第34話 平日の練習・・・コーチの迷い
2023年4月24日(月)以降・・・
平日の練習は、ランニングと、基本の素振り、一本打ちが徹底された。
指導は、瞳コーチ・穂乃香コーチ・真由香コーチが核となり、3名の内、1名は必ずいるように、お互いの都合等を調整し合いながら、クラブに顔を出す事となった。
今日は、瞳コーチが、喫茶店の仕事から抜け出せないという事で、穂乃香コーチがチーフコーチとなった。他に来てくれたのは、真由香コーチ・真子コーチ・美弥コーチである。
今は、コーチの力に頼る所が大きいが、将来的には、3年生が、チーム全体を引っ張っていき、たとえコーチがいなくても、しっかりとした練習が出来るようになる事を、目指している。
(今は、1年生ばかりなので、1年生が順調に育ったとしても、理想の体制になるまでには、まだ、少なくとも2間年は必要となってくるが、そうした長期ビジョンも、おおまかではあるが、出来つつあった)
・・・長期ビジョンは、必ず必要である。特に、一からの出発と言えなくもない、多岐商女子の様な状況においては、3年後、2年後、1年後、半年後、1か月先、1週間先に、どうなりたいか、どうしたいかが見えていないと、行き当たりばったりの練習になってしまう。
3年後に、インターハイで優勝したい!じゃあ2年後、1年後は、最低でも、どういう状態になっていなければならないのか。
また、1年後の目標を達成するためには、1か月後、1週間後、何をしなければならないのか。そして今日。目標を達成するために、今は何が課題なのか。そして、それを克服する為には、どんな練習をしなければならないのか。そいうった物が、おぼろげながらでも、見えてこなければならない。
(ま、必ずしも、予定通り、順調に事が進む事は稀だけれど、しっかりとした、目標を持つことは、何事においても重要なポイントである事は、間違いない)
「さあ、練習始めるよぉー」と、穂乃香コーチが大きな声を上げた。
「はい!、お願いします!」と、元気な声が返ってくる。
(クラブ員を見ると、みんな、キラキラとした目をしていて、穂乃香コーチからは、眩しいくらいに輝いて見えた)
そして、穂乃香コーチは、思う・・・
<これ、これ、これなんだよねー、自分たちもこうだった。大好きなソフトテニスが出来る喜びと、絶対に上手くなってやるという、意気込みに溢れていて、先輩から
『あんたたち、なんか輝いてるやん』って言われた事もあった。
もう、あの頃には戻れないけれど、今、コーチという立場で、またコートに立てている。この子達の為にも、そして、自分の為にも、頑張るっきゃないな>
準備体操の後・・・
「じゃあ、みんなで集まって。・・・練習前に、気合を入れるよ」
「はい!」
「円陣を組んで」
「はい!」
「私が、掛け声を掛けるから、その後に、大きな声で、『オーーーーゥ』と叫んで。みんなで組んだ右手を、上に突き上げ、【私が一番】を示す為に、人差し指を突き上げて、【NO.1ポーズ】を元気よく決めて!」
「はい、わかりました!」
「では、私の手の上に、みんなの手を乗せていって」
「はい!」
他のコーチも加わり・・・
「じゃあ、いくよ」
「頑張れ!多岐商、ファイトォーーー」
(穂乃香コーチが目で、合図を送る)
「オーーーーーーー」
クラブ員も、コーチも、組んでいた右手を高く上げ、飛びっきりの笑顔で【NO.1ポーズ】を決めた!
