1-2.ゴキブリと学生寮と色男と

「……なんだったんだろうなー、結局」

 私はボタンを押し、エレベーターが来るのを待っていた。

優美すぐみ、いい子そうだったけど、ちょっとな……」 

 考え込むうちに、ピンポーンというチャイムとともにエレベーターが到着する。

 エレベーターのドアが開くと、中には──

「────!!?」




     *





 私の、七央子なおこお姉ちゃん。

 私のことを愛してくれる、お姉ちゃんだ。

 ときどき怖いところもあるけど、優しい、優しい、お姉ちゃん。

 今日は、どんなことをしてくれるのかな──?

──おい、優美すぐみ。今日は野球しに行くぞ!

──『やりたくない』? 殴るぞ?

──冗談だよ。ほんっと騙されやすいなー、優美すぐみ

――ほら、行くぞ

 いじめられっ子の私をいつも励ましてくれて、私に生きる気力を与えてくれた。


――優美すぐみ、大丈夫か? また、殴られたのか……?

――こりゃ酷いな。そんなやつ人間じゃねぇよ

――えぇ? 『かわいそう』? バカか?

 私の考えを理解はしてくれなかったけど、それでも――


――優美、あんな両親死んだところで、悲しくないだろ

──どれだけ私らを苦しめてきたか、分かるだろ?

──大丈夫、優美すぐみには私が、お姉ちゃんがいるからな

 寄り添ってくれた。


 私の大好きなお姉ちゃん。

 イッタイ、ナニシテルノ?

 オネエチャン? タスケテ?

 イタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイ────




     *




「────!!?」

 エレベーターの中には、 ゴキブリがいた。それも、正面の壁についた鏡に、くっついていた。しかも、尋常じんじょうでないサイズ。

 もはや声も出ず、私は一歩、一歩と後退りする。

「(……嘘でしょ!? 自然豊かだと思ってたら……‼️)」

 あー、確かに、今日の地理の授業で言ってたな! ”暖かい地域の方がデカい”って!


 校舎内に階段はないため、私は仕方なく、もう一つのエレベーターを使うことにした。

 もう一つのエレベーターは、今いる西側から廊下を真っすぐ進んだ東側にある。

 私が昨日、学長と会うときに使った方だ。

「……そういえば、他の教室もあるのかな?」

 私の教室は1-A。ということは、1-B、Cなどもあるのだろうか。

 廊下を歩きながら見回すが、それらしき部屋は見当たらず、『教材室』というプレートがかかったものばかりだった。

「……へんなの」

 不可解に思いつつ、東側のエレベーターにたどり着いた私は、また、ボタンを押す。


 校舎を出て、赤レンガの道を歩いていて、ふと思った。

「(……あれ? どこに帰ればいいんだろう?)」

 ちなみに昨日は、学長との面談が終わったあと、そのまま黒服につれられて校舎内の『非常用寝室』という部屋で一晩を過ごした。たくさんの『教材室』といい、おかしな学校である。


