第11話 手のなかの信頼
こちらに来て半年が経った頃。
私はその日、正午を少しすぎた頃に夫に起こされた。
鬼界というのは、基本的に昼夜は逆転している。
「起きるのはまだ早くないですか」
「今日は早く起きて貰わなくちゃ。今日は結婚式の日だからね」
「け、結婚式!?」
私は、がばりと飛び起きた。
「今日?そんな急に?」
「あれ……、言ってなかった……?」
「聞いてない!」
「ご両親にはもう言ってあるよ」
「私を外して直で両親に!?」
「ほら、君に買って貰ったスマートホンで。あれは便利だね」
冥府に就職してから経済的に潤い、私と二人分、スマートホンを購入したのだが、まさか現世にまで通信できるとは思わなかった。
そうか、今時は、呪いのメールとかあるもんな……。
「どうやって家の両親に?」
「
「使いこなしてるよ……」
「彩々が教えるのが上手だからだよ」
「わたしのせいだったか……」
だが、ここでぐだぐだ言っていても仕方が無い。
来たる日が来てしまったのだから。
輿に乗せられて会場に向かう。
向かった先は、鬼市にある
今回言った鬼市は随分現代的な様子だった。
新婦控え室には、いくつかの婚礼衣装が吊られていた。
「どれでも好きなものを」
アテンドの女性が言う。
真紅の中国の婚礼衣装と、日本の白無垢と迷っていたが、最終的に、綿帽子を被りたかったので、白無垢に決めた。
気付けをして貰って、化粧をほどこして貰う。
「着物なのに、手慣れてますね」
気付けをしてくれた女の人に言うと、女性は「私、日本人ですから」と笑った。
生前、結婚して中国へ来てホテルで働いていたのだという。
「こっちでの生活は大変ですか」
「でも、楽しいこともたくさん」
そう言って彼女は笑った。とても綺麗な笑顔だった。
程なくして、時間が来た。新郎が迎えにやって来る。
こんこん、と扉がノックされた。
扉を開けて中に入ってきた王賀は、結婚式の赤い衣装に身を包んでいた。
薄く化粧されていて、いつにも増して端正な面立ちである。
王賀は、私の衣装を見て驚いているようだった。
それはそうだろう。中国では白は葬儀の時の色だ。
「これは、日本の──私の生まれた国の婚礼衣装です」
「しろいんだね」
「ええ。でも、死んであなたのところに来た私には似合いでしょう?それに、私はずっとこれが着てみたかったんです」
アテンドの女性に頼んで、二人並んでいるところをスマートホンのカメラで撮って貰った。二人とも、少し緊張した面持ちで写っていて、それを見て私たちはやっと笑うことができた。
「綺麗だよ」と王賀は言った。
「ありがとう。あなたも美丈夫で驚いた」
「嬉しいよ。それじゃあ、行こうか」
手を繋いで歩き出す。
私たちの結婚式は、式はせず、披露宴だけだ。
扉が開いて場内に入ると、私の親族席には両親や兄弟姉妹と友人が、王賀の親族席には、冥府の同僚達や白無常、黒無常が座っていた。
新郎に両親はいない。もう転生してしまったからだ。
新郎新婦の席に立ち、二人揃って頭を下げる。
その後「交杯酒」と呼ばれる儀式をする。様々な方法があるが、ここでは、新郎新婦がそれぞれの杯から半分お酒を飲み、杯を交換して残りの半分を飲み干す、という形で行った。
その後は、新郎が挨拶をして、食事が運ばれてきた。
お酒を持って各テーブルを回り挨拶をする。あちこちで写真を撮って回る。
目が回るような忙しさだ。
白無常と黒無常の神々にご挨拶すると、二神は丁寧に挨拶を返して、私に話しかけた。
「すまなかったな。ご両親との別れを早めてしまった」
「この男は生来、こんな我が儘を言ったり横暴をする男ではなかったんだが」
「余程、あなたを気に入ったんだろう」
「そうですね、その分、大切にして貰っています。それに、こちらでの生活にも、もう慣れました。諦めるわけではないですけど、こちらにしかない楽しみもありますし」
私は罰が悪そうに縮こまっている王賀の脇をつついた。
「また本屋さんに連れていってね」
デザートが運ばれてきて、披露宴は終わりとなる。
王賀は、新婦の家族席に、できるだけ長くいてくれた。
たくさん写真を撮って、たくさん話した。
「綺麗だね」
「幸せそうで良かった」
家族からの言葉に、私は何度も頷いた。
帰りたい、と思わなかったわけではないけれど、私はもう冥界の火で煮炊きしたものを食べてしまっている。現世には帰れない。
じわりとにじむ涙を拭って、私は楽しい時を過ごした。
その夜、私の親族はこの
私と王賀も同じ
明日、チェックアウト後に現世の空港まで送っていく。
そうしたら、次会えるのは一体いつだろう。
みんなに寿命が来た時だろうか。
夜遅くまで友人と話し、友人が寝静まってからは、家族と過ごした。
翌日、家族を空港まで見送った私は、夫と二人で鬼界に帰った。
さみしいけれど、私には仕事もあるし、第一、夫──王賀がいる。
夕焼けに燃える逢魔が時の河原を歩きながら、彼と手を繋いだ。
いつかの夜、鬼市への道中で手を繋いだ時とは違って、今は、二人の手のひらに、しっかりと信頼が握られていた。
「素敵な結婚式だったね。ありがとう」
「君が嬉しそうでよかった。でも、」
と、王賀は言い淀んだ。
「本当にすまない。君をこんな所へ攫ってきて。僕は、酷いことをした」
「私ね、最初の頃、本当は逃げだそうと思ってた。でもそのうち、そんなこと考えなくなった。あなたと一緒にいようって思うようになったから」
彼だけが悪いのではない。
私だって、幽明の境を越えて、してはいけない恋をしたのだから
「また鬼市へ連れて行ってくれる?最初に行った、あなたが生きていた頃に似たあの街へ」
「もちろん」
刻一刻と闇が深くなっていく道を、彼と寄り添って歩いて行く。
遠くに鬼火が揺れている。
それも、もう恐ろしくはない。
今はこれが私が新しく歩んでいく世界だ。
幽鬼な婿殿! 巴屋伝助 @tomoeyadensuke
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