「フォアの一本打ちにはいるよ。準備して」
「はい!」
クラブ員がコートに散り張り、コーチ陣もそれに続く。
・・・・・・
しおりんの指導を、美弥コーチが行った。
しばらく、一本打ちを見ていた後、休憩番の時に
「しおりん、自分のいい所と、悪い所を言ってみて」
「はい、いい所は、目鼻立ちがクッキリしてい・・」
「じゃなくて!、ほんと、あんた天然ね」
少し笑いながら、美弥コーチが言った。
(しおりんは、うけを狙ったとか、そう言うのではなく、まじめに答えたのが、伝わってきたから、美弥コーチも、思わず笑ってしまったのである)
「テニスについて、良いとこ、悪いとこ、って話」
「あっ、すいません・・・
いい所は、割と早いボールでも、打ち返せるとこで、悪いと思う所は、変な打ち方の所です」
「自己紹介でも言ってたもんね。お父さんのせいだって」
「です。です。そうです」
「ま、それはともかく、しおりんは、ボールを捉えた時、ボールに対して、フラットな面で捉えていないな。あと、テイクバックがすごく下。全てのボールが、下から擦り上げているような感じで打っている」
「はい、ラケットは高く引いてません。高く引くと、タイミングが取れなくて」
「それでも、ナナミーとかのボールも、打ち返しているのは、すごいと思うの」
「ありがとうございます」
ここで、一本打ちの順番が、回ってきたので、一時、指導は次の休憩番の者へと切り替えた。
・・・また、しおりんの休憩番が来たので・・・
「しおりん、ラケットを構えてみて」
「はい」
美弥コーチは、ラケットを構えた体制から、フィニッシュまでの、正しい動きを、しおりんの手を取り、ゆっくりと教えていった。
特に、インパクトの瞬間の形は、重点を置いて指導した。
「しおりん、この打ち方は、最初は違和感があって、上手く打てないと思うけれど、今までの打ち方を続けていたら、やがては、みんなのボールが打ち返せなくなってくるから」
「それは、嫌です!」
「でしょ。これから、3か月かけて、フォーム変えちゃおうよ」
「はい、お願いします。美弥コーチのボールでも、打ち返せるようになりたいです」
「生意気に。それは千年早いぜよ!」
「すみません」
やすこは、葉山から渡されていた、平日用のメニューをこなしていた。
行う事は、土日と一緒だが、練習時間が短い分、走る距離も短くしてある。
今日は、平日の【一秒チャレンジ】初日であったため、葉山監督からは、
『月曜日は、全コース走るな。全て歩け、いいな!』と、強く念を押されていた。
(やすこのオーバーワークを防ぐ為であった。土日と、長時間、走りっ放なしであったので、かなりの疲労が、蓄積されているはずである。怪我をしては、元も子もない。それに【一秒チャレンジ】は、長く続けてこそ、意味のある物となる。
初日に頑張り過ぎてしまっては、後が続かない。土日は、1か月に8日ほどしかないが、平日は、1か月に20日以上あるのだから。)
指示を受けた通り、やすこは、示された平日用コースを歩き始めた。
しばらくすると、いつもの様に
「だから、走るなって。地面が割れる」
「隆司、良く見ろ!今日は走っとらんぞ」
「あれまっ。歩きっ放しやがな」
「こりゃ、ダメだ!」
「今週、もつかどうか」
「リタイヤする方に、昼のパン、賭けてもいいぜ」
「直人は、どっちに賭ける?」
「リタイヤ」
「俺も、リタイヤの方」
「賭けにならんがね」
歩ていたせいで、会話が全て、聞こえてしまった。
<絶対リタイヤなんか、するもんか! みんなとテニスがしたい。したい!したい!!!、だから、絶対に諦めない。>
今のやすこには、【強さ】があった。周りの悪口も、エネルギーに変えてしまう、真の強さがあった。
気づけば、走っていた。
<あっ、走っちゃった>
冷静さを取り戻し、第一グラウンドに向かう、やすこの、大きな後ろ姿が、そこにはあった。
<あぁ~、軽くいじってる。『大きな後ろ姿って』>
(あのね。そう言う意味じゃなくて・・・・)
一方、じゃがリコの指導は、真子コーチが行った。
「バックの、リコちゃん、左手にラケットを持って、サウスポーのバックハンドのスイングをしてみて」
「はい、わかりました」
(なんだろう?と、少し不安を覚えながらも、ラケットを左手に持ち替え、バックのスイングを続けた)
