1-3.紺

「えー、久々にはなりますが、今週七日間の授業はすべて、『異能力科目』となります」


 私、冥道或目くらいどうあるめ

 この島、この学校に来てから、数日が経った。

 ──相変わらず、優美すぐみは私を無視している。まったく、彼女が何がしたいのかは分からないが、私はできるだけ自然に振る舞っていた。

 他のクラスメイトは私を鼻にもかけず、それぞれで固まり、 群れを成す。

 授業も特別面白いわけではなく、結局、前と変わらない淡々とした日々が続いていた──


 だが、それも今日で終わりだ。

 今週は、待ちに待った異能力科目。そう、 ”異能力の行使”が許可されるのだ!

「……まぁ、私が”ナニ”を持ってるのかは知らないんだけどね……」




 1時間目『異能力測定』。

 さて、まずは各生徒の『異能力レベル』を測定し、 ”異能力科目内でのクラス分け”を行うそうだ。

 測定は全生徒に義務かされている。同じ生徒でも、期間がくことで異能力の性能が落ちることが多いだからだそうだ。まぁ、スポーツ選手のブランクのようなものだろう。

 体操着に着替え、測定が行われる体育館に行くと、数人の黒服の男たちが体育館に散らばっていた。

 各黒服の近くには、家電サイズの様々な形をした機械が置いてあり、すでにいくつかの生徒が測定を始めていた。

「……身体測定みたいなもんか……」

 渡された資料の紙を見ると、測定の項目別に欄が区切られており、『測定の順番は自由』と書かれていた。

「……それじゃぁ、まずは──」




 2時間目『クラス分けとホームルーム』。

「マジか……」

 ここは、校舎の2階の教室の一つ。

 各教室の机と椅子は全て廊下に出されており、何も分からぬまま、私は書類に書かれた教室に入った。

 そしたら”コレ”よ。

『異能力レベル0.1~0.9(Fランク)の教室』

 黒板には、そう書かれていた。


「マジかよ……」

 周囲には、私と同じ黒髪の生徒が数人、集まっていた。

 全員、険しい表情をしている。

「マジでマジなのかよぉ……」

 そう、私の異能力レベルは『0.1』。

 ちなみに最高が『レベル10』。まさに、下の下の下。

「……おかしいなー、あんなに優遇されてたのに……」

 学長の態度から、私は『マジで最強の異能力者のトップ・オブ・トップ』かと思っていたが、現実は厳しいものだ。


「──はーい、それではFランクのみなさーん! これからホームルームを行いまーす!」

 ドアを開けて教室に入ってきたのは、黒髪で、三つ編みの一本結びをサイドに流し、メガネをかけている女性の先生だった。

 テンションの差に、ポカンとする生徒たち。私も、「えー……」という表情を先生に向ける。

 それを受け、先生もポカンとした顔になり、「……え」と声が漏れる。

 10秒ほど、おかしな空気が流れた。


「──さ、さて、改めまして、異能力レベル0.1~0.9、通称Fランクを担当します、今井いまいです。生徒の皆さん、今週は、よろしくお願いします」

「よろしくお願いします」

 教室内に、私の声だけが響く。いや、陰キャども、挨拶しろよ。

 今井先生は明らかに戸惑った様子で、それでも必死に笑顔を作り続ける。

「は、はい。それでは、今日のホームルームは終わりで、えーっと、それじゃ、皆さん、今日は下校してくださーい!」

 私はまたもや「えー……」という表情を向ける。

 次の瞬間、隣に立っている生徒が「先生!」と元気な声を出し、まっすぐと手をあげた。

「あ、じゃぁ、そこの……」

「先生! 先生のことは、なんと呼べばよろしいですか!!」

 黒髪マッシュの、メガネをかけた男子だった。

 さっきからツッコミの連続だが、私は「えー……」という表情を、今度は男子生徒に向ける。

 今井先生は、焦りすぎて爆散しそうだったが、なんとか笑顔を見せ、しどろもどろに答える。

「あ、う、えっと、じゃ、あ、じゃぁ、い、『今井ちゃん』で、お願いします」

「分かりました! 今井ちゃん!」

 もうどうするんだこれ、という状況だが、私はとりあえず呼吸を深くして、立ち回りを考える。

 あー、あーしてもこーしても最悪な未来しか見えない。

 ──と、そのとき、教室のドアがガラリと開き、一人の女子生徒が現れる。

冥道或目くらいどうあるめ! 私と決闘して!」

 静まり返った教室の中、全員の視線が私へと集まる。

「えー……」

 もはやそれしか、言えなかった。




      *




冥道或目くらいどうあるめ! 私と決闘して!」

 教室内に入ってきたのは、紺髪こんぱつサイドテールの女子で、通常のクラスのクラスメイトだった。

「……ちょ、ちょっと、猫雌ねこのめさん……!? なんでいきなり──」

「今井さんは黙ってて!」

 先生を怒鳴りつけると、猫雌ねこのめは私に向き直り、ドカドカと近づいてくる。

 後ずさる私の胸ぐらを掴み、その赤い目をカッと見開いた。

 とんでもない憤りを感じ、私は無意識に「……ごめんなさい……!」と呟いていた。

