって!?アレがあれば素体の安定保管だけでなくて魔法石を使えば一定の湿度も保てるから、毒素の軽減や効果拡大の研究も進むはず……!さすが国!仕事が早いじゃない!」
「か、カナン……?」
「あっ、すみませんオスカー。はしゃいでしまって。国が研究設備を揃えてくださるっていうから依頼していたものが届いたようなの。設置と稼働確認をしてくるから、一度席を外させていただきますわ。」
「……、…………。…………分かった。」
想像の百倍くらい重苦しいけれど、首は縦に振られたものね。ならこうしてはいられないわ!一礼をして部屋を飛び出す。さっき私を探していた女中はどこかしら?
「…………オスカーさま。」
「なんだ、……マルゥ。」
「ちゃんとさっきの言葉、守ってあげてくださいね。カナンさまから、魔道具学を奪わないって。」
「………………当たり前、だ。彼女の、生き甲斐、……なのだから……。」
残された部屋での会話も、最後に丸ごと一つのショゲ茸を口に放り込まれたような顔をしていたオスカーのことも知らぬまま。
私は足取り軽く新たに届いた実験器材の元へと向かうのだった。
「ふふっ、趣味のため、領土のため。オスカーさまのためにもますます頑張らなくちゃね!」
魔道具家カナンの辺境伯嫁入り奮闘記 仏座ななくさ @Nanakusa_Hotoke
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