「やっぱりね。いいフォーム。下半身始動も出来ているし、体の回転もいい!。ラケット面は、慣れていないから、ちょっとおかしいけれど、フィニッシュも正しい位置に持っていけてる」
「そうですか?」
「うん。いいフォームよ。
右手にラケットを持って、その体の使い方で、スイングが出来れば、バックハンドみたいに、素晴らしいボールが打てるわよ」
「本当ですか」
「元、全日本代表選手の、この私の言葉を信じなさい」
「信じます。信じます」
「よろし」
「フォアハンドは、ヘッドアップしちゃってるのが、最大のウイークポイントね。
バックはあんなに顔が残っているのに。バックで打つ時、ボールが良く見えるでしょ?」
「はい、絶好調の時は【ボールが止まって】見えます」
「おぉ、それは素晴らしい。なんか、どっかで聞いた事のあるようなセリフだけど・・・まぁ、いいか。」
「ヘッドアップの癖は、なかなか治らないんだけど、美しくて、優秀なコーチが、わんさかいるから、安心して」
「はい、安心してます」
「そーいぅー言葉が返って来るとは思ってなかったけど、とにかく、自信持っていこう!」
「はい!、みっちり指導をお願いします」
「言ったねー覚悟しときぃ~」
「はい!」
真子コーチも、正しいフォームを、手取り足取り、コウノトリ、教えていった。
フォアの一本打ちを1時間続けて、少しの休憩を取った後、ランニングに入った。
第三グラウンドまで行くコースを選択した。
<やすこ、どうしてるかな>
コーチ陣は、休憩所で、おしゃべり・・・じゃない、戦略会議に入った。
「学校の無償化ってホント、助かるよねぇ~」
「でも、浮いた分、全部、塾代、習い事代に消えてくぅ~」
「習い事って、何やってるの?」
「ダンス教室へ通わせてる」
「それ、いいね」
「でしょ。勉強よりも夢中で、やってるわ」
「今の子は、何かと大変ねぇ~」
「穂乃香コーチは、寺子屋時代の成績はどうでした?」
「けんか売っとんのか、真由香コーチ」
「あんたなんか、B29の爆撃で、勉強どころじゃなかったでしょ?」
と応戦する穂乃香コーチ
そんな、戦略会議?が行われているとは知る由もない、クラブ員は、真剣にランニングをしていた。
<りっぱ。あっぱれ!>
そして、サッカー部の練習場近くで、やすこに追いつき、無言で、追い抜いて行った。
(そこには、テニスクラブ員同士でしか、分かり合えない、無言の【思いやり】【友情】があったが、他の者から見れば・・・・・)
「おいおい、見たか、今の。テニス部員からも、無視されてやんの」
「どう見ても、お荷物だからな、あれは」
「泣けてくるねぇ~」
「お前、惚れたか?」
「掘れた、掘れた。地面が掘れたってか」
「歩きっぱなしで、全然ダメやんか」
事情を知らない、他の者からは、容赦ない言葉が飛び交った。
それらの言葉は、ランニング中の、クラブ員にも、一部分ではあるが、聞こえていた。
ナナミーや、あべちは、泣きそうになっている。
他の部員達も、口をつぐんだまま、少しうつむきかげんで、もくもくと走っている。くやしさをにじませながら。
・・・・・・
全員がランニングを終え、本日の練習は終わりとなったが、テニスコートへ帰って来た、クラブ員の表情を見て、各コーチ陣は、およそ、どういった事があったのかを察した。
しかし、それには、あえて触れなかった。
やすこがコートに帰って来たので、挨拶を交わして、帰宅の途についたのであった。
・・・・・・
平日は、こんな感じで、一本打ち、ランニングの繰り返しであった。
単純な基本練習の繰り返し。
土日や、5月のゴールデンウィーク中も含めて、基本練習・フォーム矯正が、徹底して行われた。
・・・そんな中、瞳コーチは、よく眠れない日々が続いていた・・・
それは・・・
『このまま一本打ちのみでいいんだろうか』
『次のステップへ進むべきではないのか』
『練習のペースが遅すぎるのではないのか』
・・・基本練習が大切なのは、わかっている。
わかってはいるが、それでもどんどん時間が消化されていく中で、様々な不安が、瞳コーチに襲い掛かる。
クラブ員は、文句も言わず、ひたすらコーチの指示にしたがって、黙々と基本練習をしていてくれる。
救いは、前にナナミーが言った『止まって打てなきゃ、動いてなんか打てない』
という言葉。
でも、まだまだ覚えなきゃいけない事が、山の様にある。もう5月も半ばなのに、まだフォアの一本打ち中心の練習をしている。これでいいんだろうか?
