第2話 祭りの日

 ダンプに跳ね飛ばされて全身骨折の絶対安静だったはずの私のおじいちゃん。


 相変わらず家の前の横断歩道をダンプが暴走している。


 なんだけど。


「Put in !」

 

 雪雷八三式の漆黒の鎧。


 ダンプを右手で止めて、空いた左手で交通安全の旗を降っている。


「おはよう〜気をつけて渡るんだよ」


「おはよう〜」


「おはよう黒じいちゃん」


 子供たちが横断歩道を笑顔で渡っていた。


 瀕死の重体で病院に入院している間、私の知らないうちに強化アーマーとか言う者になってきたおじいちゃん。


 「春香おはよう」


 私はまだ訳がわからないでいた...


    ・ ・ ・


 今日はおじいちゃん、夏祭りの実行委員会の集まりに行っていた。


私は小学5年以来、両親の事があってお祭りが楽しめなくなって、それからはお祭りには行っていません。


 町内会館でお祭り実行委員と言う騒ぐのが好きな大人たちが話しあっている。


「最近は神輿の担ぎ手がいなくなったなぁ」


 この人は町内会長の辻茂(つじ しげる)さん。おじいちゃんとは30歳くらい歳は離れているけど気が合うらしい、私も小さい頃はよく遊んでくれた記憶があります。


「実(みのる)のとこの若いのはどうした?」


 おじいちゃんが「実」と言った人は会長さんと同期で斬馬運送と言う運送会社の社長さんの事で、おじいちゃんが毎朝、横断歩道で止めているダンプの会社です。


「実さんが亡くなって息子の洋一くんが跡を継いでからは町内のことは全然やってくれなくてな」


「まったくあのボンボン息子めが、でもシゲさん今年は大丈夫!」


「おや?タケさん何か妙案でも」

 

「まぁ、これを見てくればわかる」


 そう言うと神輿の置いてある倉庫へと向かう委員会の人たち。


私が生まれる遥か前から祭事のたびにみんなから担がれていたお神輿がそこにあった。


おじいちゃんが神輿の前に立ちフルメタルの入れ歯をはめる。


「Put in !」


「ほう」


「なんと、ねェ」


「たいしたものだ」


 パチパチパチパチ


 雪雷八三式を眺めながら感心している。


 もっと戸惑ってほしいと思う私がいます。


「どっせい」


 何人もの担ぎ手がいるはずのお神輿がおじいちゃん1人で持ち上げて見せた。


「これはすごい」


「カッカッカッ、これで人数は少なくても大丈夫!」


 高笑いをするおじいちゃん、その時フルメタルの入れ歯が外れた。


 グキッ!


 腰が砕ける絶望の音が鳴り響いた...


 ・ ・ ・


「もう、おじいちゃん。あんまり調子に乗らない事だね」


 布団に横になっているおじいちゃんに湿布を貼りながら私は言った。


 あまりにも元気でいるから、みんなも私もおじいちゃん本人も忘れているけど来年100歳のおじいちゃんなのです。


「面目ない」


 フルメタルの入れ歯をしげしげと眺めながら謝るおじいちゃん。


「そうだ。春香お前、神輿の担ぎ手をやらないか?」


「なんで、私が」


「小さい頃は、あたちもかちゅぐ〜って泣いて担がせてもらっていただろう」


 神輿を担いでいるおじいちゃんがカッコよくて、よくおじいちゃんの肩に乗せてもらってはお神輿を担ぐ真似事をさせてもらっていた。


「それは、私が小さかった頃じゃない、それに私はお祭りが嫌いだし....」


両親に捨てられた私はいつの頃からか、両親がいないのに楽しい事をしてはいけないと思う様になっていました。


「今年はおじいちゃんと祭りに行こう!春香、楽しんでいいんだぞ。それに春香みたいな若い女の子が神輿を担いだら他にも担ぎ手が来るんじゃあないか」


 おじいちゃんの「楽しんでいい」と言う言葉に私は戸惑いました。


「どうしたの?」


 私をジッと見ているおじいちゃん。


 そんな私の気持ちがわかったのか...


「春香もお洒落なものを身につける様になったんだなぁと思ってな」


「えっ」どう言う事?」


 突然のおじいちゃんの意味不明の言葉...


