第話 雨の日は ①

 5月20日(土)


練習開始前、瞳コーチが、クラブ員に、

「あなた達、毎日、同じ練習で、嫌にならない?」と尋ねた。


すると、ナナミーが

「逆に楽しいです。なんか毎日、少しづづですが、自分や、みんなが、上手くなってる気がします。というかうまくなってます。それがわかるから、楽しいです」


「打球スピードが、上がりました。コーチのおかげです」


「ジュニアや、中学の時は、ここみたいに、マンツーマンでの指導なんて受けた事ありませんでした。だから、今は、やるっきゃないです!」


「コーチから、OKがもらえるような、フォームになるまで、一本打ちでいいです」

「だんだん、走っても、苦しくなくなってきました。もっと走れるようになりたいです」


「前は、すぐ疲れちゃったけど、だんだん、慣れてきました。もっと長く、もっと早く走れるように、私もなりたいです」


「アウトやネットが少なくなりました。もっと、もっと、フォームを直して、100本ぐらいラリーが続けられるようにないたいです」


「なんか、ボールが、ビューンて飛んでく感じになりました。前は、アウトになっていたボールが、今は、ライン際で、ストーンて落ちるような感じで、打てる時があります」


(一本打ちは地味だし、ランニングは辛いし。

 コーチ各自の中で、『このままでいいのだろうか?』という、疑心暗鬼というか、迷いみたいなものが、わずかではあるが生まれ始めていた中での、クラブ員からの、この言葉は、とてもうれしく、今後の励みになるものであった。

 

<この子達、意外と強いな>

<自分達の気持ちが揺らいではダメだ。信念を強く持って、指導しなくちゃ>

<教えてるつもりが、逆に教えられたわ>


 今日、参加していた、瞳コーチ、真由香コーチ、真子コーチ、美弥コーチの4名は、うれしさのあまり、ちょっとウルッときていた。


「じゃあ、今日も、一本打ち行くよぉーー!」


「はい!、お願いします!」


 先週、瞳コーチ、穂乃香コーチ、真由香コーチの3人で話し合った、今後の練習方法については、6月から、バックハンドと、少し移動してからのフォアハンド、それに加え、前衛は、基本ボレーと、ポジショニングの練習を徐々に増やしていく事と決めていた。


 この事は、他のコーチへ伝え、全員から承諾をもらえた。


(この時、やはり他のコーチも、単調な練習方法について、少し不安を抱えていた事もわかった。要は、みんな同じ気持ちだった訳だ)


 やすこは、今日も、ランニングのみ。


 残念ながら、1か月以上たっても、野次は納まるどころか、更にエスカレートしていた。


 しかし、やすこの頭の中は、『決して立ち止まらない』『1秒でも早く』のみである。


 ただ、体は悲鳴を上げていた。疲れは蓄積する。ただでさえ、運動をしてこなかった自分が、いきなりこんなハードな練習に取り組んでいるのだから、当然と言えば当然の事である。

 それを思うと、こらえようとしても、涙が出てくる。過去の自分に対して。


 そうしていると、また野次が飛んでしまう。


「関取が、また泣いてやがんの」


「デブは、よく泣くよな」


「泣いた涙の分、体重減ったやん、おめでとさん」


・・・・・・


 今日も、基本に徹した一日が終わろうとしていた頃、葉山監督から、瞳コーチに電話が入る。


「瞳コーチ、ご苦労様です」


「いえいえ」


「何か、異常はありませんでしたか?」


「異常じゃないですけど、とてもうれしい事がありました」


「えっ、何ですか?」


「明日、お話しします」


「楽しみだなぁ」


「で、ご用件は何でしょうか?」


「明日、日曜日の練習ですが、天気予報によると、一日中、雨予報です。

前にも少し言いましたが、雨の日は、ダンス練習をしますから、今日、出てきているコーチと、クラブ員に伝えといてください。来ていないコーチには、申し訳ないが、連絡しておいてもらえますか。それと、人愛コーチには、私から伝えます。」


「えっ、タンスするって話、正気だったんですか?」


「それを言うなら、『本気だったんですか?』の方が、相手へのダメージが少ないのでは?」


「それと、タンスではなく、ダンスですからね」


「だから、ダンスだって言いましたけど」


  <葉山監督は、耳まで悪くなってしまったか。救いようが無いわね>


「詳しくは、明日。では」

 

  ガシャ!