考えれば考えるほど、不安になってきてしまうのであった。
そんな不安に耐え切れず、葉山監督に、苦しい胸の内を、打ち明けた。
「瞳コーチの思いは、よくわかりました。では、小田先生に、今の女子の状態が、どう見えているのか、聞きに行ってください」
「小田先生にですか?」
「そうです。小田先生に」
「葉山監督は、どう思われているのか、教えてもらえないのですか?」
「小田先生に聞いてきてから、また、お話ししましょう」
「そこまで、おっしゃるのなら」
そう言って、瞳コーチは、小田先生の所へ行った。
・・・・・・
「あのぉ、小田先生。ちょっとよろしいでしょか?」
「はい、いいですよ」
「実は、女子チームの事なんですが・・・
もう5月半ばなのに、未だにフォアの一本打ちを中心とした基本練習のみを行っている事に、とても不安を感じています。このままでいいんでしょうか?」
「ハッハッハ、とってもいいんじゃないんですか。このままで。
気付きませんか、彼女たちの、この一か月あまりの成長を」
「えっ?」
「自分の子供の成長って、気付いているようで、あまり気づいていないものです。毎日、見ていますからね。だから、ふとした瞬間に、『あれっ、こんな事も出来るんだ』って気付く程度。
クラブが立ち上がった時から比べたら、彼女達、雲泥の差ですよ。すごく成長してますよ。球のスピードも、安定感も。どの子も、生きた球を打てるようになって来てるじゃないですか。
彼女達自信、同じ練習でも、いつも生き生きとやってますよね。
それは、彼女達自信が、自分の成長を実感出来ているからです。
だから、みんな、コーチを心から信じて、迷わずついてきているんです」
「ありがとうございます。そんなふうに言って頂けて、自信になります」
「ただ、一つ助言をするとすれば、後衛はともかく、前衛は、もうそろそろ、それなりの前衛練習を始めた方がいいような気がします。前衛は、覚えなきゃいけない事が多いですからね。夏休み前までに、ここまでは出来るようにしていこう。という具体的なビジョンを、コーチの方々と話会うといいんじゃないんですか。
まあ、一人で抱え込まないで。周りにはとっても優秀なコーチが、たくさん見える事だし。・・・ついでに、葉山監督もね」
<俺は、ついで かよぉーーー>
相変わらずの、デビルイヤーである。
<そうだ。 私の周りには、頼りになるコーチが一杯、いてくれる>
いつの間にか、メインコーチという重圧に押しつぶされ、『自分が頑張らなきゃ』という強い思いが先行していまい、一人悩んでいたが、小田先生からのアドバイスで、なにか、スゥーーーと肩の重しが取れたような気がした。
晴れ晴れとした表情で、瞳コーチが戻って来た。
<さすが、瞳コーチ。もともと根が、チョー単純だから、立ち直りも、超ーーー早い!>
「バキッ!、ボコ!、ベコ!」
瞳のスタンド『ザ・デストロイヤー』が、葉山のスタンド『バンビ』のエルボーに、強烈な一撃を見舞った。
(このくだり、ひさしぶりぃ~)
<もう、大丈夫だな💛 瞳コーチは>
・・・小田先生の復活魔法で、早々と復活した、葉山は確信した。
「穂乃香コーチ、真由香コーチ、こっちに来れる?」
「なにぃ?」
「あのね、練習方法についてだけど、相談に乗ってくれる?」
「待ってました」
「やっと、きたかぁ~」
「えっ?」
「えっ、じゃなですよ。もっと早く相談してほしかったな」
「そうそう、私たちが頼りないみたいじゃないですか」
「ごめんなさい。そんなつもりじゃなかったんだけど・・・」
「へっへっ、ちょっといじめちゃった。これは、もっと早く相談してくれなかった事への、おかえし ね」
「あのね、これからの練習、どうしたらいいと思う?」
ここから、1時間近く、話し合いが行われた。
<女性って、話し始めると、長いんだよねぇ~>
・・・・・・・・
「実はさ、葉山監督から、止められてて」
「何を?」
「瞳コーチから、練習方法について相談があるまでは、自分達から、相談に行かないようにって」
「このままでいいのかな?という不安は、私たちも持ってた」
「そうそう。だから、瞳コーチに言おうか、どうしようか迷ていた時に、葉山監督が、言って来たの。こっちからは相談するなって」
・・・・・・
普段の練習では、しょっちゅう、仕事?の電話ばかりしていている葉山だが、しっかりと、チーム全体を見ていて、クラブ員の成長は、コーチ陣に任せ、自分は、コーチ陣を成長させる事に主眼を置いていた。
瞳コーチを始め、各コーチが、この所、練習方法について、なにか迷いみたいなものを感じ始めている事に、気が付いていた。
だからこそ、待った。瞳コーチが、自ら相談に来る事を。
小田先生に相談に行ってと言ったのは、『身内の言葉より、他人の言葉』である。
(そんな、格言は、聞いた事ないんだけど・・・
そりゃそうよ。だって、俺が考えたんだから)
小田先生を、『赤の他人』 だとは思っていないが、女子の監督である自分が、言うよりも、自分よりも少しだけ距離のある、小田先生からの言葉の方が、瞳コーチの心に響くと思ったからである。
事前に、小田先生と打ち合わせなどは、していない。
小田先生なら、適切なアドバイスをくれると信じていたから、そのような行動をとったのである
人を成長させるのは、難しい。よかれと思って言っても、真意が本人に伝わらない事も多い。だから、いつも葉山は考える。
<どうしたら、この人が育つんだろう。
言うべきか、待つべきか。
助言・指導するなら、何を、どんな方法で伝えるのか。
葉山も、悩んでいる。
(そうは、見えんけど)
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