第3話

「まさか小鳥遊くんが来てくれるとはな。もう二度と来ないと豪語していたのに」


 キッチンで紅茶を入れながら、片桐教授はそう言って笑う。私と王理くんはキッチン前のダイニングにあるテーブルの椅子に腰掛けながら彼の背中を見つめていた。


「できれば来たくなかったですよ。まったく、誰のせいでこうなったと思ってるんだか」

「はは……でも、元気そうでよかったです。一週間も音信不通だったので心配しましたよ」

「すまなかったね。現在、リバースワールドでは通信障害が発生していてね。あと一週間ほどで復旧予定ではある。二週間くらいであれば、連絡しなくても大丈夫かと思ったのだが、そうでもなかったみたいだね」


 教授はキッチンからダイニングへやってくると私たち二人の前に紅茶を置き、向かい側の席へと腰掛けた。私たちは紅茶を飲んで一息つく。ホッとしたところで飲む紅茶は最高に美味しい。全身に行き渡る温かみに心地よさを感じた。


「当たり前ですよ。5月と言えど、研究が滞るのは嫌ですから。いつ成果が出るのかわからないんですよ。それに私たちだけでなく、4年生の子たちも困っていました」

「みんな研究熱心だね。それは良いことだ。今度からは注意するよ」

「それにしても、どうして通信障害なんて起こったんですか?」

「原因はリバース・ワールドに設置された人工太陽の破壊だ。壊れた際に破片が地上に降ってきて、島に敷かれた電線を断線させてしまったわけさ。それで、この島全体の通信がやられてしまってな。自動車もロボットも動かなくなってしまったわけだ。今は専門の人たちが復旧作業を行ってくれている。直るのは時間の問題だ」


 ここに来るまでに目にした『半壊した家』や『道路にあるクレーター』は人工太陽の破片が落ちたからだったのか。教授に怪我がなくてよかった。


「島の住人に怪我はなかったんですか?」

「特に聞いてはいないから、おそらくないだろう。私らにとっても唯一の救いだったよ」

「「救い?」」


 私は教授の言葉が気になり、思わず聞き返してしまった。王理くんも同じだったらしい。


「実はな、人工太陽を破壊したのは私たちなんだ。本当に参ったものだよ。はっはっは」

「笑っている場合か!!」


 教授の言葉に我慢ならず、勢いよく椅子から立ち上がる。王理くんは私を止めようとお腹に抱きつき、牽制する。まさか原因が本人にあるとは思いもしなかった。それで一週間も連絡をサボるとは本当にどうしようもない人だ。人工太陽の破片の落下に巻き込まれればよかったのだ。


 私の怒りに反応してかリビングのドアが静かに閉まる音が聞こえる。教授と一緒にいた二人の研究員が盗み聞きしていたらしい。ついでにあの二人も巻き込まれればよかったのに。


「まあまあ。そう怒らないでくれ」

「怒らないでくれって、誰のせいでこうなったと思ってるんですか! 無理してここまでやってきた私の努力を無駄にしやがってー!」

「すまんすまん。お詫びと言ってはなんだが、君たちに面白いものを見せてあげよう。たった今、完成したんだ」

「面白いもの?」

「まあ、それは見てからのお楽しみだ」


 教授は焦ったような表情から、不敵に笑みを浮かべて私たちを覗いた。


「わかりました。その代わり、面白くなかったら別のお詫びを用意してもらいますからね」


 ****


 私たちは教授と彼の仲間である研究員二人と一緒に2階のベランダへと足を運んだ。ベランダは一部屋分の広さを持っており、教授はここでよく空を見ながら寛いでいるらしい。空はドーム状に包まれており、真っ暗な光景が広がっているだけなのにおかしなことだ。


「今から何をするんですか?」


 私は手すりに体を預けながら教授に聞く。街灯の届かないベランダは足元が暗かった。空を見上げれば無数のドローンが宙を舞う。その数は教授の家に入る前と比べてさらに増えていた。


「君が今見ているものを操作して、『星』を作り出すのさ」


 教授は私の隣に着くと同じ方向を見ながら質問に答えた。

 私が今見ているもの。つまりは『ドローンを使って星を作る』ということだろうか。彼は後ろを振り向くと研究員に合図をした。一人がパソコンに手をかけ、操作を行う。王理くんは私たちのところではなく、彼ら二人の横でパソコンの画面を覗いていた。