「このフルメタルの入れ歯、口にはめるだけでは雪雷にはならないんだよ、奥歯にある起動装置を押さないとな」


「それと私が身につけているものと、どう関係があるの?」


「実は雪雷にならないだけで、ある程度の能力が使えるみたいなんだな」


「それで...」


 私はおじいちゃんが何を言いたいのか段々とわかってきました。


「つまり、その機械は服が透けて見えるとでも言いたいわけ」


 兵器として開発された「雪雷」はある程度なら透視ができて危ない物を持っていないか確認をするものが装備されているというらしい。


「いや〜試しに春香を透視したら何やら可愛らしい絵柄のものが...」


 私はおじいちゃんの両目に湿布を貼りつけた。


「ばか!えっちなおじいちゃん!」


「目が〜」


「一生そうしてろ!」


 こんなおじいちゃんですが私のただ1人の家族なのです。



「斬馬運送」

 先代の社長が亡くなって息子さんが跡を継いでからはあまりいい評判はきかない。


「なかなかあの地区の工事が進んでいない様ですね」


 工程表を見ながら斬馬 洋一(ざんば よういち)はイラだっている様でした。


「なんでもコスプレじじいがいるみたいだな」


「それが若社長、ただのコスプレじじいじゃないんです」


 黒ずくめの男3人が今にも床に着きそうになるくらいにかしこまっている。


 でも、この人たちはただのトラックの運転手さんです。


「確か。孫娘がいたはずだな、そいつを拉致って...」


 悪巧みを画策している、品のない顔。


「あー、なんか嫌な感じのフラグが立っちゃたな〜」


「オレ達はただのダンプの運ちゃんなんだけど」


 ザワつく運転手のみなさん。


「そこ!何か言いましたか?」


 1人の男に近づく洋一。頭を鷲掴みにしてそのまま机の上に叩きつける。


「いいですか、よくお聞きなさいよ。お前たちみたいな人種は普段はクソの役にもたたないのだから、ただ黙って私の言う事を聞いて。行ってくればいいのですよ」


鷲掴みをしたままの耳元で囁く洋一。


「だからオレ達、ただの運ちゃんだって...」


「昨日、若社長なにかのアニメを見たんだな」


「すぐその気になるから」


 たぶんロシアマフィアでも出てくるアニメでも見たのかな。


 ダンプの運転手さんが呆れて成り行きを見守っていた。


 これって私のピンチじゃん!


 いつもの朝。


 いつも通りにおじいちゃんは横断歩道で老若男女問わず旗を降っている。


 私も横断歩道を渡ろうとおじいちゃんの隣りに立っていた。


「気をつけてな、帰ったらお祭りに行くぞ」


 横断歩道を歩き出した私は、おじいちゃんのお祭りの誘いの答えに困っていた。


 その時、私の目の前に突然ワゴン車が急停車をした。


 いきなり数人の男たちが出てきて私をワゴン車に連れ込んだ。


「!」


「よし!出せ!」


 恐怖で私の体は固まり思考が停止しそうになった。


 時間が遅く感じているのか、車が進んでいない様な気がします。


「どうした⁉︎早く出せ!」


 男たちの慌てている様子がわかります。


「ジジイが車を持ち上げていやがる!」


 いつの間に「雪雷」になったのか?


 「このド外道が〜、よくも目の前で春香を誘拐しようとしたな」


「オイ!殺されるゾ!」


「若社長の言う通りにして殺されるのはゴメンだぜ」


 素人丸出しの男たちは身の危険を感じ私をワゴン車から降ろした。


 そのまま急発進して走り去る。


「ふーむ、あいつらをこのままほっとく訳にはいかないか」



 お祭り会場


 おじいちゃんに助けられて私は無事。お祭りの会場に来ています。


「春香ちゃん、来てくれたんだね」


 町内会長の辻さんやみんなが私をあたたかく迎えてくれました。


「あれ?おじいちゃんは?」


「なんでも用事を済ませてから来ると言っていたけど」


 用事?なんの?


 嫌な予感がしました。



 斬馬運送のプレハブ小屋の事務所では私の誘拐が未遂に終わった事にイライラを隠しきれない洋一が運転手たちにひとしきり文句を言った後の様だった。


「祭りにダンプで突っ込めって、本気か?若社長は」


「いい加減あきらめてくれないかなぁ」


 気乗りのしない運転手たち


「まったくだぜ、タケさん相手じゃゴジラと戦っているみたいだぜ」


 ここの運転手たちはこの町内で生まれて育った人たちが多かったので、おじいちゃんの事を知っていた。


「お前たち、またくだらん事をしようとしているのか」


 お祭りの法被(はっぴ)を着たおじいちゃんがプレハブ小屋の入り口に立っていた。


「タケさん!」


「お前たちも小さかった頃は祭りを楽しみにしていただろう」


 おじいちゃんは運転手たちを産まれ時から知っている。一緒にお祭りを楽しんでいた昔を知っている。

 

 だからこそこれ以上の乱暴は我慢できなかったのです。


 そんなおじいちゃんの気持ちをわかってくれたのか。


「だよなぁ」


「オレたちも神輿を担いだ事があったよな」


 運転手たちの目が子どもの頃に戻った様な気がした。


 おじいちゃんが穏やかな眼差しで見ている。


「ハイハイ、茶番はそこまでですよ」


外に出るとブルトーザーに乗った洋一が現れた。


「コスプレじじぃ、仕事の邪魔をしないでもらおうかな〜」


 おじいちゃんにむかってブルトーザーを走らせる。


「工事優先の金儲けの為に何も見えなくなった、馬鹿者が」


 法被の懐からフルメタルの入れ歯を取り出す。


「Put In!」


 漆黒の鎧。雪雷八三式。


「このコスプレが〜」



 私はおじいちゃんを待ちながら、お祭りの様子を眺めていた。


 楽しそうにみんな笑顔でいる。


 私にもあったはずの楽しい時間。


(私も楽しんでいいんだよね。おじいちゃん)


「今年はおみこし来ないのかなぁ」


 さっきまで楽しそうな笑顔をしていた子どもたちがお神輿が来ない事を心配して、寂しそうな顔をしている。


「おじいちゃん...」


 きっとおじいちゃんが子どもたちの笑顔を守ってくれると私は信じていました。


 遠くから祭り囃子が聞こえてくる気が。


「おみこしがこっちにくるよ!」


 おじいちゃんを先頭に運転手たちがお神輿を担いでやってきました。


「セイヤ!セイヤ!」


 おじいちゃんはカッコよかった。


「せいや!」


 私は子どもたちと一緒にお神輿の輪の中に入っていきました。



 地面に垂直に突き刺さっている。ブルトーザー。


 シートベルトをしたまま、夕焼けに染まる空を見上げている洋一。


「コスプレじじぃ、まだだ!このままで済むと思うなよ〜」


 「まだ、やる気だよ」


 たった一人残った運転手が呆れていた。

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正義なき力は必要なし おじさんさん @femc56

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