 それに対し、猫雌ねこのめは「なによ?」とガンを飛ばし、胸ぐらを掴んだまま私を床に叩きつけた。

「ぐがっ……‼️」

「聞こえないわよまったく!」

 教室内はパニックとなり、私と猫雌ねこのめ以外の全員、先生も含めて教室から逃げ去っていった。

 次の一手を繰り出そうとする猫雌ねこのめを、私は「ま、待って!」と制止する。

「なぁに?」

 恐怖で震える私を、猫雌ねこのめは容赦なくにらみつける。

「なんで!? なんで、こんなことするの!?」

「……決闘だって、言ってるでしょ!」

 返事と当時に、猫雌ねこのめは私の腹にパンチを入れる。

「がぁっ!!!」

「あなた分かってなさそうだから教えてあげるけど、私──猫雌有理処ねこのめありか切結高校きりむすびこうこう校内ナンバー6の、超絶優等生なのよ?」

 有理処ありかはムカムカとした口調で喋りながら、私を見下していた。

「(……マズい、このままじゃ──)」

 体は強張こわばって起き上がれない──話は通じない──私は異能力レベル0.1──!

「(……死ぬ!)」

「死ぬ気で踏ん張ってよね──!」

 そう叫ぶと、有理処ありかは私の腹にもう一発、パンチを入れた。

「ガァッ!!!!」

 二発目を受けるも、私は腹を必死で抑える。

 次は、いよいよ吐血するだろう。

「弱いわ弱い! 起き上がれもしないの?」

 絶体絶命を迎えた私は、朦朧もうろうとする意識の中、必死に「……先生……!」と叫ぶ。

 だが、腹が痛み、大きな声を出せない。

 まぁ、生徒を置いて逃げ出すくらいだから、来ないだろうけど……。

冥道くらいどうさん!」

 来た──!

「今井さん、黙っててって言ってるでしょ! これは女と女の”決闘”なんです!」

 有理処ありか余所見よそみしている。その状況を瞬時に理解した私は、ボロボロの体をなんとか動かす。

猫雌ねこのめさん! 授業以外での”戦闘行為”は禁止されているのよ! 早く、その場に伏せなさい!」

 今井いまい先生は、いつにも増して強気で、不良を叱っていた。

「えぇ、 ”戦闘行為”は禁止ですが、これは私からの一方的な”暴行行為”であるため、違反はしておりませんよね?」

「”暴力行為”も禁止です!」

 二人が言い合いをしている間に、私は有理処ありかに見えていない、後ろ側の窓際へと移動していた。

 そして、そこから駆け出すと、勢いをつけて有理処ありかに突進する。

「ああああああぁ!!!」

 雄叫おたけびのように声を上げ、目の前の紺髪サイドテールに突っ込むことだけを考える。

「駄目です。さすがに、単調すぎ──」

 気づけば、私は地面でうつ伏せに寝ていた。

「……え……?」

有理処ありか!!!!!」

 そのとき、信じられないほどの怒鳴り声が教室にどよめいた。

 直後、有理処ありかの声が響く。

「……大変申し訳ございませんでした。……今井いまいお姉ちゃん」

 今井先生……?

「(……だめだ、意識が……)」


 自分は、 ”この世界”で生き抜くには、あまりにも弱すぎた──




     *




――お父様、おはようございます。私、猫雌有理処ねこのめありかは、貴方様のために、この世に生まれました。とても誇らしゅうございます。そして、今日こんにちも、貴方様のために御奉仕いたします


 なにも感じない。悔しくない。怖くもない。


──大変、大変、申し訳ございません。私、猫雌有理処ねこのめありかは、貴方様のおっしゃる通り、『出来できの悪い子ども』でございます


 悲しくもない。苦しくもない。

 むしろ、落ち着く。


 ”自分は父親のために、一生を使う”。

 あの家に生まれた私は、そう教えられてきた。

 なんら不思議でない。周知の事実。常識。当たり前だった。


――大変、大変、申し訳ございません

──貴方様のために御奉仕いたします

──大変、大変、申し訳ございません

──貴方様のためにご奉仕いたします

──大変、大変、申し訳ございません

──貴方様のためにご奉仕いたします


 同じことの繰り返し。変化なんて求めない。

 そんな人生だった。

 あの人と出会うまでは。




 ある日、私は家を脱走した。

 意思なんて微塵みじんもなかったはずなのに。

 勝手に動いていた。


──大丈夫? 迷子なの?

──……え


 街で彷徨さまよっていた私に、声をかけたのは、白と青のきれいな服を着たお姉さんだった。


──これ、食べかけだけど……、良かったら、食べる?

──……え


 私に”慈愛"を向けてくれた。




     *




「”無許可での異能力の行使”──猫雌有理処ねこのめありか、君を10日間の謹慎処分とする」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

結斬-YUIZAN- イズラ @izura

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