0-3.孤島へ

 ドアを蹴り破って入ってきたのは、会社員のような黒スーツの女性。銀髪ポニーテール、前髪はぱっつんで、引き締まっていた。

 こんなに冷静に分析していられるのは、私は女性の眼中になかったからだ。

「──天使ィ‼️ クソ天使ガァ‼️」

 『天使』という人物を探しているようで、先ほどから土足でドスドスと部屋を歩き回っている。

 話しかける度胸など私にはない。というか、ドアを蹴り破って入ってきている時点で、異常者であることに間違いはない。

「(早く、逃げなきゃ。それで、警察に電話しよう)」

 そう思い、私は布団をそっと出て、足早に出口へと向かった。

 その間も、女性は私が見えていないかのように振る舞っていた。




 全く、朝からツイていない。

 私は、黒服の大男たちに捕まっていた。

 なにがなんだか分からないが、黒い車に乗せられ、どこかに連行されている。

 そこから港に着き、小型船に乗せられ、私は孤島に来た。

 ここまでで、丸一日半。


「どういうこと……?」

 なにがなんだか分からない。

 まるで夢のように、気がついたら物事が進んでいたのだ。

 晴れた空のもと、孤島には草木が生い茂っていた。

 だが、道路が通っており、建物も建っている。学校のようなものも見えた。

「……あの、どういうことですか?」

 か弱な私は、黒服たちに問いかけるが、男たちは無言で私を黒い車に乗せた。


 走行中の車の窓から見えるのは、道路沿いの整った木々、狐や鹿、兎などの動物たち。その自然はとても美しく、昨日の朝まで東京のアパートにいたことも忘れてしまいそうだ。

 特に良いのは、車の中に染み付いた潮の匂い。先ほどからずっと嗅いでいたが、今思えば、数年ぶりの味わいだった。

 私が、巡る景色ボーっと見つめている間も、車の中で誰かが喋ることはなかった。


 10分ほど乗り、島の中心にあると思われる建物の、門の前で降りた。

 そこは、学校だった。

「来い」

 一人の黒服に連れられ、私は門を通り、赤いレンガの道に足を踏み入れた。

 少し広いレンガ道を真っ直ぐ歩いた先に校舎があり、昇降口前の2、3段の階段を上がり、私たちは校舎内へと入った。


 内装も普通の学校で、見慣れた景色だった。

 ただ一つ違うのは、その校舎にある全てのドアは、妙に頑丈そうな鉄の開き戸なことだ。

 ドアに窓はついておらず、中の様子を見ることはできない。

 普通の学校の廊下で、ドアだけが不自然に目立っていたのだ。


 エレベータで『4階』まで行くと、そこからまた廊下を少々歩き、突き当りの部屋ドアの前まで来た。

 ドアの上には『禁室』と書かれたプレートがある。

「入れ」

 黒服に背中を押され、私はされるがままに、ドアノブに手を掛け、鉄のドアを押して中に入る。


 ──そのドアの先には、想像を絶する光景が待っていた。




「──天使・キコを捕まえたか。よくやった、悪魔・ミレイ」

 そこには、校長室のような机があった。

 その椅子に座り、机に両肘をついて指を組んでいたのは、立派な白いひげを生やした、白髪しらがの老人だった。

 その前に立ち、こちらに背中を向けているのは、銀髪ポニーテールで黒い服を着た女性。手には鎖を持っていた。

 その隣で、首を鎖に繋がれているのは──

「天使──!?」

 背の天使のような翼に似合わぬ、会社員スーツ姿。髪は金色長髪。


 私の声に、二人は振り返る。

「……あぁ、どこかで見たか?」

 銀髪がダルそうな目つきで私をにらむ。

「あ、昨日のおん──‼️」

「黙れ」

 天使が何かを言おうとすると、銀髪は手に持った鎖をグイっと引っ張り、天使を黙らせた。


 私があたふたしていると、後ろに座っている老人がコホンと咳払いをした。

 銀髪は慌てて振り返り、天使をグイっと引っ張って振り向かせる。

「し、失礼しました会長」

 緊張した様子で銀髪は謝ったが、老人はほっほっほと笑うと、にこやかに言った。

「いいんじゃよ悪魔・ミレイ。わしは君を信頼しておるからの。──それはそうと、後ろのお嬢さん?」

「は、はい!」

「君は、自分の持っている”能力”を知っているのかな?」

「え?」

 私が首を傾げると、老人はまたほっほっほと笑う。

 銀髪ににらまれていたが、気づかぬフリをして問いかける。

「……あの、私、なにがなんだか分からなくて……」

「ほう……?」

「昨日の朝、そこの銀髪の人が私の部屋のドアを蹴り破ってきて……」

 そこまで話した瞬間、老人の目つきが変わった。

 その目は銀髪に向いており、銀髪はギクッとしたように固まっている。

「悪魔・ミレイよ、どういうことかね?」

「そ、それは──」

「まさか、天使・キコを捕まえるために、事を急いだのではあるまいな?」

「は、はい、おっしゃる通りです。私は、昨日さくじつ冥道くらいどう様のご自宅のドアを蹴破り、部下には連れ去るように指示しまして……」

 震える声で説明する悪魔・ミレイ。それまで偉そうな態度だったので、少しスッキリした。

「……なるほど、それはそれは……」

 話を聞き終えると、老人はしばらく考え、それからゆっくりを口を開いた。

「……まぁ、仕方ないの。だが、悪魔・ミレイ、次はないぞ」

 少々恐ろしい口調で言う老人

「はい、ありがとうございます……」

「では、下がりなさい」

「はい、失礼します……」

 ミレイは沈んだ声で返事をし、天使を引っ張ってそそくさと私の背後の扉に向かった。

 私とすれ違うとき、ミレイは何かをブツブツと呟いていたが、『依頼』という単語以外は聞き取れなかった。


 その後、老人は私に向き直り、優しい口調で私に問いかける。

「冥道君、本当に申し訳なかった。彼女は少々荒削あらけずりなところがあっての、許してやってくれ」

「あ、はい」

 私の緊張した返事に、老人はニッコリと笑う。

「話を戻そうか。……冥道君、こんなことをいきなり言っても分からないとは思うが、君は、 ”異能力者”なのだよ」

「……はい?」

「君は、 超常的で極めて特殊な能力、 ”異能力”を生まれ持った逸材なのだよ」

 本当に意味が分からない。

 そんなアニメでしか聞いたことのない言葉を発せられ、私は何を言えばいいのかが分からなかった。

「……まぁ、それが普通の反応だろうな。……つまり、君は、選ばれし者なのだ」

「選ばれし……?」

「そうだ、極めて高度な人類の一人、それが君だ。冥道君、君は今日からここで暮らすのだよ」

「ここで……?」

「そう、君の家は、ここ、『切結島きりむすびじま』だ────」








 ──異能上々切結島!~異能力者を隔離する孤島で繰り広げられる、日常とは言い難い異上ライフ


 ――愛吐夏(いととか) - 0「切結島」・完

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