第16話

冴島が牙炎の腕を切断したのとほぼ同時刻


「ねえ、綿津見」

 着替えを手伝っている綿津見に向かって、加多弥が訊ねた。

「なんでしょうか?」

 加多弥の目の前の空間にはNTBS本社のヘリポートでの冴島と牙炎の戦闘が映し出されていた。上空1000メートルほどのところで重力・慣性制御で空中に浮遊している複数の監視ドローンからの映像だった。綿津見が打ち上げて遠隔操作しているドローンで、冴島の耳に装着している翻訳機のデータをドローン経由で転送することで二人の会話も聞こえていた。


「冴島さんはどうしてあんな強引な戦い方すると思う?」

「今の冴島さんの魔術と魔法の習熟度では致し方ないと思います。それに冴島さんは自分の世界の人々や建築物などを守ろうとしているので、制約が多くなって選択肢が少なくなっていると考えられます」

「そうね...攻撃系の魔法の制御がままならない状態で魔術の初心者。相手は魔術師の天敵。接近戦で懐に入り込んで、接触してから魔術を直接流し込む...それしか冴島さんには方法はないかもしれないわね」

 着替えが終わると、綿津見は宙に浮いたワゴンから加多弥のための飲み物の用意を始めた。

「加多弥様は攻撃系の法術が使えないと仮定したら、どのようにして彼らと戦いますか?」

 少し斜め上を見ると少し考えながら加多弥は答えた。

「何の制約もなければ、癸位階の爆熱魔術で建物の上部ごと熱融解させて爆散させるわ。あの化外剣闘士は最上位魔術を消失させられるほどの技量はないようだし」

「加多弥様、それでは答えになっていないです。冴島さんは癸位階の魔術はまだ使えません」

「そうね...それじゃあ、20並列ぐらいの中階位魔術をほんの少しずつ時間をずらして全方位から浴びせかけるわ。斬魔刀一本で魔術を切り裂いて霧散させるには限界があるもの。仮に最初の20並列に耐えられても、その後方にさらに並行励起させた魔術を待機させておけば確実ではないかしら」

 少し呆れた顔をして綿津見はため息をついた。

「冴島さんにはまだそれだけの魔術を同時励起させたり制御するのは無理です。初心者なんですから。それに、そんな攻撃をしたら法術を使ったのと同じ結果になってしまいます」

「綿津見が意地の悪い質問をするからよ」

 加多弥は無邪気な笑みを浮かべながら、綿津見が準備している飲み物を横目で見ている。

 加多弥は綿津見と二人きりの時は主従関係や人間と自動人形ではなく、なるべく砕けたやり取りができるような関係性を綿津見に求めていた。

「もう一つ付け加えておくと、宿禰様の魔法で脳を強化されていても、そんなに並列制御できるはずありません」

「今では禁止されている遺伝子操作で寿命を延ばし、脳の機能拡張までして地上の人たちより進化したと考えている私たちと比較してはいけないわね。でも、冴島さんは私たちの予想以上に順応しているように見えるけど」

「はい。冴島さん自身が魔法を使うことができる素養があっただけではなく、コツを掴む能力が優れているのかもしれないですね。冴島さんでなければこの短期間でここまでの成果は出せてないと思います。やはり、戦いに慣れているというか、順応力が高いというのも大きいと思います」

「あなたが言うのだから、そうなのでしょうね...ねえ...戦い慣れている冴島さんは、今、何のために戦っていると思う?」

「宿禰様から頂いた情報では、冴島さんは22年前に夫人と離縁されています。その際に夫人は3歳の娘さんを連れて出て行っていて、それきり娘さんとは会えていないようです」

「王家の魔法を使って記憶を見たのね。秘術を使ってまで個人の情報を盗み見るなんて感心しないわね」

「加多弥様も知らない法術の一つですね。ですが宿禰様の代わりを務める方を探すためですから致し方ないかと...」

「国王にしか伝承されない魔法だけど...魔導師を標榜している宿禰のことだから更に改良しているのでしょうね」

 綿津見への質問のことを忘れたかのように、記憶を探る魔法について思索しているようだった。だが、綿津見は尋ねられた質問について生真面目に回答をする。

「元軍人ですから自分が属している国を守るために戦っていると思います。ですが、最も高い割合を占めているのは、娘さんを守ることと推察されます」

「そうね...武尊は親を殺して自分が国王になろうとしている。冴島さんは命をかけて娘を守ろうとしている。親子という関係は変わらないのに、どうしてこんなに結果が異なってしまっているのかしら...」

