愛吐夏(いととか) - 1「私立切結高等学校」

1-1.転入生

 キンコンカンコンと鳴り響くチャイム、ホームルームの時間だ。

 いつもなら、私は席に着いていた。

 だが、今日は違う。

 別に遅刻をしたわけでもない。

 それは──

「東京から来ました、冥道或目くらいどうあるめです」

 ――転入生となったためだった。




 時はさかのぼり、私と学長が初めて会ったとき。

──君たち『異能力者』は、日本国政府から”隔離”を受けざるを得ない立場にある。だから、君はここ、切結島きりむすびじまに連れてこられたのだよ

――はぁ……

――ともかく、 ”決まり”上、君を家に帰すことはできない。分かってくれたかな?

――まぁ……、特に友達もいないし、今は独り身なので、大丈夫です

――君が通っていた高校との手続きは、少々遅れてはいるが、必ず済ませておくから、安心していてくれ

――あ、はい




 ──という訳で、私は今日から、ここ、『私立切結高等学校しりつきりむすびこうとうがっこう』に通学することとなった。

 転校は初めてだったが、私は特に戸惑うこともなく、4階の1-A教室の扉の前まで来た。

 担任の先生も、別に悪い人ではなさそうだったし、多分、大丈夫かな。

 ──そう思っていた矢先やさきのことだった。

「東京から来ました、冥道或目くらいどうあるめです。……よろしくお願いします」

 名前を呼ばれ、重いドアを開けて教室に入り、普通に自己紹介をした。

 それなのに──

「うわっ、根暗っぽ」

「なんで黒髪なの……?」

「東京って。霧崎きりさきかよっ」

「そーいえば、今日って、霧崎休み?」

「どーでもいいでしょ、あんな性悪」

「とりあえず、私らとは合わなそうだねー」

 不良しかいねぇ──!

 教室内には女子が3人、男子が2人。全員、派手な髪色をしていた。

 机は縦4横2で8個置いてあり、後ろの一番窓側の席と、後ろの一番ドア側の席、そして前の窓側から二番目の席が空いていた。

「あの……」

 私が戸惑っていると、前の一番ドア側の席に座っている男子が声が荒げた。

「あーもういいよ! 座れって。頑張った方だよ」

 そいつは白髪刈り上げで、前髪は上げていた。

 ちなみに、自己紹介で『東京』に反応した男子である。

「あの、どこに座れば……」

 窓側に立っている担任に目を向けたが、さっきからニコニコとしてばかりで一言も話そうとしない。これ、イジメでは?

 仕方なく、後ろの一番窓側の席に向かう。根暗には、お似合いだろう。


 椅子を引いたとき、隣の席の女子が反応した。

「あ、そこ……」

 そいつは金髪おかっぱで、前髪はぱっつんだった。

 一見、優しそうなおっとりとした目をしているが、さっき『黒髪』で反応した女子である。

「な、なに……?」

「……そこ、霧崎の席だから。……ごめん」

 あれ? こいつは案外いい子?

「あ、じゃぁ、大丈夫……」

 私もぎこちなく言い、後ろの一番ドア側の席に向かう。


 その間、生徒たちは私のことは気にも留めず、ワイワイガヤガヤとお喋りをしていた。

 私が椅子を引いたとき、隣の席の別の女子が反応した。

「あ、根暗じゃん。そこ、アタシの親友の席だから、座んないでくれない?」

 キツイ言い方をしてきたのは、赤髪ポニーテールで、前髪は流しの女子。

 もちろん、さっき私に『根暗っぽ』と言った女子だ。

「あ、ごめん」

「あー気をつけな、エリ怒らせると切り刻まれるから」

 そう私に忠告してきたのは、赤髪ポニーテールの右斜め前の席の、紺髪こんぱつサイドテールの女子。こいつは『霧崎の休み』について触れてたやつだ。

 その右隣では、さっきの白髪男がニヤニヤとこちらを見ていた。

 私はさっさと立ち去り、仕方なく、前の窓側から二番目の席へと向かった。


 最後に来たのは、俗に言うアリーナ席。

 なんでここが空いているのかは分からないが、とにかく私は、椅子を引いてさっと座った。

 良かった。なにも言われないということは、本当に空席なのだろう。

「ねぇ」

 ギクッ。

 まさか、ここも誰かの席!?