<もう、言いたい事だけ言って、いきなり切っちゃった>


・・・ガシャ???・・・公衆電話?・・・まさかね。


 仕方なく、その旨を、他のコーチやクラブ員に伝えた


「やったぁー!」と歓声が上がる。

一番喜んだのは、ドレミ。

真子コーチも、目が、キラキラしている。


<何、考えてることやら、葉山監督は。・・・明日がとっても不安>

みんなが、盛り上がっている中、一人悩む、瞳コーチであった。


<まっ、いいか。たまには変わった事をするのも>

そう考える事にした瞳コーチ。



5月21日(日)・・・雨、しかも、土砂降り、本降り、久し降り

(ずーと雨、降ってなかったし。お肌が、カピカピ。やーね。)

 

 雨の日は、普通の学校であれば、体育館で一本打ちをするとか、ボレーやスマッシュの、前衛練習を主体に行う(風や、太陽の影響を受けないので、スマッシュとかが打ちやすく、正しい打ち方を習得するための練習には、屋内は条件が良い)とかになるのだが、葉山は、違っていた。


 小体育館(通称・・北稜体育館)の南側半分に、コーチと、クラブ員が集まった。

今日は、人愛コーチ・亜理紗コーチも来ており、要は『日曜だよ!全員集合!』となったのである。


 そこに、一人の美しい女性が現れる。

ダンスコーチの青木 亜理紗(ありさ)コーチであった。


 亜理紗コーチは、近隣の大都市 名賀屋市で、ダンス教室を開いている。

2000年の、多岐商卒業生で、テニス部OGでもある。3年生の時は、キャプテンを務め、インターハイ、団体ベスト8、個人は、準優勝。そして皇后杯でも、個人準優勝を果たしていた。


 テニスの特待生として、大学へ進学をし、1,2年生時は、インカレにも出場するなど、順調な活躍をしていたが、3年の春、手首を痛めてしまい、その時、完治するまで休養すれば良かったのだが、無理をしてテニスを続けたため、復帰が難しい状況となってしまったのである。


<あべちも、そうだったけど、怪我しちゃった時は、治療に専念するために、思い切って、すぐに休む事が大事である。『これくらいなら』と思って、無理すると、後々、怪我が悪化して、後悔するかもしれないよ>


 そんな時、大学のダンス部メンバーから、「気晴らしに踊ってみない?楽しいよ」と言われ、手首への負担も少ないし、ムシャクシャした気持ちを晴らすためにと仮入部したのが、ダンスとの出会いであった。


 元々、運動神経は良いのだが、ダンスを踊り始めて、新たな才能が開花する。リズム感が良いのはもちろんだが、一度見た振りは、すぐに覚えてしまい、更にすごかったのは、そのアレンジ力。ただ単に真似をするのではなく、自分の感覚で、新たなダンスを創造する能力に長けていた。


 そして4年生の時は、ダンス部キャプテンとして、活躍をし、社会人になってからも、ダンスを続けた結果、いつの間にか、『自分のダンス教室を持つ』という夢をかなえてしまった、優秀な女性である。


 ダンス教室の卒業生徒には、お笑いダンスユニット【AKB】(あっかんべぇ~)や、世界的ダンスパフォーマーの武麗 久がおり、それらを育てた教室として、次々と生徒が集まり、青木を慕い、優秀なコーチも多く集まったため、現在は、多少なりとも教室を離れて、自由に動く事の出来る余裕が持てるようになったのである。


自宅は、多岐市内なので、コーチングには、来やすい状況であった。



「青木 亜理紗です。ここのテニス部OBですが、事情により、ダンスのコーチとして葉山監督に呼ばれて来ました。ダンスの楽しさを、みんなに知ってもらい、ダンスをする事によって、リズム感を身に着けて、それがテニスに生かされればいいなと思ってます。とにかく楽しくやって行きましょう」


「お願いします!」 ニコニコ顔で、クラブ員が返事をした。

 