 加多弥は綿津見から手渡されたグラスの中に満たされた淡い青色をした炭酸系の飲料の小さな泡を見つめながら呟いた。


「綿津見、誰にも言わないでね」

「わかりました。特級秘密指定で保存します」

「あ、冴島さんと宿禰にはあなたが判断して教えてもいいわ」

「宿禰様はともかく、どうして冴島さんはよろしいのですか?」

「あの人には知る権利があると思うし、宿禰は知っているはずだから」

「わかりました」

 綿津見は頷いた。

「武尊は知らないけど、私が10歳の時にお父様は皇帝陛下...いえ、お爺さまに私を次の国王にしたいと告げたらしいの」

 綿津見は聞くことに徹していた。

「でも、お爺さまは祖先が決めた法典を一人の王の一存で変えることを反対したらしいわ。その時には祖父、曽祖父、高祖父は亡くなっていたから、お父様は歴代の国王に意見を求めることも賛同してもらうこともできず諦めたんですって」

 加多弥は綿津見の表情を見ようとしたが綿津見の表情は全く変わっていなかった。

「王太子を国王にするのは慣例だったから変えることはできたみたいだけどね」

 加多弥は視線を手元のグラスに移したが再び綿津見の目を見た。綿津見は加多弥が何らかの反応を期待していると判断した。

「では、なぜ宿禰様が選ばれたのですか? 宿禰様は六男という記録があります」

「第一王子から第五王子までは魔法を使えないことがわかったからよ。それに武尊は思考や性格が国王には向いてないと思うし...」

「......」

「私が10歳の時に、お父様は私がどのぐらい魔術が使えるか試したくて、遊びみたいな感じで魔術対決をしたの。その時に私が魔術でお父様を圧倒してしまって...その時に私が魔法を使えることをお父様が知ったの」

「弾正様が早くから引退を仄めかしていたのは、それが原因だったのですか?」

「ええ、魔法至上主義になったのも、それかららしいわ。自分が魔法を使えないことを昔から恥じていたらしいし。でも、それだけじゃないの」

「他にも理由があるのですか?」

「宿禰が私に対抗できるだけの力を持っているからよ」

「法術...魔法を使えるからでしょうか?」

「宿禰も私と同じで全ての龍脈孔が開いているみたいなの。私はそれが本当なのか知らされていないけどね...」

「それは、加多弥様が王家に謀反を起こすと弾正様がお考えになっていたということですか?」

「万が一ということじゃないかしら。私には野心なんて全くないもの。だけど、何かあった時に、唯一対抗できる宿禰を国王にしたかったということみたい」

「加多弥様に野心はなくても、加多弥様を利用しようとする人たちはたくさんいるということですね」

「そういうことだと思う」

「宿禰様はどうだったのですか?」

「宿禰は実のお母様のことがあるから、自分が国王になれるなんて思ってもいなかったでしょうし、担ぎあげるような人たちもいなかったわ。あの子は魔術や魔法の研究ができればそれで良かったみたい...」

 加多弥の表情を見て続きがあると判断し、綿津見は言葉を挟むことを控えた。

「でも、他の弟たちは自分が国王になりたかったみたいね。お父様は宿禰は国王の資質があると私に言っていたけど...決定的だったのは宿禰が魔法を使えることをお父様が知ったとき...宿禰が8歳の頃だったかな」