 話しかけてきたのは、隣の、一番窓側の席の、緑髪の男子。

 ──こいつは、5人の中で一番ヤバそうだった。

 まず、目つきがとんでもなく悪い。糸目だが、ギラリとした赤い瞳からは”殺意”すら感じられた。

「君さ、霧崎の友達?」

「え?」

 予想外の質問に、私はハテナマークを浮かべた。

「──いや、なんとなくそんな気がしただけだから。気にしないで」

 なんとなくって?

 よく分からないが、絡まれなくて良かった。


 気がついたら、始業のチャイムが鳴っていた。

 とりあえず、教科書等は一切持っていない。

 今日、私は、この高校に手ぶらで来たのだ。


 授業は全て、担任の白水しらみず先生が行い、4時間目までで、今日の授業は終了した。

 結局、教科書やノート、筆記用具すら貰えず、その日はただ話を聞いているだけだった。


「なんだか、思ったより普通だったなー……」

 孤島まで来ても、やはり勉強は退屈なものだった。

 というか、 ”異能力者”なら、もっと特別な授業を受けるものでは?

 そんなことを考えているうちに、帰りのホームルームが終わった。

 それぞれがそれぞれの友達と共に、重い扉を開けて教室を出ていく。

 私は、この初日、朝以外に誰とも話さなかったので、もちろん友達などいない。

 まぁ、仕方ないな。

 

 私は席から離れ、前のドアへと向かう。ドアを出たら、すぐ近くのエレベータからすぐに1階へと降りられる。

 だが、その時、背後から「あの!」と呼びかけられる。

 「ん?」と振り返ると、金髪おかっぱの女子だった。

「あぁ、どうしたの?」

「あの、その、冥道くらいどうさん。朝は、ごめんなさい」

 急に頭を下げられ、私は面食らった。

 朝のことを思い返してみる。

「確か、黒髪……だっけ?」

「……はい。私、黒髪の人もいるって知らなくて……」

「どういうこと……?」

「その、ここに転入してくる人、みんな派手な髪色なので、てっきりそういうものなのかと……」

 私は心のなかで「あーね」と呟く。

 確かに、そういう連中しかいないからね、ここ。

「あー、全然。気にしないで……」

 まだ少々ぎこちないが、私は精一杯笑顔で言う。

 相手はホッとしたようで、表情が少しおだやかになった。

「ありがとうございます……。あの、私、玉里優美たまりすぐみっていいます。どうか、よろしくお願いします……!」

「あ、えーっと、よろしく」

「……その、冥道くらいどうさん、良かったら……」

 優美が何かを言いかけたとき――

「おい‼️」

 教室内に、怒号が響き渡った。

 私が驚いて後ろドアの方を見ると、その時にはすでに誰もいなかった。

「え……?」

 気がついたら、 優美もいなくなっていた。

 しばらく呆然としていた私であった。




     *




 その頃、優美はエレベーターに乗っていた。

 隣に居るのは、背の高い紫色長髪の女性。

「優美。なにしてた」

 威圧的な態度に優美はオドオドとしていたが、女性が舌打ちをすると、急いで説明する。

「──へぇ……、 友達ねぇ……」

「ご、ごめんなさい、七央子なおこお姉ちゃん……!」

 七央子は謝罪を無視し、じっと考え込む。

 やがて、エレベータは1階に到着する。

 優美が外に出ようと歩き出したそのとき、七央子は優美の腕をガシッと掴んだ。

「ひゃっ!?」

「おい、優美。ちょっと殴らせろ」

「……っ!?」

「ここでも、いいよな……?」

「いやっ!────」


 エレベーター内は、数秒で血だらけになった。

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