 すると、カトレが、葉山監督に・・・


「ねぇ、ねぇ、監督ん」


「ん を付けるな ん を」


「あのね、葉山監督んと、亜理紗コーチって、どういう関係なんですか」


「ひょっとして、愛人とか」と、真由香コーチ。


「ないない、絶対にない」と話に割って入った、穂乃香コーチ。


「こっちだって、選ぶ権利はあるぞ」


「それは、こっちのセリフですわよ」と亜理紗コーチ。

 片手に持った、50cmのビニール製定規が左右にしなりながら、ヒュウヒュウと音を立てる。


 <学校だから、定規があっても不思議ではないが・・・凶器となるものは、撤去しておかなければ>

と、その時、葉山は思った。


 ・・・あのぉ~、学校といえど、普通、体育館には、定規は置いて無いんですけど・・・



 そんな、こんなで、二人の馴れ初めのお話  

<馴れ初めちゃうわー(怒)亜理紗>


「カトレ、どうしても知りたいか?」


「はい、美女と野獣がどうして出会ったのかと?」


「はいはい、イエローカード 1枚差し上げます。

でな、青木コーチとは、名賀屋のダンス教室で知り合った。


俺がな、昼間っから一杯ひっかけて(お酒を飲んで)街中をブラブラしてたら、めちゃ美人の女の子が、カッツンバックを片手に、ダンス教室に入ってった訳よ。


 そんでもって、俺も吸い寄せられるように、ふらふらとついて行って、気が付いたら、入会届にサインしてた」


「サイテー」「言ってて恥ずかしくない?」と、人愛コーチが言う。


「全然。どこが恥ずかしいねん。男として、正常な反応やがね」


「その日は、ダンス教室が開店してから、3日目でな。ダンス教室にとっては、一期生みたいなもんよ。」


「でな、亜理紗コーチにとっても大切な生徒だから、コミュニケーションをとるためにも、色々と話しかけてきてな。俺としては、他の生徒さんの方が・・・・・

まぁ それは置いといて・・・話すうちに、お互い多岐商の卒業生で、しかもテニス部だっちゅ事がわかり、大盛り上がり。それから、長いお付き合いが始まったっちゃ」


「くらえ! ラムちゃんの電撃!!!!!」

どこからともなく湧いて出た、ジュリエットが、話に入ってきた。

  


「あのね、お付き合いって言わないでください。世間が誤解します。」と、亜理紗コーチ


「でも、お知り合いなのは、間違いないあるね」


「やだぁーお尻合いだなんて」


「日本語は面白いのぉ~ でな、実は俺も、大学在籍中、ダンスサークルにも入っててな、バリバリ、ダンスもやってた訳。


そんなこんなで、つながりがあり、俺が、ここの監督をするに当たり、技術コーチを数名置く事を考えていて、亜理紗コーチに、ダンスとテニスの両面でコーチを引き受けてくれんかとお願いしたわけだ。


テニスの方は、時間的な理由で断られたが、ダンスレッスンの方は、引き受けてくれた訳よ」


「お前ら、雨の日は、テニス練習もせずに、なんでダンス練習なのか、わかるか?

ダンスは、全身運動で、持久力をつけるのにも役立つ。また体の柔らかさを身に着ける事は、怪我の防止にも繋がり、リズム感を養う事は、テニスにも役立つと考えている。面白ければ、続ける事が出来る。


なんでもそうだが、【継続は力なり】だ。本来は、ボックスステップとかの基本から入るんだけど、それじゃぁ、つまらんだろ?ひとまず、1曲踊れるようにしてから、基本レッスンを徐々に始めていくからな」


 全員が名前のみの自己紹介を行い、準備運動も終え、いよいよ、ダンスレッスンだ。 と、思ったら・・・


「全員、集まれ!」と葉山が号令を掛ける。


「いいか、多岐商ダンスクラブ TDCは、秋の文化祭で、ダンスをみんなの前で披露する」


「えーーーーなに、それ?」


「TDCって、東京ディズニーCー?」


「違うと思うけど」


「いきなり、そんな無茶な」


「勝手にチーム名、付けとるしー」


「出来る訳、ないじゃん、そんなの」


「じゃかぁしい! 目指せTOWICEだわ。絶対に出るからな。ちなみに俺がセンターで踊るから、そのつもりで」


「自分が目立ちたいだけじゃん」


「悪いか?」

「あっ、一つ言い忘れたが、男子は、ダンシング女子高生にチョー弱い。メロメロ光線120%だ。男子をゲットしたかったら、死ぬ気で頑張れ!」


「そうなんですか?」と、あべちが、真顔で亜理紗コーチに尋ねた。


「そうねぇ~ メチャメチャ モテるわよ。男なんて選びたい放題!」


「やったー」 (歓声が上がる)


