第2話

 専用の出入り口に入ると、いくつか私たちと同じ形をしたクルーザーが置かれていた。私たちの乗ったクルーザーは自動的にそれらの横につくとエンジンを止めた。クルーザーから降り、島に上がるためのエレベータへと歩いていく。


 空を見ると、先ほどまで見えていた晴天の青空は姿を消し、一面が暗闇に包み込まれていた。全ての光が遮断され、この世界だけはすっかり夜になっている。海の光が差し込んでいても暗く感じるのだ。エレベーターで島に上がれば、もっと顕著になるだろう。


「この世界ってどんな仕組みになっているの?」


 エレベーターで上がっている最中、王理くんが私に聞いてくる。


「確かドーム状となった壁で外界の光を遮断。昼夜の調整はドームの頂点に浮かぶ人工太陽で行っていたと思う。人工太陽は壁とリンクしていて、外界の光を感知した壁が光の強さに反比例して太陽の光を調整しているって感じだったかな」

「ふーん。小鳥遊さん、この島のこと嫌いとか言っていたのに詳しいんだね」

「作りには興味があるからね。ここに来た時に教授に色々と教えてもらったんだ」


 程なくしてエレベーターが止まり、島に辿り着いた。

 島は完全に整備されており、都市のようにコンクリートで固められた道路に建物が建造されている。空を見上げるが、距離が遠いせいか人工太陽は見られなかった。外の日が沈めば見えてくるだろう。


 それにしても、黒色の壁はなんだか寂しく感じられた。外界の空には幾億もの星がキラキラと輝いているのに、ここの空は何もなく質素な空間が広がっている。

 空を見上げていると、突然大きな轟音が響き渡る。この前と同じように誰かが実験に失敗したのか、はたまた爆破の実験でもしているのだろうか。


「うわぁー、びっくりした。これは確かに命が危ぶまれるね」

「でしょ。だから早めに教授のところに行って、安否を確認しよう。確か……あれ?」


 私は辺りを見渡しながら、訝しげな表情を浮かべた。


「どうしたの?」

「自動車が一台も通っていないのが気になって」


 前に来たときは数台ではあるものの島の道路を自動車が走っていた。だが、今は全くもって自動車の姿が見当たらない。


「確かに。道路の整備がされているから自動車が通っているはずだもんね。みんな家に引きこもっているのかな?」

「いや、それだとしてもおかしい。ここの自動車は自動運転搭載で人が運転しなくても常時動いているはず。いつでもどこでも乗れるようにね。だから、一台も通らないのは明らかにおかしい。もしかして……」


 私はポケットにしまっていたスマホを取り出した。設定画面を開き、リバース・ワールドに設置された無線の設定を確認する。



「やっぱり、通信アンテナが0本になっている。リバース・ワールドは今、通信が遮断されているんだ。だから教授からの連絡が来なかったのか」

「なるほど。とりあえず、原因は分かったみたいだね。ねえ、小鳥遊さん。教授の家は知っているの?」

「一応ね。確かこの島はエリア分けされていて、教授は『Dー3』エリアに住んでいるはず。まさか、自動車が使えないってことは『Dー3』まで歩かなきゃいけないってこと?」

「そうみたいだね……」


 そんな馬鹿な。こんな無法地帯を長い時間歩かなければいけないなんて。ますます生きて帰れるか不安になってきた。

 先程の爆破が歩いている隣で起こらないことを願いつつ、私たちは『Dー3』まで歩くことにした。


 ****


 幸い、Dエリアに到着するまでは特に悲劇が起こることはなかった。

 自動車もロボットも通信が遮断されたことで動作することはなく、危害を加えることはなかったのは大きかったようだ。


 爆破も幾らかは起こっていたが、近くで起こることはなかった。多くの爆破が起こったことを告げるように半壊した建物がいくつか見られた。また、破片でも飛び散ったのか道路にクレーターのような凸凹した空間のようなものも見ることができた。


