「じゅうじん病院」

低迷アクション

第1話



地元にある廃墟は“じゅうじん病院”と呼ばれる。名前から聞いて、誰もが“獣人”と言う字をイメージすると思う。当たり前と言えば、当たり前だが、違う字を使う。


このじゅうじん病院…名前の異様さから、様々な憶測や噂が飛び交い、どの話が本当かは地元に住んでいる者でも、確実に知っていると言う人間は、あまりいない(図書館や市役所で詳しく調べれば、或いはだが…)


1970年頃から開院し、元は東京の整形外科からの分院であったとか…

移転のため、2000年初頭には、閉院したらしい…など…そして、こういった移転に付きまとう定番の噂として、院長が浮気相手の女性を病院裏で殺して、バラバラにし、裏の林に埋めた。


その女の霊が現れる。


霊感を持った人を廃墟に連れていくと、霊障が起きたり、バラバラの腕が飛んでくるなど、など…


全ては“らしい”で締めくくられる話ばかりである。


ネットで検索すると“獣人病院”と名付けられ、考察や実際に行った内容の動画もあるが、これらも正確なのかどうかは、正直怪しい。


要するに、実際は怪しい噂も何も無く、普通に移転し、廃墟となったが、名前のインパクトから様々な憶測や怖い噂が出来た場所と言える…


と言うのが…本当……


だろうか?


火のない所に煙は立たない。下記に記載するのは、じゅうじん病院について語られてきた、ある噂話の一つである…



 「“ブラックサイト”って知ってるか?」


2000年代後半の夏、当時、学生だった“Y”は先輩である“O”から、ある相談を持ち掛けられた。


「サイト?インターネットとかじゃないですよね?」


「バカッ、違うよ。ブラックサイトってのは、アメリカ軍が駐留してる場所に作る収容所とか秘密軍事施設の事だよ。有名なのは、と言うか、アメリカがテロリスト達を脅す目的で公開したグアンタナモ収容基地…ほら、ニュース見たろ?国際法ガン無視で囚人拷問してて問題になったやつ。アレだよ。それと、似たようなモンが日本国内でもあるって噂がある。それも9.11以前からな」


「それが?俺の地元の“じゅうじん病院”だって言うんですか?」


「正確には、跡地って言う事になるかもしれない。病院が建てられたのは、1970年代…ベトナム戦争、米軍が敗けて、撤退し始めた時期だ。


お前の県は駐留基地が複数存在している。横〇賀港には、海軍や撤退兵達の受け入れも盛んだった。


そして、閉院時期は2000年の始め、アメリカ政府がブラックサイトの存在を認めたのと同時期だ。


開院から閉院、色んな所で重なる要素がある。加えて、病院運営時から流れた妙な噂…

知ってるか?幽霊が出るとか、変な声が聞こえる的なアレな。


後、ここはちとオフレコなんだが、星条旗のついた大使館ナンバーのトラック、つまり治外法権かつご意見無用の輩が、ここに何かを運び込んでいた目撃情報もある。どうだ?興味ないか?」


Oは駆け出しのライターである。彼が扱うのは、自身の趣味も兼ねた超常現象、陰謀モノ…


後輩のYも好むネタであり、だからこそ、病院跡の廃墟に忍び込む彼の提案を断る理由はなかった…



 「恐らく警備が入ってると思うから、サッと行くぞ?」


「…了解」


低い声で喋るOに、Yは頷く。


ひとけのない丘の途中に聳え立つ、じゅうじん病院は瓦礫と草木に覆われ、何かが出そうな雰囲気を醸し出していた。


時刻は、深夜…駅の歓楽地から離れた丘には、車や人が通らない事は、地元に住むYがよく知っている。それでも声を潜めるのは、目の前の廃墟の不気味さからだろうか?


「重要なのは、全部運ばれてるだろうけど、何か痕跡でもいい。英語の書類とか。そーゆう、見落としがあれば、御の字だ」


得意かつ楽観的なOの発言は一理ある。


閉鎖した病院などの跡地には、意外と医療器具やレントゲン写真など、患者の個人データに該当しそうなものが残っているのは、廃墟マニアの間では常識だ。


もっとも、先輩の話が正しく、ここが本当の極秘施設なら、そんな痕跡を残すとは思えないが…


鉄柵のフェンスをくぐり、泥と雨水に浸水した室内を、ごく短い時間で探索し、建物の最奥である倉庫に辿り着いた段階で


“何も残っていない”


と言う雰囲気が、2人の間に強く漂う。


「先輩…これは…もしかして」


「オイッ、見ろ…」


控え目に口を出すYを、鋭い声が遮る。


Oが指さした先は、倉庫の隅…


今まで汚れてきた床に比べ、そこだけが、泥や水を掃った後がある。


「下があるんだ…多分」


「地下室って事ですか?」


Yを無視し、隅に蹲ったOは、頭につけたライトで床を照らしながら、両手を動かし、恐らく、あるであろう“取っ手”を探していく。


その時点で気づくべきだったとYは後に語っている。


「泥や水が掃ってあるって事は、出入りがあるって事だ。人にしろ、何にしろがな。作業が終わって立ち去った後か、今もそこにいるか…俺達の場合は、後者だった」…



 腰の道具入れからドライバーを出し、床の縫い目に突き入れながら、Oが口を開く。


「アメリカ人ってのは、律儀でな」


「りち?何です?」


「占領した地名や、土地の言い伝えを、そのまま基地の名前にしたりする。その土地の言葉でな。多分、作戦や予定をたてる時にわかりやすく、場所の用途などを確認するためっていう効率主義から来るんだろう…だから、この場所も」


「獣人病院?えっ?先輩、じゃあ、ここには……マジで言ってます?」


「その手のフォークロア、いや、ウォークロアとでも言おうか?戦争の与太話はいくらでもある。70年代のナム戦は、アメリカが初めて敗北した戦争だ。持ち帰ったのは、PTSⅮと枯葉剤患者だけじゃない。あのジャングルは、それ以外の何かがあった。何かが…」


言葉途中で、金属を無理やり擦るような音が響くと同時に、


てこの原理で持ち上げられた床板の下にポッカリと頭二つ分くらいの黒い穴が現れた。


Oの後ろから覗き込もうとうするYの耳に


“ううううううー”


と言う獣の唸るような声が響き…その直後…


「わっ、わっわっわわわわ…お、おいっ、イケッ、行け!」


恐怖を顔に貼りつかせたOが振り返り、Yを突き飛ばしながら、そのまま走りだす。2人は、病院の外まで一気に飛び出し…


真っ青に震えるOが言葉少なに今日の探索を終える事を宣言した…



「唸り声が聞こえたのは確かだ。逃げてる最中は、追っかけてこなかったと思う。多分…あの後、先輩は何聞いても、教えてくれなかったしな。人って、短時間で凄い恐怖を感じると、髪が白くなるって言うけど、先輩がそうだった。全部真っ白。俺より2コ上だけど。もう、老人みたいだ。


建物も、まなしすぐに壊されたよ。だから、多分もう“いないんだ”と思う。


俺は先輩の後ろからしか見てないから、唸り声しか…


いや、ホント言うと、走り出した時に、チラッと見えたんだ。


野良犬…違うよ。穴から半身まで出してたアレは動物じゃない…二本足の人間だ。暗くて、よく見えないが、顔の真ん中あたりが前に突き出してる…ありえない位に…


だから多分、あれは…」


途中で黙るYは、今までの会話の流れから誰もが予想する次の台詞を、敢えてぼかし、最後に、こう言った。


「一体、何見たんだろうな?俺達…」…(終)

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