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私がダンジョンから生還して北関東の地方都市にある実家へ戻ってきて、もう半年になる。

血の匂いが抜けきらない北斗七星の勲章と相棒だったというライフル型魔導銃とフクロナガサと伸縮式アルミポールはすっかり部屋の隅で置物になっている。

長らく自分の命を守ってくれた道具を埃まみれにするのは申し訳なくて一応の掃除はしているものの、一度は娘を亡くしかけた両親からはあまり良い顔をされずにいる。

「ねえ、電話来てるわよ」

「電話?誰から?」

「あんたが住んでた東京の家の大家さんが、部屋どうするのかって」

記憶を失ってから私はずっとこの近辺から出ていない、また知らぬ間にフラリといなくなるのではないかと両親が心配するのだ。

どうやら私はこの3年ほどはずっとダンジョンに入り浸って実家に戻っていなかったらしいのでその影響だろう。

「……行ってみていい?」

「そうね。あんたの家、場所は知ってるけど見たことなかったし」

「へえ、意外」

「なんとなく行く機会がなくてね」

そうして土曜日に父も含めて3人で行こうと約束をした。


***


東京の下町、大手私鉄の駅から歩いて10分ほどのところにある古い木造平屋の一軒家。

そこが私が暮らしていた家だった。

「お待たせしました、大家です」

この家の大家さんだという冴えないおじさんはへこへこ頭を下げながら自分の遅刻を詫びた。

大家さんなら見覚えがあってもおかしくないのに全く記憶に引っかからない。

「この家に1人で暮らしてたんですか?」

私がそう聞くと大家さんは「本当に覚えていらっしゃらないんですね」と呟いた。

「綾瀬莉里さんと一緒に暮らしていらしたんですよ」

両親も聞き覚えのない名前なようで意外そうにみていた。

「そうなると綾瀬さんにお話聞いてみたらまた思い出せるんじゃない?」

「綾瀬さんはもういらっしゃいませんよ」

大家さんは鍵を開けて私たちを中へと促し、茶の間へと連れて行く。

茶の間の隅には木製の厨子が置かれ、そこに小さな骨壷と写真が飾られている。それが記憶のない私に彼女が三途の川の向こう岸にいるのだと無言のうちに伝えてきた。

写真の中にいる綾瀬莉里という女性は大きくてクリっとした瞳を持ち、嬉しそうな笑顔をこちらに向けるお団子ヘアの似合う可愛らしい女性のように見えた。

「3年前でしたか、青森の桜城ダンジョンで起きたスタンピードでお亡くなりになられて……」

桜城ダンジョンといえば国宝であった弘前城がダンジョン化して生まれたアジア随一の難易度と広さで知られるダンジョンであり、私が記憶を失ったダンジョンでもあった。

「……私はあなたに会いに行ってたのかな」

写真にそう問いかけてみても答えは無い。

大家さんは私に家を貸してから中に立ち入ったことがないというので自由に探して欲しい、と告げられる。

でも私には確信があった。

この家にある私の記憶は、きっと綾瀬莉里という女性を失う前のものしかない。

「おかあさん、」

「なに?」

「私、ダンジョンシーカーに戻らないとたぶん何も取り戻せないと思う」

私は知りたかった。

この綾瀬莉里と記憶を失う前の私の関係を。

何故彼女の死後、私がダンジョン探索にのめり込んだのか。



その答えは、桜城ダンジョンの最奥に眠っている。

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S級ダンジョンシーカー、記憶喪失になる あかべこ @akabeko_kanaha

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