【短編】天才たちの住む島
結城 刹那
第1話
自宅のベランダで、天体望遠鏡を使って夜空の星を観察する。
現在、大学院二年生で研究真っ只中。行き詰まった時や精神的に疲弊した時は、こうして星空を眺めて癒されていた。
5月のこの時期に見れる星空も綺麗だ。
北斗七星から春の大曲線を結んだ先に見られる二つの一等星『アークトゥルス』と『スピカ』。今年のこの時期は金星や水星も見られる。
今日の月は満月が微妙に欠けている。予報では、真の満月は明日見れるらしい。
明日か。私は少し嫌な気持ちを抱いてしまった。せっかくの愛しの時間が台無しだ。
すると、ポケットにしまったスマホがバイブを鳴らす。手に取ると同じ研究室の王理くんから連絡が来ていた。
『ちょっと研究関連で徹夜するので、明日の集合は午後でもいい?』
彼の連絡に対して『了解』と返答する。せっかく忘れようとしていた明日の用事が再び思い出され、憂鬱な気分になった。
「はあー。午後に集合なら、今日は夜更かしして天体でも観察しようかな」
気を落ち着かせるために、私は再び天体望遠鏡を覗いて星空を眺めた。
****
「見えてきた……」
キャビンクルーザーに乗ること約2時間。目的地の姿が顕になる。
島一帯が半円の白い壁に包まれたドーム状の空間。目にするのは2年ぶりくらいか。
政府主導で作られた昼夜逆転する世界。通称『リバース・ワールド』。
朝型と夜型がともに快適に同じ時間を過ごせるようにと作成された場所。オンライン化が進んでも住む国を変えない限り、時間帯を変えることはできない。それを解消するための手段として作成されたのがこの島だ。島はクロノタイプ診断で夜型と診断されたもののみ住むことを許されている。
夜型の人間には『天才』と呼ばれる人たちがたくさんいる。ウィンストン・チャーチル、チャールズ・ダーウィン、ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトも夜型人間だったらしい。
そのためか『リバース・ワールド』は又の名を『天才たちの住む島』とも呼ばれている。
私たちが『リバース・ワールド』を訪れた理由は、私たちの研究顧問である片桐 良和(かたぎり よしかず)教授が一週間前を境に音信不通となったからだ。
教授は『リバース・ワールド』の住人であり、私たちとはオンラインを通じて研究のやりとりを行っていた。一週間前に送ったメッセージが未だ既読がつかず、このままでは研究に支障が出かねないので、研究室のメンバーで話し合い、大学院2年生である私と同じく大学院2年生の王理 秀馬(おうり しゅうま)くんの二人で行くこととなった。
行くことになったのだが……
「ああ……とうとう見えてしまった……」
私は首を脱力させ、顔を俯けた。
前回来た時の忌まわしき記憶が蘇る。できればもう二度と来たくなかった。
「そんなにあそこって憂鬱な場所なの?」
顔を俯けた状態で目を横へと向ける。運転席にいる王理くんは興味津々な様子で私へと尋ねてきた。まん丸な翡翠の瞳を輝かせる姿はまるで幼い子供のようだ。よそ見をしていて大丈夫なのかと思うが、自動操縦システムが作動しているので問題はない。
「行ってみれば分かるわ。言っておくけど、命の保証はできないからね。因みに私は前回、全治二週間の打撲を負いました」
「そういえば、前に右腕に包帯巻いてた時があったね。あれはリバース・ワールドで負ったものだったんだね。そんなにやばい場所なんだ」
「ええ。倫理観のぶっ飛んだ天才たちの島だからね。警察がいないのをいいことに実験し放題。無法地帯にもほどがあるわ。ああ……引き返せるのなら、今すぐにでも引き返したい」
前回行った時は、家から爆破音が聞こえて窓ガラスが道に飛び散ったり、目の前をレーザー光線が通ったり、空からドローンが降ってきたりと散々だった。
因みに、私の怪我は島を歩くロボットの誤動作が原因だ。無意味にロボットに危害を加える人に向けて、危害を加えられたら仕返しをする仕組みを搭載したようだが、感度が高すぎたせいか人が目の前に来ただけで攻撃をする誤作動を起こした。それでロボットにフルボッコにされ、右腕を打撲したのだ。
研究室のメンバーにこの話をしたら、みんな笑っていた。あの時の恐怖は身をもって経験しないと分からない。みんなロボットの餌食になればいいのだと切実に思った。
「そんなに嫌だったら、来なければよかったのに」
「そうも言ってられないでしょ。メール内容を読んでいただけないと研究を進められない。このまま進められず留年ってわけにはいかないからね。それに他のメンバーも同じ状況なんだから誰かは行かないとね」
「それなら僕だけに行かせればよかったのに」
「いやよ。王理くん一人だけに行かせて、もしものことがあったら困るもの。多分、そっちの方が今よりも気が気じゃない」
「小鳥遊さんって優しいよね。そういうところが僕は好きだよ」
不意に言う彼の言葉に心臓が高鳴ったのを感じる。ほんの少し体温が上がったように思う。今の『好き』には恋愛感情は全くない。王理くんはそう言う人だ。それでも、誰かに『好き』と言われるのは照れ臭かった。
「ありがとう。今の言葉で私の中の不安はチャラってことにしておくよ」
私は再びドーム状の島へと視線を向ける。
片桐教授の安否を確認でき、無事に帰れることを祈ろう。最悪、死んでいても構わない。確か、受講中に講師が亡くなった場合は、無条件で単位をもらえたはずだ。
私もまた、島の雰囲気に飲み込まれたのか倫理観を失ってしまったようだった。
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