 Dエリアに辿り着き、時計を見ると18時半を回っていた。ここに着いたのが17時くらいだったので、1時間半もの長い間、歩き続けていたらしい。

 悲惨な光景は数多く見られたが、自分に被害が及ぶことがなくて良かったと安堵の息を漏らす。


「ねえねえ、小鳥遊さん。人工太陽ってもうそろそろ点灯し始めてもおかしくないよね?」


 前を歩く王理くんが私の方に顔を向けると疑問に思っていたことを口にした。


「確かに。5月だったら、もうそろそろ日の入りを初めてもおかしくない時間だもんね」


 ドーム全体を照らすことはないにしても、人工太陽の姿が見えるくらいは明るくなってもおかしくない。しかし、空を見上げても入ってきた時と同様に暗いままだった。せめてもの救いは宙を漂うドローンが増えたために彼らに取り付けられたライトが地を照らしてくれていることだ。ただ、小さな光のためあまり役には立っていない。それでも、島にある数少ない街灯と相まって、歩くには困らない程度には明るくなっていた。


「もしかして、人工太陽が破壊されたりなんてことはないかな?」

「どうだろう……」


 最初に空を見上げた際に人工太陽らしきものは見られなかった。距離の問題かと思ったが、実際になかったという可能性はなきにしもあらずだ。でも、もしそうだとしたら、どうして破壊されたのだろうか。


「それにしても、これじゃあ、まるで極夜ね」

「極夜どころか永遠の夜だよ。でも、夜型人間にとってはいいのかもしれないね」

「そうとも限らないわ。人工太陽を浴びれないってことは幸せホルモンであるセロトニンを摂取することができない。そうなれば、うつ病などの精神病につながる恐れがあるからね。だから妥協案として昼夜逆転のリバース・ワールドになったと教授が言っていた。まあ、なぜ人工太陽がなくなったのかも、教授のところに行けば教えてくれるでしょう」


 教授の住むエリアまでもうすぐ。それから私たちは無言で歩き続けた。

 やがて『Dー3』エリアへと到着した。同時に以前教授がいた家も見えてきた。家の明かりが点いていることから無事に生活を送っている様子が伺える。表面には出さなかったものの私は心の中で安堵した。


 少しばかり足早になり、王理くんを追い越す。それから後ろを向いて「こっちだよ」と彼に合図した。彼は私が追い抜いたことに対して、疑問の表情を浮かべたが、私が教授の家を指し示したことで納得してくれた。


 それから私たちは教授の自宅の前へと立った。

 特に躊躇うことなくインターホンを押す。数分待ったものの教授からの応答はなかった。


「研究に集中していたりするのかな?」


 試しにもう一度インターホンを鳴らしてみる。

 再び沈黙が訪れ、それは数分続いた。三度押してみるが、結果は一緒。


「もし研究に集中しているようであれば、勝手に入っちゃったら?」


 王理くんの言葉に私は頷く。ここで待っていても埒が明かない。もしかすると明かりが点いていただけで、部屋で倒れているかもしれない。門戸を開けて、中へと入り、玄関のドアノブに手をかける。


 玄関の扉は呆気なく開いた。

 私と王理くんは互いに顔を見合わせると静かに中へと入っていった。


「うゎーーーーーーーーー!」


 刹那、部屋の中から大きな悲鳴が聞こえてきた。

 私は驚きのあまり、自分の心臓が飛び出すような感覚に陥った。しかし、すぐに冷静さを取り戻し、部屋へと走っていった。着いたや否や、教授の身に何かが起こったみたいだ。私の足音の後ろを別の足音が聞こえてくる。王理くんも私に着いてきてくれているようだ。


「片桐教授っ!」


 私は悲鳴が聞こえてきた部屋を勢いよく開けると、教授の名前を力強く呼んだ。

 見るとテーブルを囲んでいる三人の大人が見える。真ん中には数台のパソコンが置かれていた。彼らは両手を万歳させながら私の方に顔を向けていた。


 見た感じ教授はすこぶる元気のご様子だ。

 私は表面的に感情を顕にするようにその場で大きくため息をついた。

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