 とりあえず校門を出てみると、近くに黒い車が停まっていた。

「あ、もしかして」

 中からは黒服の男が出てきた。

「準備が整いましたので、学生寮へ、ご案内いたします」

 ものすごく丁寧な態度に、私は少々面食らった。

 なにせ、機能の『来い』とか『入れ』とか、おっかない感じを想像してたから。


 車に乗ってから1分もしないうちに、『女子寮』に着いた。

 けっこう立派な建物で、ちょっとしたマンションのような感じだった。

 エントランスのオートロックのドアを抜け、エレベーターに乗り、『6階』で降りた。

「えぇ……!?」

 そこは、学生寮の最上階だった。

 しかも驚きなのは、屋上と一体化しているところである。

 最上階は一室だけであり、それ以外のそこそこ広いスペースは、全て屋上となっており、自由に行くことができた。

「私、昨日初めてこの島に来たんですけど!?」

 私が驚いて尋ねると、黒服は冷静に言った。

「『ここしか空いていなかった』、だそうです」

「えぇ……」

 しかも、今日からこの屋上は”冥道或目くらいどうあるめの敷地”らしい。本当にいいのだろうか。


 ひとまず自分の部屋に入り、見回してみる。

 ワンルームだが、キッチン、トイレ、洗面所がついており、普通の暮らしができそうだ。

「さすがに風呂は大浴場か……」

 だが、私にとってはこれで十分だ。





      *




 ──その夜


 雲一つない夜空には三日月が光り、数多あまたの星が輝いていた。

 新しい学校での初日の授業が終わり、或目あるめはすっかり疲れ、自分の部屋のベッドで眠っていた。


 誰もいない屋上。

 そこに何かが、音も立てず落ちた。

「──あぁ、今夜も会いに来たよ、霧崎きりさき──いや、姫奈ひめな……!」

 それは、或目あるめのクラスメイト。

 緑髪に糸目の少年・立神潤夜たてがみじゅんやだった。

 下ろした前髪を手でかき上げ、白い肌で月明かりを浴びる。

「あぁ、なんて美しい夜なんだ……。僕と姫奈ひめなを飾る夜月やげつ、星々、そしてこの夜風! ……今日は少し、スリリングになりそうだ──」

 姫奈ひめなへの想いに浸る潤夜じゅんやだったが、ふと、その顔が歪む。

「……あぁ、そうだった。今日から、ここにはアイツが──」

 屋上にただ一つある玄関ドアに目を向ける潤夜じゅんや

「……少し早いが、仕方ない。僕と姫奈ひめなの神聖な夜のためだ」

 潤夜じゅんやはコツコツと足音を立てながらドアへと近づいていき、ドアノブに手をかける。

「──殺そう」




「──なんだ、これは……!」

 ドアの鍵を『基礎異能デフォルトシステム』で解き、中に入ったものの、ベッドで眠っている或目あるめの周りには、ドーム状の”光の結界”が張られていた。

「なんだ、どういうことだ……! なぜ、こんなものが……っ!」

「──残念だったな」

「……ッ!?」

 気が付くと、ベランダの掃き出し窓が空いており、柵の上に、天使の翼を生やした、金色長髪の少女が足を組んで座っていた。

「ボクは天使・キコ。お前のことはずっと見てたよ」

「ずっと、だと……」

「そう、霧崎姫奈きりさきひめなだっけ? そいつのカレシだろ? お前」

 天使は見下したように笑うが、潤夜じゅんやは一旦深呼吸をし、冷静に言う。

「それが……? そんなの知られたところで、僕の学校生活に弊害はない」

「じゃぁ、 ”女子寮への侵入の繰り返し”と、  ”無許可での異能力行使”、それと"今のこれ"は?」

「……くっ」

 天使はニヤニヤとしながら、潤夜じゅんやに詰め寄っていく。

「流星・立神潤夜たてがみじゅんや。『異能力科目』での成績は校内ナンバー5。そんな君が、こんなド変態なことしたって、皆が知ったら──」

「……殺すぞ、言いふらす気なら」

「受けて立とう──と言いたいところだけど、ボクも君も、死にたくはない。だから、今やめておこう。もちろん、ボクはこのことを黙っておくし、君もボクのことは喋らないこと」

「何がしたい……」

 怒りに満ちた目の潤夜じゅんやに、キコは相変わらず余裕そうに答える。

「君に、 ”依頼”したいんだ」

「……何をだ?」

「”学長の暗殺”さ」

「……!」

管頭錦次かんがしらきんじ。アイツ、ホントに邪魔でさー。ボクのこと捕まえては、この島に引き戻すんだよねー。だから、君に殺してもらおうってわけ」

「……そんなことしなくても、お前なら殺せるだろ、あのジジイを」

「嫌だよー、あんなおっさん殺したら、ボクがけがれちゃうもぉん」

 キコの舐め腐った態度にムカついてきていた潤夜じゅんやだが、今はグッとこらえる。

「それを請け負ったとして、僕へのメリットはなんだ」

「もちろん、報酬は弾むさ。君と霧崎姫奈きりさきひめなの夜のために、冥道或目くらいどうあるめは”この屋上から”追い出すし、誰も君たちを邪魔できないようにもしてあげるよ」

「……お前のその態度は鼻につくが――」

「おっ?」

 潤夜じゅんやは覚悟を決めたように、うなづいた。

「──良いだろう、暗殺を請け負う。僕と姫奈ひめなのためだ」

 キコはクスクスと笑うと、「がんばれ、色男」と言い残し、ベランダから夜空へと飛び去っていった。

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