「加多弥様よりも早い時期だったのですか?」

「そうね。何といっても、お父様は魔法を使える息子が欲しかったのよ。そのために側室を増やしていたわ。どの血筋が優位なのか調べていたみたい、実験するみたいに」

 加多弥はグラスの中の飲み物をやっと口にする。

「宿禰のお母様もそのうちの一人だったわ。当時、唯一の奴隷民族から連れてきた人だったの」






「俺は知らない...知らされてない」

「現場の最前線の兵士だから知らされてないというのはわかる。だが、お前たちが全く知らされていないとは思えないな」

「本当だ。知らされていない」

「軍隊の分隊レベルの兵士であればお前の応えもわからないでもないが、3人で作戦上重要な術を守る命令を受けていて知らないはずはないだろう」

 問いただすだけでは応えるはずもないと判断した冴島は痛みで喋らそうか思案した。

「お前がどこまで魔法について知っているかわからないが、魔法は肉体の細胞単位にまで影響を及ぼすことができるんだよ。だからさっき腕を硬くしたような身体強化だけじゃなくて、痛覚を遮断したり、逆に痛覚を数段鋭敏にする身体操作も可能なんだ。言っている意味わかるか?」

 冴島は1つの意識から痛覚を鋭敏にする魔法を励起させると、牙炎の右腕に向かって発動させた。そしておもむろにショルダーホルスターから銃を抜くと、その右腕の上腕部分に一発発射した。

「ぐわあぁぁ!」

 気が狂うのではないかと思うほどの凄まじい痛みが牙炎を襲った。今まで訓練や修行で様々な痛みを経験してきた牙炎だったが、この痛みとは比べ物にならなかった。

「言え」

 元々の湊大地では出さないような、抑えめで少し低めの冷静な声音だった。

 言葉を口に出す余裕もないほどの痛みに牙炎は悶え苦しんだ。

「し...知らない...本当だ...」

 やっとのことで口にした応えに冴島が満足するはずがなかった。

「今度は左腕にするか?」

「本当だ!」

 演技には見えなかったが、冴島は嘘をついていると確信していた。左腕にも同じように魔法をかけ銃弾を打ち込む。痛みに悶絶する牙炎を見下ろす湊大地の顔には悲しみや同情といった喜怒哀楽の表情は浮かんでいなかった。冴島は、機械が決められたことを機械的に実行するように行動することに徹していた。


 痛みでのたうち回っている牙炎を見ながら、冴島は宿禰の記憶に他人の記憶を見る魔法があるか確認した。だが、そのような魔法は記憶の中にはないようだった。


・・・他人の記憶を盗み見るようなことはできないか・・・


 頭の中に突然声がした。


【記憶を見る魔法は存在するが、王家の秘術だから思い出そうとしても思い出せないようにしてある。今回は特別だ。だが法力の量と術の制御は慎重にしろ。相手の脳を破壊する可能性があるからな】


 疑似人格の宿禰はそのように、言うだけ言うと反応がなくなった。


 冴島に脳に保存された記憶を覗き見たり、相手に本当のことを喋らせる魔法の知識が見えるようになった。魔法の知識と発動するための文字のようなものが大量に流れ込んでくる。そして、この魔法の本当のことを喋らせるという部分は宿禰が改良した部分だということを知った。


・・・この記号のようなものが尾上が言っていた神代文字というものなのか?・・・


 これまでは魔法とはこういうもの、というようにあまり深く考えないようにしていた。宿禰の記憶があったとしても、今までの冴島の常識と知識の範疇をはるかに超えているから現実逃避していたのだった。しかも、記憶だけでなく知識として認識できていて実行までできるのが不可思議であり、自分のことながら不気味であった。

 理解しようと思えば理解はできる。だが心が追いついていかない。だから冴島は魔法や魔術の知識や本質から目を背けていた。特に魔法は術のイメージ、そして知識と理解と認識が密接に結びついている。治癒や身体操作は独りでの戦闘で必須であったことから、必死になって理解しようとしたし、結果がイメージしやすかった。だが、攻撃系の魔法は魔術のそれと違って仕組みを理解しづらいように感じていた。


・・・銃の構造や仕組みを知るのと同じように考えれば良いだけなのだろうが・・・


 魔法について思考している意識とは別に、もう1つの意識は牙炎を監視していた。

「拷問は性に合わないから、ここまでにしてやろう」

 そう言うと、牙炎の腕の銃創を魔法で治癒し痛覚を通常に戻してやった。


「お前が本当に知らないのか魔法で記憶を調べてやる」

 牙炎はギョッとした表情を浮かべた。

「これは痛みに耐えるのとは全く違うから覚悟しておけ」

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神代の魔法使い 鬼龍院刹那 @k_setsuna

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