「今って通信障害が起こっているんですよね。パソコンって使えるんですか?」

「オフラインで動かしているからね。繋がっているのはドローンに搭載された通信機能だけさ。それは今起こっている障害とは別の通信方式をとっているから問題はない」

「そうなんですね。でも、どうやって星を?」

「正確には星に似た光をリバース・ワールドの空に照らすのさ。今は真っ暗で味気ないだろ」

「そうですね。こんな空の下では絶対に住みたくないと思うほどには」

「はっはっは。まあ、その思いも少しは変わるだろうさ。じゃあ、お願いしていいかい?」


 教授の声かけで、空に浮かんだドローンが変化していく。

 青色に光っていた光が消え、真っ暗な空に溶けるように姿を眩ましていった。しばらくは教授の言ったような味気ない空が映し出されている。


 私は何もない空間をただただ見つめ続けていた。視界を閉じた時と同じ風景を醸し出す空に、自分が起きているのか眠っているのか判断が曖昧になっていく。


 だが突然、何もない空に無数の光が発生する。私は思わず目を見開いた。

 まるで満天の星空のように散りばめられた無数の光たち。あれら全てがドローンによる光だとは思いもしない。光は目で見てわかるほど少しずつ動いている。小さな光と小さな光が一瞬重なり、何事もなかったかのように過ぎ去っていった。


 ドローン同士が交わっていたとしたら、激突していたはずなのに特に何かが起こったわけではない。


「これって、どう言う原理なんですか?」


 私は興味津々で教授へと尋ねた。島への恐怖、教授に対する憤怒、教授の安否を確認できた安堵、それら全てが取り払われる。胸を満たしていくのは綺麗な景色を見た満足感だけだった。


「食いついてくれたみたいだね。仕組みは簡単。一機のドローンに無数の小さな光をつけてそれらを光らせている。あとは無数のドローンたちを接触させることなく、自動でうまく動かしているだけさ」

「でも、光が交わっている箇所がありました。あれは接触していないんですか?」

「良いところに目をつけたね。ドローンたちはそれぞれ空で層をなしている。だから別の層のドローンが上下に交わったことで起こったんだよ」

「なるほど」


 教授の話を聞きながらも、私は空に見える光を注視していた。まるで万有引力の力で引っ張られているかのように私は視線を外すことができなかった。


「でも、どうしてこんなことをしようと思ったんですか? 星を作るだけでここまで大規模なことをするなんて、経費とか大丈夫なんですか?」

「生々しい話をするね。でも、問題ない。元は無数のドローンを接触させることなく、動かせるようにするための実験を行っていたんだ。ほら、配達人不足の話が社会問題になっているだろ。それを解決する手段としてドローンに荷物をつけて自動操縦機能で宛先に届ける取り組みを検討しているんだ。それを可能にするための実験さ。おいおいは空飛ぶ車の交通整備にも使われる技術だ。ただ実験するだけでは面白くないと思って、どうせならこの世界の空に星を咲かせようと仲間内で話していたんだ」

「へー、そんな背景があったんですね。もしかしてそれで人工太陽を破壊したんですか?」

「ああ、ドローンの自動操縦が誤作動で人工太陽にぶつかってね。それで動作不良を起こした人工太陽が爆発してしまったんだ。本当に迷惑をかけたよ」


 今日これまで見てきた光景と話が全て繋がった。ホント、天才は馬鹿でどうしようもない、でも、世界を変えてくれる素晴らしい人間たちだ。


「どうだい? 少しはここに住みたくなっただろ?」


 教授の言葉で私はようやく空から目を離した。彼らが作った人工の無数の星の輝きはとても綺麗だった。きっと彼らのような頭がいいくせに、馬鹿で熱心な人間がいるから、素晴らしいアートができるのだろう。私は教授に対して憎たらしい表情をして口を開いた。


「五分五分といったところですね」


 憎たらしい笑みを受けても、教授はにこやかに笑っていた。

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【短編】天才たちの住む島 結城 刹那 @Saikyo-braster7

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