「目指せ 文化祭! オー」


「亜理紗コーチ、私、コーチについていきます。どんなに苦しくても私、頑張る!」

と、ジャガリコが言い、真剣な眼差しで、亜理紗コーチを見つめている。


<突っ込みどころ満載の会話であったが、あえて私は、何も言わなかった。何でもいいから、やる気になってくれりゃぁ、OKじゃ。


 それにしても、さすが、亜理紗コーチである。こちらの話に合わせてくれて、見事、皆をやる気にさせてくれた。私が選んだコーチだけの事はある。そんなコーチを引っ張ってきた僕ちゃんもさすが!。>


 そんでもって、亜理紗コーチ指導の下、ようやく、ダンスレッスンが始まったのである。


体育館に流れる、TOWICEのヒット曲 「The Freee」


「みんなも良く知っている、この曲のダンスを覚えます。いいですか?」


「はい!」


「ゆっくり、私がコマ送りみたいに、踊って見せるから、真似してみてね。

間違ってもいいから、とにかくそれらしく踊れればいいの」

じゃあ、いくよぉ~」


 亜理紗コーチは、【天才的な褒め上手】

振りが間違っていても、リズムに乗ってさえいれば、

「今のアレンジダンス、いい!オリジナルより、カッコいいかも」

とか、

「その笑顔、素敵!ノリノリで行こう!。振りなんか間違っててもいいよー」

とか、とにかく、【ダンスは楽しい】とうい感覚を教えこんで行った。


 しばらく、楽しい時間が過ぎていく。


 しかし、途中で、またもや、しゃしゃり出たのが、葉山である。


「ほらほら、もっとステップ踏んで」

「恥ずかしがるな!自分を捨てるんだ!」

「もっとリズムに乗って、GO! GO! GO!」

(掛け声が、ちょっと古臭い)


TOWICEのヒット曲 「The Freee」に合わせて、軽やかに、葉山が踊ってみせる。


 きもい。実に きもい。49歳のおっさんが、ノリノリで、TOWICEを完コピしている。

認めたくはない。・・・認めたくはないが、メッチャ、ダンスが上手い。キレッキレのダンス。

 シルエットで見れば、ダンスパフォーマンスグループ OKEZAILE のパフォーマーが踊っているようにも錯覚するほどである。


「お前ら、何 見とれとるんだ。惚れたらあかんでぇ~」

葉山が、ドヤ顔で言うと、


「ハイハイ、無視無視。みんな、今日中に振り付け覚えるよー」と、亜理紗コーチ。


「筋のいい子がいますね。名前がわからないけど」

と、亜理紗コーチが言った。


「あっ、しまった。亜理紗コーチが困らないよう、名前と愛称を書いたゼッケンを、作ってきてあったのに、忘れてた」

と言って、葉山が、あわてて、自分の車へと向かった。


しばらくして、葉山が戻り、ゼッケンを配る。


 実は、亜理紗コーチは、他のコーチとの面識が無く(会った事はあるかもしれないが、お互いの記憶に残るほどではなかった)


年齢的に、主婦組 最年少の、美弥コーチと、独身組みの、澪・人愛コーチのちょうど中間あたりで、しかも、大学途中でテニスをやめ、それ以降、テニスには無縁であったため、各コーチの名前もわからなかったのである。


「これは、助かります。ありがとうございます。葉山監督」


「いえいえ、当然の事をしたまでですよ。お礼なん・・」


「さぁ、ダンスの続き、するよ~」


「はい、お願いします」


楽しい時間は、あっという間に過ぎていく。

お昼になったので、一旦、テニス部の休憩所に戻り、お昼ご飯にした。


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