幕間-終『師匠、追放される』
「出てけ出てけ! 見てて気分悪いだけなんだよ!!」
「しょーじき勇者も好かないが、アイツはそれ以上のバカだなw」
冒険者たちからの罵倒を受けながら、私はそこから――ガラヌ・レゴナの国営冒険者ギルドから、雨の降りしきる外へと叩きだされた。
その集会所で私は、先程までオルディオからの糾弾を受けていたのだ……周囲の冒険者へ見せつけ、聞かせ、晒し者にするように。
『ルヲ・スオウ! 貴様を俺たちのパーティから追放する!!』
『輝皇拳なる不思議な武術が使えるというからパーティに加入してやったが、全て嘘っぱち!! それでも慈悲の心で今日まで同行を許してやっていたが……まさか仲間の金にまでを出すクズだったとはなッ!!』
声高にそんなことを叫ぶ……怒号の裏に、抑えきれない愉悦を漂わせながら。
私が墜ちるのを待つのに本格的に飽きて、最後に楽しませてもらおうと考えたのか、それともあくまで形だけでそのつもりはなかったのか……それは分からない。けれど――
『どうした? 何か言ってみろッ!! 弁明も出来ないようカスに成り下がるなら本当に追放しちまうぞぉッ!?』
――私は、その言葉を受け入れた。
オルディオの叫ぶ根も葉もない罪を……そんな罪を犯す弱い私の虚像を、全て受け入れて、追放される道を選んだ。
災魔獣を討つ……カザクと共に故郷へ凱旋する……輝皇拳を取り戻す……それら私を辛うじて耐えさせていた理由の全てが……”追放”の二文字が持つ魅力によって、私の心から駆逐されてしまった。
『おいマジかよ……あの女やりやがった、やりやがった……ッ!!』
『クソ女ァっ!! テメェここが国営ギルドと分かって今の抜かしやがったかァ!?』
私が罪を認めた瞬間、集会所内の冒険者たちの怒号が荒れ狂いはじめた。
”実力を偽り強力なパーティに寄生し続ける”、”仲間のお金や持ち物に手をつける”……それらが如何に冒険者として決して許されない禁忌とも呼べる行為かを、誰もが声高に叫んでいた。
一瞬で集会所内は大混乱に陥り、誰も彼もが口々に罵声を吐き散らす。
それに気を良くしたか、オルディオも一緒になって私を責め立て貶める言葉を喜々として投げ続ける。
……サミィとシャオだけが困ったような呆れたような表情でそんな彼らを眺めていたのが、視界の端に映ったような気もしたけれど、よく分からない。
そんな罵詈雑言溢れる狂気じみた熱気に弾き出されるように、私はギルドを――勇者パーティを追放された。
……しばらくは、雨に打たれながら、何も考えることなく歩いた。
けれどやがて、なんだか呼吸が深く吸えることに気が付いた。
見上げた雨空、その雲目の隙間から日の光が漏れているのが見えた。
(カザク……!!)
気づいた途端、駆けだしていた。
ガラヌ・レゴナからなら、ボノロコ村は近くはないが遠すぎることもない。
村に帰ればカザクに会える。また会える。私の弟子に、私の未来に、私の最愛の――!!
雨も気にせず、走って! 走って!走って…………すぐに、走れなくなった。
息が苦しい。身体が痛む……おかしいな。まだ数秒と走っていないはずなのに……こんな程度で息切れなんて――
気が付けば、雨が止んでいた。
暗雲は消え去り、お天道様が私を照らす。
日の光のまぶしさに、自然と目が眩まされ、視線が落ちる――その先に、水たまり。
激しい雨で乱されていたそれは、今は日に照らされさながら鏡のようで。
そこには、映っていた。私が――
――食事も、修行も、何もかもが足りずに瘦せ衰えた身体。
カザクが美しいと誉めてくれた黒髪は、見る影もなくその艶を失い。
使命を果たせず、力も奪われたまま、弟子に縋ろうと走り息を切らした――そんな女の清々しい表情が。
『なにしてるんですか、師匠?』
「っ!? か、カザ……」
『もっと早く逃げるとか、上手いことやれたでしょ?w なのにあんなのにヘコへコしちゃって……ちょっとアレというか、ねぇ?』
頭に響く声……幻聴……幻聴だ、幻聴なんだ……そうでなければおかしい……っ。
『いや~師匠って頭悪いんですか?なんでついていくんです? 普通即抜けでは? そんなに頭パーだとこの先の人生凄く大変なんじゃ――』
言わない!言わない言わない言わない! カザクは、カザクは……こんな、こと、は……。
――本当に、そうか?
だって……だって、私は……知らないじゃないか。
力を失った私……輝皇拳を使えない私……そんな私を……私自身すら知らないじゃないか……。
『良いよなァ他人の恐怖ってヤツは……俺が、俺の"強さ"ってヤツが、どんだけ周りの雑魚どもに刻み込まれてるかよ〜く実感出来る……!』
『――コイツァ俺の特権だ! 俺がようやく掴んだ、俺の全てッ!!』
不意に、力を失ってすぐ、私を嬲るオルディオの言葉が脳裏を過る。
自らの強さを誇示し、それを脅かす者を排除し――強さこそが自分の全てと叫ぶ……そんな男の言葉が。
……私も、同じじゃないか。
産まれたときから”輝皇拳”を学び……”輝皇拳”の才があったゆえに災魔獣討伐のメンバーに加わり、”輝皇拳”で助けたカザクが弟子に志願してくれて彼に”輝皇拳”を教えて”輝皇拳”で”輝皇拳””輝皇拳””輝皇拳”……。
産まれたその時から、その力と共にあった。
その力を失くした私に、一体何が残る?
使命を投げ出し、故郷も諦め、弟子に縋る、そんな女だけか?
そんな私に……カザクの師匠を名乗れる資格があると思うのか――?
「あ”……あぁ……ああぁああぁあ――――っ!!!」
……自分の心が、ひしゃげる音がした。
最後に残っていた道しるべが、もうずっと前に焼き消えていたと気づかされて……。
私はもう……どこにもいけないのだと……自覚したのだ。
〇
――それから先は、よく覚えていない。
熱病に侵されたように、ずっと悪い夢が延々と続いているような……そんな感覚……。
流されるまま、流れてくる人に、縋り、罵倒され、施しを受け……いつか来る終わりにすら期待することなく……。
死んだように、朽ちるように……この命を、消費し続けて……。
そして、その先で――
「――し、師匠……?」
――私は、ようやく思い出す。
『変わりませんッ! 何があっても! 何が変わっても! 俺の想いも貴方の尊さも何も変わらない!!』
『俺の全部は、アナタなしではあり得ないんだ……今も未来も何もかも、アナタがいなけりゃ意味がないんだ……っ!』
『……アナタの傍で再び師事することを、お許しいただけますか?』
本当のカザクを。最愛の弟子を……力があっても何もなかった私に、その師匠という未来をくれた彼を――
――私は、
――――――――――
俺の師匠が勇者パーティから追放されてブッ壊れるまで ババセン・ロリモスキー @under6top65
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